怨獣討伐隊

宮城ヒカゲ

第1話 元殺し屋の公安

「親父。今日のターゲット、仕留しとめた」

「おう。よくやった、ジンキ。その赤い髪は何だ、返り血か?」

「……元々」

「そうだったな。ハッハッハ! 明日、借金の取り立てがあるからついてこい。明日回収できなかったら、殺していいって約束だからな」


 何笑ってんだ。お前がやっているのは金貸かねかしじゃなくて、ただの人殺しだろ。別に、人を殺すことに抵抗はないけど、このヤクザ連中の言うとおりにするのは腹が立つ。だけど、俺に拒否権はない。


「おお、お前が次のガキか。生意気なまいきな目をしているな、嫌いじゃないぜ。今度は立派に育って、組を持つくらいにはなってくれよ」


 そう言って、生まれてすぐ孤児だった俺を拾ったのが、目の前のデブスキンヘッド野郎だ。一六年間、親父と呼ばされているけど、父だと思ったことは一度もない。

 というか、そもそも父がどんな存在なのか、俺には分からない。そんな俺でも分かるくらい、こいつは父とは呼べない最低な人間だ。

 俺のことなんて、子どもどころか人間とも思っていない。きっと、人を殺す機械とでも思っているんだろう。それほど、愛された覚えがない。


「そういえば、今日の報酬だ。ほれ」


 投げてきたのは百円玉だ。人を殺して百円とか、こいつ絶対死んだら地獄に落ちるだろ。いや、落ちてほしい。でも、今の俺はこの百円にすがらないと生きていけない。


「ジンキ。お前は何のために生きている?」

「なんだよ、急に。嫌味いやみ?」

「相変わらずひねくれているなあ。親が子どものことを気にするのは、普通だろ?」


 お前を親だと思ったことなんて、一度もないっつーの。


「幸せになるためだ。たくさん稼いで、いい飯を腹一杯はらいっぱい食って、屋根のあるところで毎日寝る。それが俺の幸せだ。だから、俺はいつかここを出ていく」

「夢を語るのは自由だ。だが、お前は戸籍こせきもなければ、親もいない。存在意義なんて、人を殺すことくらいだ。そんなお前を雇ってくれるところなんてないだろうな! ハッハッハッ! ……おっと、電話だ。はい、はい、今日のターゲットは仕留しとめました。ボス、次は……」


 そんなこと、俺が一番分かっている。でも、俺は幸せになりたい。幸せになった俺は、朝からラーメン食って、昼は餃子にチャーハンに酢豚、夜は焼き肉食べ放題で店の肉を食い尽くすんだ。できれば、かわいい彼女と一緒に。

 そんな妄想をしながら、現実の俺は一人でパンの耳を買いにいく。


 街は日が落ちて、すっかり夜だ。信号機は点滅を繰り返し、昼より存在感をアピールしている。街灯がいとうや自動販売機はこれ見よがしに明るく光ってイキっている。静かな分、そこで大声を出している酔っ払いよりはまだマシか。


「なあ、聞いたことあるか。あくまでうわさなんだけどよ、死んだら〝冥界めいかい〟って場所にいけるらしいぜ。俺らが住んでいる今の世界とほとんど変わらなくて、快適なんだってよ」

「マジ? じゃあ、俺今すぐ死んでもいいや! 仕事しなくていいんだろ? 上司はうるせえしおこづかいは少ねえし、こんな不幸な人生、ごめんだぜ」

「本当にな。なんで俺らは、こんなに頑張って働いて生きているんだろうな。こんなこと言ったら、嫁に怒られるか。ハハハ!」


 何言ってんだよ。働いて金稼いで、うまいもん食って、友達と酒飲んでバカ騒ぎして、帰ったら女がいる人生なんて最高じゃねえか。何が不幸だよ。俺の人生を味わわせてやりたい。

