第12話 開幕宣言

「うあ……肩いた……」

「E組しゅうごーう!!」

 飛行機を降りるなり、海老沢先生の声が聞こえて来た。

「B組はここに集まれー!」

「俊哉、飛行機大丈夫だったか?俺、耳痛くてさ、景色楽しむどころじゃなかったわ」

 足を向ける僕の後ろから隠木が話しかけて来た。

「変な態勢で寝てたから俺は肩が痛いな……」

「揉んどく……?」

「バカ、集合だろ。行こうぜ」

「俺、こん時の為に練習したってのに!!」

 一体、何をしているのやら。そんな事より定期テストを解ける練習をして欲しい。望み薄なのは重々理解はしているものの、出来ることなら隠木と同じ大学には行きたいから。

「ども……い、井形さん……」

「うおわっ…!何、その荷物の量……!」

 明らかに体格と合っていない大容量のリュックを背に、左手には深緑のスーツケース。右肩に乗せるように、それとは別のピンク色のダッフルバッグ。もしかしたら岐美さんはアホなのかもしれない。そういえばテストの点も悪かった。

「ど、どうしても選別が出来ず……“のぞみ”には何が起きてもいいように…!と念を押されまして…」

「あ、あぁ…!妹さんが……そう」

 にしても何が詰まっているのだろう……

「岐美さん、預けて来ねぇの?今なら行っていいんじゃね?」

 隠木がそう促すと岐美さんはバスの方と集まるE組の面々をそれぞれ見て口にした。

「い、いえ……人数的にもう揃っていそうなので……今、この場を離れる訳には……ふぬ……!」

 もはや生きる屍みたいだった。こういうモンスターが実際に居てもおかしくないほどフラフラとした佇まい。痛々しいその様を黙ってみているわけにもいかず、僕は岐美さんの右肩からずり落ちるダッフルバッグを受け止めた。

「持つよ。重いでしょ?」

「へ、へへ……あ、ありがとうございます……」

 岐美さんの細腕をするりと抜け、僕の左肩へと移動する旅行バッグ。手にして分かったが中々に重い。

「筋肉が喜んでいます……井形さんありがとうと……」

「出来れば心の方に喜んでもらえると助けがいがあるんだけど」

「全員集まったなー?それじゃ、端的にこの後の流れの確認をしていく!」

 先生はしおりを手に、まるで演説をしているような声量で話し出す。

「バスに乗って、ここ新千歳空港からこれから泊まることになるホテルへバスで移動だ!そのバスの座席は中に入ってすぐの場所と!全員分の用紙を刷ってきたのでこれを参照するように!」

 先生の語りに割って入るように、そして主張するように隠木は軽く飛び跳ねながら手を挙げて尋ねる。

「先生ー!席は自由に移動していいんですか!?」

「構わないが、パーキングエリアでのみ許可する!バスの運転中は禁止だ!」

「了解でーす!」

 隠木はニヤニヤとこちらを見る。

「な、なんだよ……」

「なんかあったら替わるぜ…!」

「なっ……!?」

「俺が別のとそれらしい理由で移動して…を繰り返してけば岐美さんと…って寸法よ!」

 ぼそぼそと岐美さんに聞こえないくらいの声量で僕の耳に好き勝手な言葉をぶつける隠木。バスではゆっくりと眠りたかったのだが、思わぬ刺客の登場らしい。

「にしてもさっきの……!結構ポイント高いんじゃねぇ?」

「な、なんだよポイントって……」

「それ…!鞄持ってあげたのよ…!少なくとも抵抗はないんだなぁって分かったじゃねぇか!自分の荷物持たせるのって結構ハードル高いぜ?気の置けない人間には普通持たせねぇよ」

「そ、そうか……?確かにそうか……」

 そこまで言われれば流石の僕も意識する。これは所謂、恋愛的シチュエーションの一つ。重い荷物を持ってもらうという男らしさのアピールと、それにキュンとときめく女の子の構図だった。

 そう言えば岐美さんの弱点…恋愛シチュエーションがどうとかだったか……

 僕は岐美さんの様子を横目で伺う。何を考えているか分からない表情に、いつも通りニヤケているような口元。だがいつもと違っていたのはその立ち姿。

「はわ……」

 ふいに漏れた、その一言もだ。

 は、はわ……!?なんだ、その如何にも恋する乙女のような所作は……!?

