第1話 異世界転移
白かった。
ただ白い空間。
声が響き渡る。
『お前が新たな主か』
低く、重たい声であった。
『新たな主よ、何を望む』
何を望む?わからない。
「主よ、主は幼き頃から同じものを望んでいるようだが?」
同じもの?望むもの?
ああ、そうか、俺が望むのは⬜︎⬜︎…
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「……!?」
クラスメイトの半分が倒れている光景。
見覚えのない部屋。
「シズカ…?」
咄嗟に周囲に静香がおらず、胸が締め付けられるような不安に襲われた。喉が異様に乾き、息が荒くなる。
「…シズカ!!あ…」
しかし、ふと右手を見ると細い手が握られていた。すぐ横にいたのである。
安堵を覚えつつ、静香を尻目に慶は呼吸を整えて状況を整理する。
「五芒星…?」
床一面に敷かれた白布の、異様なほど清潔な感触。
畳に似ているのに、踏みしめるとほんのりと冷たく、ゾワっとした。
そこに描かれたどこか見たことのあるような巨大な五芒星が、まるで「祝詞の儀式の跡」のようであった。
薄暗い室内は、木と紙の匂いが濃い。
白壁と黒木材のコントラストは美しいのに、どこか冷たかった。
「。。。ケイ。。。?」
聞き馴染みのある、芯の通った女性の声が聞こえてきた。静香である。しかし、声は少し不安で揺れており、慶の手を弱々しく握っていた。手はかなり冷たくなっていた。
「大丈夫」
慶には弦のように上手く言葉で励ますことができない。だから慶は静香の透き通った漆黒の瞳を見つめる。反対側の手で、昔よくやっていたように少し雑に頭を撫でるのである。
「……ケイ、私みんなを起こしに行ってくるね」
「お、行ってこい。俺もゲンを起こす」
静香の顔から不安の表情は薄まり、友達を起こしに行ってしまった。ケイも近くに転がっているゲンの方を優しく揺らす。しかし、全く起きない。
「おい、おい!起きろゲン」
「んー」
「起きろ!修学旅行とは状況の訳が違うんだぞ」
弦は慶の本気の揺らしを微動だにせず寝続ける。弦の寝起きにより遅刻をした苦い思い出を思い出しつつ声をかけ続ける。
すると、次第に他のクラスメイトも状況を認識し始めていた。
「は? ここどこだよ」
「夢だよな、うん、ははは」
「ドッキリか。。。?」
ところどころから声が聞こえる。シンプルな疑問の声、現実逃避、さまざまだ。
言葉の裏にはやはりどこか不安、強がりなどさまざまな感情が見受けられた。
「。。。んぐ、ケイ、ここどこー?」
「やっと起きたか。お前、あんなこと起こっても変わらなすぎだ」
「ま、焦って良いことないじゃん?」
ニコニコと弦は慶に微笑みかける。
言葉は軽い。
しかし弦は執拗に手の指を鳴らす。
弦は強がるタイプじゃない。
ただ、この手の指を鳴らすには弦が怖いと感じてる時によくする癖であった。
「とりあえず、みんないるみたいでよかったね」
「そうだな」
「笛口さんも無事そうだし。よかった!」
すると音もなく、障子が開いた。和装の男たちであり、古代の貴族のような装いであった。
「誰だ?……コスプレ?」
「…束帯かな?平安時代の公家みたいな服装をしてる」
弦は目を細めながら小さな声で呟く。どうやら彼らの格好は平安貴族のものと類似しているようだ。
彼らの横には刀のような大きな刃物を携えた男たちが数人控えていた。慶たちはいつでも殺され得る状況なのである。
刃物が視界に入り、最悪の可能性を想像してしまい、慶の頭には「あの日の光景」がフラッシュバックした。ギシギシと鋭い頭痛が頭を周期的に駆け巡る。
「ケイ、目を瞑って。息を吸って吐いて、繰り返そう」
急に何かに目が覆われる。弦の落ち着いた優しい声色が塞ぎかけていた慶の心に響く。手の温かさを感じる。
言われた通りにすると、慶の頭痛もおさまった。
「悪い、助かった」
「大丈夫だよ。あれは目に入らないようにしよう」
弦は余裕が少し見えるような微笑みながら言う。しかし、その表情は少し強張っており、何より手も震えていた。強い男である。