 もし、綺麗なお姉さんに拾ってもらえていたら、たくさんおこづかいもらって、好きなもんいっぱい食べさせてもらって、いい家に住んで、お姉さんに甘やかされて――。


「ったく~、また転んだの? 痛いの痛いの飛んでけ~!」

「ありがとう、お母さん! 痛いの、飛んでった!」


 そう、あんな感じで。

 それが、俺の今の人生はなんだ。金もクソみたいなほどしかもらえなくて、パンの耳しか食えず、家もない。おまけに、デブスキンヘッド野郎に指図さしずされて、これ以上ないくらい最悪な人生だ。こんな人生ならいつ死んでもいい。なんなら、誰か俺を殺してくれないかな。こんな最悪の人生だったら、さすがにその冥界めいかいとやらではいい暮らしができるんだろう。

 ともかく、今の俺はただ生きることしかできない。幸せな人生を目指して――。


――ドスッ。

 

 音のした方を見ると、黒いフードをかぶった子どもが俺の腹のあたりにぶつかっていた。


「おい、お前。ちゃんと前見て歩――」

「――うさんを返せ」

「は?」


 子どもは勢いよく走って逃げてしまった。何か言っていたけど、よく聞こえなかった。子どもを追いかけようとして一歩踏み出すと、腹のあたりににぶい痛みを感じ、ひざから崩れ落ちてしまった。

 夜だからよく見えなかったけど、赤黒い液体が腹から垂れている。腹に手を当てると、何かが刺さっている。持ち手に手を合わせてみると、今まで殺してきたやつらの顔がフラッシュバックした。死ぬときはこんなにもあっけないのか。

 今まで数えきれないほどの極悪人ごくあくにんを殺してきたけど、そんなやつでも、最後は子どもごときに殺される。まあ、元々いつ死んでもいいとは思っていた。俺の人生に生きる意味なんてない。

 死んだ後は、優しく微笑ほほえんで甘やかしてくれるお姉さんがいて、素直でかわいい彼女がいて……遊んでくれる兄ちゃんがいてもいいかもな。そんな世界に生まれ変わらせてください。

 周りの騒ぐ声は次第に小さくなり、意識は遠のいていった。




「……くん! ……キくん!」

 誰かが呼んでいる。俺を優しく甘やかしてくれそうなお姉さんの声だ。本当に生まれ変わったのか?

 恐るおそる目を開けると、見知らぬ天井だった。どうやらベッドに寝かされているらしい。

 向かって右側に、茶髪ボブで眼鏡をかけた天使みたいな女の人が、俺を心配そうに見下ろしている。お姉さんの向かい側――俺から見ると左側には、ちょっと不愛想ぶあいそうだけど、黒髪ロングで綺麗な顔立ちの女が立っている。年は俺と一緒くらいかな。短髪のごつい男もやってきた。


「あの、ここが冥界めいかいって場所っすか?」

「え? いや、ここは現世げんせよ。今は、二〇五〇年四月三日、午後二時三分」


 お姉さんが優しく答えてくれた。外見もかわいくて声もかわいいいなんて反則だろ。冥界めいかいでは、このお姉さんにたっぷり甘やかしてもら――。

 ん? 今、現世げんせって言ったか?