 自分の手を自分の手で覆うように重ね合わせてその両手は自分の胸へ。軽く指を曲げ、その様はまさにトキめいてでもいるように。無論、その視線の先には海老沢先生が居るのだが。

「先生ー!早く移動しましょ!」

「全く……仕方がないな、お前らは」

「ホテル付いたら、さっそく枕投げっすよね?先生、昔野球やってたんでしょ?」

 キリっとした顔立ちの先生がはにかむとそのギャップに思わず魅了される。如何にも仕事が出来そうなOL然とした先生が、可愛らしく生徒のノリに付き合うのだから無理もない。可能性として岐美さんが先生にトキめく事も。

「やるからには勝つぞ?私は」

「うおおおおお!!マジ!?」

「先生……?」

 海老沢先生を軽く睨むように隣のD組の先生、田辺たなべ先生は視線を飛ばして先生の悪ノリを押さえつけた。先輩の圧だ。

「じょ、冗談ですよ!はは……」

 そもそもどこで投げ合うんだよ……ホテルだぞ?旅館とかならまだしも。

「そ、それじゃあ!まずはとにかく乗車!ほら、受け取れ受け取れ!」

 先生はその焦りを誤魔化すように、僕達の手元に印刷した座席表を手渡してくる。

「ほれ!井形!」  

「あ、どうも……」

「意外と寒くないな…!って思ってるだろ?」

「どうしてです?」

「顔つきが少し柔らかい。熱にあてられるのも存外悪くはないな?」

「まぁ、そうですね……」

 先生の言いたい事はきっと、この空気感について。祭りで食べるタコ焼きのように、その場、その場で同じものでも感じ方は変わる物。僕もそれをなんとなくだが、肌で感じていた。いつも話すクラスメイト、いつもの交流、その中にある確かな違いに。

「楽しいです。新鮮で」

「それは何よりだな!」

「先生ー!これ、ホントにランダムで決めたんですかー?」

「勿論!公正公平な結果だよ!」

 先生がそう言うならばそうだろう。僕は隣の岐美さんへ、そして他へと紙を手渡していく先生を軽く横目で見て、視線を渡された紙へと移した。だが…いや、さっそくだが訂正したい。

「これほんとにランダムか……?」

 僕の隣の座席はまさかの岐美さんだった。左隣は補助席になっていて明花あけばなさんが座ることになるのだが。問題はその奥。

「その隣は飯森に長谷屋君……流石に狙ってないか……これ」

「井形さん!乗りましょう乗りましょう!」

 笑顔でこちらへ寄る岐美さんを見て僕は考えることを辞めた。

 おそらく先程までの表情から鑑みるに身も震えるような思いだったのだろう。自分の事をまるで相手にしない閉鎖空間ほど地獄に違いない物もないから。誰と座るか、というのはそれくらいに重要である訳だ。少なくとも僕達にとっては。

「じゃんけんで座席を交換してあげてもよいですが!」

「大丈夫、僕通路側のが好きだから」

 補助席があるとはいえ、圧倒的に外へ出やすいのが通路側。さほど窓の外には興味がないし、他の人の足をまたぐのは気が引けるのでその方が良いだろう。

「本当に……?」

「え…?」

「本当にそんな人間が居るのでしょうか……?いや、いる筈もない!」

「いいから、荷物預けに行こうよ。どうせ明花さんと話せるから、とか言いたいんでしょ?」

「はわっ…!?」

「むしろ逆。岐美さんが委縮するじゃん僕と代わると」

「かっ…!?し、しませんがっ…!?」

「よろしくぅー、二人ともぉ」

 僕ら二人の後ろから声を掛けて来たのはくだんの生徒、明花颯葉《あけばなそよ》。女の子らしさを体現したようにおっとりとした優しい目とその所作が特徴的な女の子だった。その柔和で掴みどころがない点が岐美さんと類似するので僕の方から特段近寄ることは無かったのだが、興味がないと言えば噓だった。