少し離れたところにいた静香もこちらを心配してくれていた。自分も震えているのに心配してくれる彼女の存在に、自分がいかに幸運かを感じる。
彼らに目を向けるとその様子は異様であった。全く目が笑っておらず、慶たちを見る目もおよそ人間に対して向けている目ではなかったのだ。
その異様な雰囲気にその場の全員は動くことができなかった。
中心にいた男の血色の良い口元が動く。
「ツキノモトへようこそいらっしゃいました、異界人殿」
恭しく、淡々と紡がれる言葉が部屋中に染み込むように広がった。どこかゲームのNPCのような無機質さがあった。
「異界人」この一言で、全員の中で少なからずこの状況の答えが見つかった。
異世界転移、この言葉が全員の頭によぎった。手の込んだドッキリにしては全ての辻褄が合いすぎていた。
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男たちに連れられた慶たちは、大きな邸宅を歩いていた。壁が少なく、開放的な作りで、コの字状の建物の外には美しい庭園が広がっていた。いわゆる寝殿造であった。
歩くたびに古い板張りがきしみ、細く長い廊下の奥に、庭園の光が揺れていた。
松の枝が風に揺れる影が、まるで誰かの手のように不気味だった。
目的の場所に着いたようで、お付きの人たちがゆっくりとその障子を開けた。
そこに広がっていた光景はまさに壮観であった。
障子の向こうは、一瞬、息を飲むほどの広さだった。
青畳が延々と続き、遠くの天井は影になって見えない。
香の匂いが濃く漂い、空気はしんと張り詰めている。
左右に並ぶ貴族たちは動かず、まるで屏風絵の人物のよう。
その中心にぽつりと座る少年──帝。
豪奢な衣装に包まれながら、まるで人形のように動かない。
子どものはずなのに、その視線だけは古い時代から生きてきたようだった。
「ツキノモトが帝、シンチョウ帝である」
まだ声変わりしきっていない、しかしどこか威厳を感じる声であった。同時に左右の男たちが一気に頭を下げ、敬意を向ける。
「右大臣、説明せよ」
傍に控えていた、髭の濃い50代ほどの男が前に躍り出て、語り出した。
「僭越ながら異界人殿たちの現在の置かれている状況を説明させていただく。」
彼が話した内容は衝撃の連続だった。
慶たちはやはり異世界転移をしていた。この転移した国の名はツキノモト。日本と同じ小さな島国であった。資源に恵まれたこの国は多くの侵略国家から狙われている。
「50年に一度、異界人を自国へ招くことができるのだ。しかし、これは他国も同様である」
「てことは、俺たち以外にも…」
「異界人が他の国にいるってことだよねー」
他の国でも慶たちと同じような立場の者たちが存在する、この事実はかなり大きかった。協力し合える可能性があるだけでも貴重だ。
「異界人はみな、英霊の力を宿す。その力は膨大で、千び兵にも勝る。ゆえに、力を持つ異界人の方々は、貴族の方で保護させていただく。無論、戦いを望まないものには強要せぬ」
「おい、ゲン、これ。。」
「うん、都合良すぎだねー、こっちに」
慶も弦も違和感を覚えた。不自然なほどこちら側に都合がよすぎていたのだ。この国にとっても存亡がかかっている中で、ここまで自由にやらせてくれるわけがない。
考え込んでいると、ふとすぐそばにいた静香とも目が合い、強張りながらも笑顔を向けてくれる。しかし、その袖を握る手は震えていた。
慶は小声で「大丈夫」と伝え、静香もそれを見て「さっきと一緒じゃん」と嬉しそうに笑顔を見せた。
「それでは事態は一刻を争う故、早速力が発現しているか試す。異界人殿たちはこの者らの指示に順番に従って欲しい。」
そこまで説明して男は数人の黒基調の格好をした者たちを集める。彼らは手鏡のようなものを手に持っていた。
この手鏡にその力の発言について教えてくれるのだそうだ。
そして、慶たちにとって運命の別れ道となる能力診断が始まった。
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