第2話 英霊発現
運命の能力判定が始まった。
クラスメイトたちは有無を言わさず、黒い装束の男たちに鏡を向けられる。一番最初は、委員長であった。
「光ってる?これが力か」
「ああ、青いな。頭から光るのか?」
慶たちの言葉に対して、近くにいた黒装束が答える。
「光は“素体の適性”。英霊が宿るのは、その中でもごく一部のみ」
二人目はサッカー部のお調子ものだった。彼は赤色の大きな光が右腕に宿っていた。
「全員同じ場所が光るって訳じゃないみたいだな」
「うん、部位によってばらつきがありそうだ」
その後何人か続き、弦の番だった。弦の光は一際大きく、先ほどと比べても異様であった。紺色の光が眩く両手と目に宿っていた。
周りのざわめきも次第に膨らみ、今までの静寂の雰囲気から変容していた。黒装束たちもこの手鏡に注目しており、視線から光の色と大きさに着目しているようだった。
「光があればある程度力はあるみたいだな」
「ぽいねー、あと色とか形場所でどんな能力かあいつらも見当ついてるっぽいよー。僕はどんな能力なのかな?」
弦の視線の先では貴族たちがまるで獲物を見るように目をぎらつかせながらこちらの様子を伺っていた。明らかに人によって反応にばらつきがあった。
しかし、光はあくまで素質であるからか、貴族たちはあまり嬉しそうな表情をしていなかった。小声では聞こえないがあまりポジティブなことは言っていないようだった。
続々と他のクラスメイトたちも鏡をかざされていっているが、変わらず光しか映らない。
次第に貴族たちもフラストレーションが溜まってきて、帰るものも出始めていた。
「ドタッ」とわざと大きな音を立てて帰る貴族たちもおり、その大きな音に思わず慶も「ビクンッ」と反応してしまっていた。
これほどまで貴族たちが大きく反応をする英霊の力とはどのようなものなのか。果たしてそこまですぐ発言する能力なのか。副作用のようなものはないのか。いくつもの疑問が思い浮かぶ。
「そもそも英霊の力ってなん……」
「え…!ぼ、ぼぼぼ、僕!!」
弦に疑問を話しかけようとすると、すぐ後ろから嬉しそうな声が聞こえる。声は裏返っており、驚嘆と喜びに彩られていた。
黒装束が大きな声で貴族の方へ伝えた。
「上様、この者発現致しております。
【下剋上】の英霊。名は【トヨトミヒデヨシ】」
貴族たちだけでなく慶たちの中でも驚きが広がる。
天下人「豊臣秀吉」。元は農家の息子という立場から、足軽大将を経て、織田信長のもとで成り上がっていった。信長の死後、後の天下人徳川家康などの有力武将を押し除けて、天下統一を果たした戦国の雄である。
力が発現した彼の名は清水秀。彼の背からは濃い紫の光が薄く発されていた。慶もほぼ関わりがない。というか、クラス自体からほぼ関わりがない、いわゆる目立たない生徒だった。
しかし、あまりクラスメイトからはイメージが良くなかった。小声で人の陰口を言ったり、Xの裏アカウントでクラスの愚痴や妄想をぐちぐち書くという噂を聞いたことがあった。
大人しいが、少し厄介者の生徒。これが全員からの共通認識であった。この元々の背景だけでなく、直後の彼の行動からも不安にならざるを得なかった。
鏡を眺めながら目を見開き、鼻息を荒くする。その表情には喜びと欲望が見え隠れしていた。手は硬く握りしめ、正気でないように見えた。
清水の口元がゆっくり上がった。
鏡に映る光に指を滑らせながら、うわ言のように繰り返した。
「……やれる。僕にも、やれる……」
「僕だけだ…」
全く聞き取れなかったが、その様子はどうしようもなく不気味で、何かが起こりそうな、そんな予感がさせられた。
「やめてください!痛い!!」
清水の様子に気を取られていると、甲高い声が響いていた。クラスの女子が現れた武士に腕を引っ張られ、部屋から退室させられようとしていた。クラス中に衝撃が走る。