「ほら来たよ。ご挨拶」

 自分で言っておきながらまるでペットのような扱いをされる岐美さん。それだからだろうか、その後のやり取りがまるで動物的だった。

「に、にゃん…というより、わん…というより。うわーん……へへ…」

 何の“へへ”だよ。何の。何が伝わるんだ今ので。

「ふふっ!じゃあ私はぁー、にゃーん!」

「むぁっ…!?」

 岐美さんのほっぺをムニムニと押しつぶすように。いや…弄ぶように明花さんは岐美さんに挨拶をした。岐美さんのキラーパスもなんなくトラップする明花さん。流石である。

「や、やむぁ…!やめ…!」

 おそらく彼女の地方で伝わる伝統的な挨拶だろう。岐美さんの意味不明な挨拶に、おそらくその礼儀をもって返したのだ。この平静さに、それをいなしてしまえる力強さに僕はかねてより興味があったのだ。

「このまま一緒の部屋で寝る?そうしよっか、ねぇ?」

 まずい、岐美さんが拉致られてしまう。孤独に過ごすことになる飯森とまともに話したことのない女子グループに囲まれる岐美さんを想像すると流石に止めざるを得なかった。

「ま、まぁまぁ…それくらいで…ほら!もう前の人、結構乗り込んでる!」

「あ、そうだねぇー。私、真ん中だからお先にどうぞ」

 にこやかに笑いかけ、岐美さんから手を離す明花さん。僕は岐美さんの腕を引く。

「ほら!行くよ!」

「私はクソザコ…?いやだ…絶対に認めない…私はこんなところで終わる女ではない…!」

「何と戦ってるの!ほら、荷物おろして!あ、これお願いします!」

 僕はバスの運転手と思しきおじさんに持っていた岐美さんのバッグと自分が背負っていた大き目のリュックサックを手渡した。

「これ、全部一緒かな?」

「はい!これもです!」

「します……」

 明らかにしょんぼりしている岐美さんの内心は僕には分からない。何が岐美さんをそうさせたのか。変に余計な事を口走るのも怖いけれど、それでも今は彼女に笑っていて欲しかった。

「僕は岐美さんのパワフルさを知ってるよ。何かあれば僕が代わりに受けてあげるさ、さっきのムニムニ攻撃」

「ほわぁっ…!?」

 どこから出たのか判別不明な声にならない叫び。それはまるで怪鳥のよう。

「え、何…?」

「う、羨ましいとか思っとらんでしょうなぁ!?」

 くわっと目を開いて、こちらに詰め寄る岐美さん。その目にはもう既に疲れの色が見えていた。おそらく気疲れだろうが。

「羨ましい要素あった?スキンシップ激しすぎてこっちが身構えちゃったよ」

「ほ、本当に……?信じますよっ…!?信じますからっ…!」

 そう言って、岐美さんはそそくさとバスの入口へと駆けていく。

「開幕から先が思いやられるな……」

 今日の予定はホテルで各自荷物を降ろしてからの札幌観光。明日は一日スキーをして、その翌日は予定を立てた小樽へと足を運ぶ段取りだ。過密なスケジュール、濃密な人とのやり取り。それに対して僕も岐美さんと同じように気疲れはあるのだけれど。

 でもまぁ……ため息をつくのも違うよな。こんな今日はもう二度と来ないだろうし。

「はーぁ!頑張って楽しむか!」

 気楽に、そして確実に。過ぎていった日々は戻らないのだから。

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岐美さんは絶対おかしい!! 夜永培足 @yamadaMk2

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