てるてる坊主の証言

サンキュー@よろしく

【自主企画用書下ろし】「てるてる坊主の証言」で2000文字以内

 窓の外は、世界を灰色に塗りつぶすような土砂降りだった。そんな放課後の教室で、彼女はティッシュペーパーを丸めていた。


「てるてる坊主、てる坊主~、あした天気にしておくれ~」


 彼女は鼻歌交じりに、白い生首のような物体に輪ゴムを巻き付けている。明日は年に一度の球技大会だ。


「その歌、三番まで歌うなよ」


 俺の声に、彼女はきょとんとして手を止めた。


「え? なんで?」

「三番の歌詞、知ってるか? 『それでも曇って泣いてたなら、そなたの首をチョンと切るぞ』だぞ。脅迫にも程がある」


「ひっ……! 嘘でしょ、何それ怖い」


 彼女はてるてる坊主から、恐る恐る手を離した。


「元々、てるてる坊主の起源は日本のものじゃないんだ。中国の『掃晴娘(サオチンニャン)』っていう伝説がルーツと言われている」

「サオ……何?」

「掃晴娘。箒を持った女の子の切り紙だ。昔、止まない雨を鎮めるために、東海龍王という神様の元へ、その身を捧げた少女の物語さ。つまり、人柱だ」


「ちょっと! 豆知識がヘビーすぎるんだけど! もっとメルヘンな話はないの!?」


 彼女は頬を膨らませながら、マジックペンを手に取った。そのまま、てるてる坊主の顔を描き入れようとする。


「おい、待て。顔を描くな」

「なによぅ。目がないと可哀想じゃん」

「違う。てるてる坊主は、最初は『のっぺらぼう』で吊るすのが正解なんだ。願いが叶って晴れた時に初めて、瞳を描き入れて、お神酒を供えて川に流すのが本来の作法だ」


 俺はため息交じりに、一番重要な理由を付け加える。


「それに、最初から顔を描くと、雨でインクが滲んで『泣き顔』になっちまうから縁起が悪いんだよ。泣き顔の坊主は雨を呼ぶって言われてる」


「……へえ、そうなんだ」


 彼女は妙に感心した様子でペン先を見つめ、それからニカっと笑った。


「物知りだねぇ。じゃあ、顔は描かないでおく! 明日、絶対晴れてほしいもん!」


 彼女はのっぺらぼうの白い人形を、窓際のカーテンレールに結びつけた。



 翌朝。

 俺の予感通りというか、天気予報通りというか。空は昨日よりも重い鉛色で、バケツをひっくり返したような雨がアスファルトを叩いていた。

 球技大会は中止。通常授業への変更連絡網が回り、俺たちは気だるげに登校した。


 教室に入ると、窓際に彼女が立っていた。

 その視線の先には、昨日吊るしたてるてる坊主がある。


「……おはよう」

「あ、おはよ……」


 俺は鞄を置き、てるてる坊主に近づく。

 そして、違和感に気づいた。


「おい、これ」


 昨日は真っ白だったはずの顔面に、黒いインクで目と口が描かれている。

 しかも、窓から吹き込んだ雨飛沫を浴びたのか、インクは無惨に滲み、黒い涙を流しているような不気味な形相になっていた。

 まさに、俺が警告した『泣き顔』そのものだ。


「顔、描いてあるじゃないか」


 俺が指摘すると、彼女は慌てて振り返り、両手を振った。


「ち、違うの! 今朝、学校に来てから描いたの! 『晴れますように』って念を込めて!」

「嘘つけ。インクの乾き具合と滲み方からして、昨日の夜か、今朝かなり早い時間に描かれたものだ。雨に濡れるのを分かってて描いたな?」


「うっ……」


 彼女が言葉に詰まる。

 俺は、泣き顔のてるてる坊主を指先で弾いた。


「こいつが証言してるぞ。お前、本当は雨が降ってほしかったんだろ」

「…………」

「なんでだ? あんなに球技大会を楽しみにしてたのに」


 彼女は視線を彷徨わせ、耳まで真っ赤にして俯いた。

 教室には、まだ俺たち二人しかいない。雨音だけが響いている。


「……だって」

「だって?」


 彼女は蚊の鳴くような声で、ボソボソと呟いた。


「球技大会だと……あんたと一緒にいられないじゃん。クラス違うし、応援席も別だし」


 俺は虚を突かれて、言葉を失った。


「通常授業なら、放課後の図書委員の当番、一緒にできるでしょ。だから……その、ちょっとだけ、雨でもいいかなって」


 彼女は上目遣いでこちらを見ると、また慌てて窓の外へ顔を背けた。


「でも! こんな怖い顔になるなんて思わなかったの! あんたの言う通りにすればよかった!」


 俺は滲んだインクでドロドロになったてるてる坊主を見上げた。

 不気味な泣き顔だと思っていたが、言われてみれば、照れ隠しでぐしゃぐしゃになった彼女の泣き笑いにも見えなくはない。


 俺は苦笑しながら、てるてる坊主の紐を解いた。


「とりあえず、こいつは役目を終えたってことで処分しよう。縁起が悪い」

「えっ、捨てるの?」

「いや。顔を描き直してやる」


 俺は自分の鞄から油性のマッキーを取り出した。


「滲まないペンで、笑った顔にしてやるよ。そうすれば、明日は晴れるだろ」

「……明日晴れても、球技大会はないし、そもそも学校休みだよ?」

「でも、晴れたら一緒に遊びに行けるだろ?」


 俺が言うと、彼女は一瞬きょとんとして、それから今日一番の晴れやかな笑顔を見せた。


「うん!」


 窓の外は相変わらずの土砂降りだが、俺たちの間だけは、どうやら梅雨明けしたようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

てるてる坊主の証言 サンキュー@よろしく @thankyou_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説