第4話

 学生達があふれかえる放課後。少女はいつもひとりだった。


 店で偶然に出会う友達にも一言二言ひとことふたこと言葉をかわすくらいで、同席しようとはしなかった。


 友人達の明るい会話に背を向け、ぽつんとひとりカウンターに座る少女。それは、寂しい風景のはずだった。けれど、利人の瞳には、少女が望んでそうしているように映っていた。少女には、近寄りがたさを感じさせる、何かがあった。


 整った顔立ちを際立きわだたせる、薄い琥珀こはく色の瞳。くせのない薄茶の髪が、細いおとがいを包み込むように切りそろえられていた。少し長めの前髪を時おりうるさそうにかきあげる。かきあげられた前髪は、けれど留まることなくサラサラと、白磁はくじひたいに零れていった。


 春のかすみがかった青空から、やわらかな陽射しが射し込んでいた。店内に流れるピアノの曲に、少女が不意に問いかける。


「マスター、この曲、知ってる?」

「えっ? あぁ、なんだろう? よく聞く曲だよね」


 有線からランダムに流れる曲は、一定の間隔で似たようなピアノの曲がかかっていた。その曲名を問われたと思い、利人が問い返す。けれど少女は利人の問いに応えることなく、遠くを見つめたままポツンと言う。


「この曲、私、けたんだよ」


 宙に浮いてしまった利人の問い。けれどその問いよりも、少女の消え入りそうに細い声音が気にかかる。


「今は?」

「……今も、……けるよ」


 そう言って、口元だけで笑う。


「ピアノ、習ってるんだ?」


 そう訊くと、少女は笑んだまま、緩く首を振る。


「習ってない。でも、この曲だけはけるの」


 不安定な笑み。はかりかねる瞳の色に、利人が続く言葉を選びあぐねていると、店のドアが勢いよく開いて、数人の生徒がなだれ込んできた。


「こんにちわぁ!」


 明るい声に、利人も明るく応える。


「いらっしゃい」


 少女はそれっきり、口をつぐんでしまった。利人がオーダーを確認してカウンターに戻ったとき、そこにはもう、声をかけることさえためらわれる、無表情な横顔だけがあった。



 多くを語らない少女の紋切もんきり型の応え方は、ともすると冷たく切り捨てられたように感じる。けれど、変にベタベタと甘ったるい言葉を選びたがる学生達よりも、そっけなく返される少女の言葉の方が、利人は好きだった。


 親戚との付き合いが希薄きはくだった利人の両親が、相次あいついで病気に倒れたのは十年以上も前になる。


 だからひとりきりの生活には、とうの昔に慣れっこになっていたけれど、唐突とうとつに訪れる意味のわからない喪失感そうしつかんにだけは、いつまでたっても慣れることが出来ずにいた。身体のどこかが欠け落ちてしまったような、自分が抜けがらのように心許こころもとない存在に思える一瞬があった。


 そんな利人にとって、この喫茶店で得られる袖が触れ合う程度のいくつもの交流は、利人が思う以上に大切なものになっていた。


 そして毎朝決まった時間に訪れる少女の、びることをしない言葉遣づかいは、利人に身内みうちのような親近感をいだかせていた。

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