「あの、現世げんせって……死ぬ前の、パンの耳が百円で買える、あの現世げんせっすか?」

「まあ、パンの耳は百円あれば買えるわよね? 荒木あらきくん」


 天使はごつい男のことを荒木あらきくんと呼んでいる。お姉さんの名前は、と言う暇もなく、その荒木という男は話し始めた。


「そうですね。パンの耳は栄養にならないので、俺は買ったことありませんけど」

「パンの耳って、家畜かちくや釣りのえさじゃないんですか?」


 こんな人の気持ちがないやつしかしない発言をしたのは、天使の向かい側にいる不愛想女ぶあいそうおんなだ。ちょっと綺麗な顔しているからって、調子に乗りやがって。


「お前、パンの耳のうまさ知らねえだろ。ニンニクチューブぶっかけたら主食でもいけるし、砂糖をかけたら甘くてうめえんだぞ」

「そんなことしなくても、ご飯はお米とおみそ汁と漬物で十分だし、デザートを食べたくなったら、ドーナツでもパフェでも食べればいいじゃない」


 こいつ、全然素直でかわいくねえじゃねえか。やっぱり、ここは現世げんせだ。


「こいつ、殴っていいっすか⁉」

「ちょっと~、二人ともさっそく喧嘩はやめて。荒木くん、止めるの手伝って!」

「ったく、世話が焼けるな」

「いててて!」


 なんだこの人、馬鹿力ばかぢからすぎんだろ。今までいろんな手練れを相手にしてきたけど、その中でも結構強い方だぞ。ここはおとなしく従っておこう。




 数時間後、さっきのメンバーと一緒に「六課長室ろっかちょうしつ」と書かれた部屋に連れてこられた。


「ということで、公安六課怨獣討伐隊こうあんろっかおんじゅうとうばつたいへようこそ! 私は公安六課課長こうあんろっかかちょうのシキです。よろしくね~」

「よ、よろしくお願いします!」


天使のお姉さんはシキさんっていうのか。なんか、綺麗っていうか、とうといっていうか、とにかく好きだ。


筋骨隆々きんこつりゅうりゅうのたくましい彼は荒木あらきくん」

荒木あらきアキラだ。よろしくな、坊主」

「どうも」

「そして、さっき、ジンキくんが喧嘩していたのがリナちゃんね」

「……」


 こいつ、挨拶あいさつくらいしろっつーの。こいつとだけは仲良くなれねえ。……っていうか、シキさん、公安って言ってたか?


「シキさん。公安って、あの公安っすか?」

「うん、あの公安だよ」

「国を守る的な……あの公安?」

「うん、あの公安」

「なんで? 俺、殺し屋なんだけど」

「うん、知ってるよ。でも、それは昨日までの話。今日からジンキくんは、公安の一員で~す!」


 顔の前で手をパチパチ叩いている。かわいい。とうとい。推し。いや、それは一旦置いておいて、聞きたいことが山ほどある。


「俺、昨日刺されたとこまでは覚えてるんすけど……」

「そう! 出血がひどくて、大変だったんだよ~。パトロール中の荒木あらきくんとリナちゃんが運んでくれたの。二人はジンキくんにとって、命の恩人ってことだね。だから、仲良くしてよ~」


 公安は俺を殺し屋だと知ってて助けたのか? よく分かんねえけど、あのクソデブスキンヘッド野郎のところにいるよりはマシか。天使がいるし。


「助けてくれて、ありがとう、ございました……」

「おう」

「どれだけ憎まれていたら、道で刺されるのかしらね」


 こいつ、むちの叩き方しか知らねえのか。大阪のおばちゃんに、あめのあげ方教えてもらってこい。


「これから、ジンキくんは荒木あらきくんのⅮ班に入って、リナちゃんと三人で動いてもらいます」

「……え、こいつと一緒ですか」

「私も嫌だけれど、仕事だからしょうがないわ。邪魔しないでね」


静まれ、俺の右手。


「俺、シキさんの班がいいっす」

「私は六課の課長だから、班は持っていないのよ、ごめんね」

「……俺、こいつと一緒なんて絶対嫌っす」

「ええ~⁉ そんなこと言わないでよ~。荒木くん、部下なんだからまとめて~」


 はあ、とため息をついた後、男は腰に手を当てて話し始めた。


「まあ、リナは口がきついが、根はいいやつだ。話していけば、仲良くなれると思うぞ」

「こいつと仲良くなれる気しないっすけどね」


 こんな状況でも、リナとかいう女は仏頂面ぶっちょうづらを決め込んでいる。


「ん~、分かったわ! ジンキくんは今何が欲しい? できるだけ準備するから、頑張ってくれない?」

「いっぱい稼いで、うまいもん食って、屋根のある家で寝たいっす。シキさんとデートもしたいっす」

「おい、お前。あまり調子に乗るな――」

「分かった! 美味しいものたくさん食べられるくらいお給料あげるし、お家も準備するわ! 私とのデートは……Ⅾ班として、初任務に成功したらでどう?」

「ほんとっすか⁉ 分かりました。俺、頑張ります!」

「ほんと、男って単純ね」


 こうして、元殺し屋である俺の公安生活が始まった。

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