「光が基準に満ちていない者は追放という決まりである」
「やだやだやだやだーー!!助けてよみゆ!さくら!」
「決まりだ。抗うならば、切る」
「痛い痛い痛い!やめて…!」
皆、明らかに冗談ではないその言葉にたじろいだ。女子は絶望の目で泣き出してしまうが、全く武士は気にせず女子生徒の髪を掴んだ。
あまりの出来事に弦が動き出そうとした。しかし、その瞬間、弦よりも先に動き出していた人がいた。
「やめて!手を離して」
武士の前に迷わず立ち、その手に触れていた。その長く艶のある漆黒の髪は揺れていた。クラスメイト、貴族、そして慶、全ての注目が一点に集まった。静香である。
慶の心臓がキュッと締め付けられる。心臓の鼓動がどんどんと早くなり、体中の血の気が遠のいていく。
息が荒くなり、この目の前の状況のこと以外何も考えられない。
ただまっすぐ。まっすぐに静香は立っていた。毅然と、自分を信じて立っていたのだ。
しかし、顔は青ざめており、手もかすかに震えていた。
行かなければいけない。他の人はどうでもいい。ただ、静香だけは守らなければ。しかし、体が動かない。再びあの時の記憶が自分の体を縛り付けていた。
膝はまるで地に生えているかのように動かず、腕には全く力が入らない。
助けたい。今すぐ駆けていって助けたい。「大丈夫だよ」と安心させたい。しかし、声さえも出ない。
自分の無力さ弱さがどうしようもなく憎かった。
男は一瞬刀に手をかけるが、貴族の「ひとまず能力を確かめよ」という言葉を受けた。男は無言で鏡を静香に向ける。
静香の美しい顔が映っていた。何も異常はない。つまり、何も変わったことはないのだ。
何も起こらない。
全員に発生している光すらも映らない。
そう、何一つ写らなかったのである。
貴族たちの間で波紋が広がる。
「無能力か、光が出ないなどそんなことあり得るのか」
「稀に出たことがあると聞いたことがあるぞ、数グループに一度出ないことがある、と」
「陰陽力の無駄ではないか、能力のない異界人などただ飯食いだ」
明らかに好意的ではない、心無い言葉と視線が静香に注がれる。
「無能力など切ってしまえば良いではないか」
ふとその一言が耳に聞こえる。
静香が切られるーーーそれはつまり静香が消えることを意味する。
「ふむ、無能力か。見込みのあるおなごかと思ったが残念だ」
武士がゆっくりとなれた手つきで刀に手をかける。
金属同士が擦れ合うような音がする。
あの日聞いた「あの音」と同じであった。
その瞬間慶の視界はスローモーションになった。
飛び出す弦、泣き叫ぶ静香の友人。
失望感漂う他のクラスメイト。
無表情で躊躇いのない武士。
周囲のものが視界から次第に消えていく。全ての音が消え、ただ静香しか見えなくなった。
震える手、潤んだ目。彼女はこちらを向き、小声で何かを伝えようとしていた。震える唇が、ほんの少しだけ持ち上がった。泣きそうになりながらも微笑んでいた。
静香が、死ぬ。
俺には何もできない。
また見ているだけか。また死なせるのか。
また大切な人が消える。
また一人になる。
嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ。
その瞬間ふと何故かあの言葉が頭にチラついた。
『主よ、何を望む』
心の奥の方。ずっとずっと奥の方から、ゆっくりとひとつの想いが浮かび上がってきた。
あの日からずっと望んでいることが慶にはあった。
「俺は、大事なものを護りたい」
『よかろう、その望み。この武蔵坊弁慶が叶える』
次の瞬間、慶の胸から黒金の光が破裂するように溢れた。
刀狩りの護り人――護るために、俺はすべての力を奪う @BJJYAWARA
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