授業の名前は誘惑

相野仁

第1話「授業の名前は誘惑」

 国立光が原学園。

 国有の離島に存在する全寮制の共学高校だ。


 矢吹蓮司は「特別な授業があり、偏差値だけで合否は決まらない」というウワサを聞き、ダメもとで受験したら合格してしまった。


 寮は全員に個室が用意されていたのはうれしい誤算である。

 蓮司はコミュニケーションが得意ではない陰キャだからだ。


 そして入学式、対面式といったセレモニーを終えて数日後。


 スマホにPDFで送付された時間割に「特別授業」と書かれていた時間が、とうとうやってくる。


「特別授業って何なんだろうねー?」


「うわさだと政府が口出してるらしいし、楽しみだ」


「特別って響きがいいよな。何か選ばれた気がしてさ」


「お前、精神年齢が中学二年生じゃない?」


 まだ数日なのに、早くも仲良くなった者たち同士がにぎやかにおしゃべりをしていた。


 蓮司は輪に入れず、教室の最後尾の席でぼんやりと教室の壁をながめている。


 似たような境遇の生徒はほかにもいるが、彼らに話しかける勇気も行動力も、蓮司にはない。

 

 そこにドアを開けて、ここ一年三組のクラス担任である冬城 澄佳(ふゆしろすみか)が入って来る。


「そろっているわね? ではこれより特別授業を開始します」


 冬城の宣言に生徒たちの表情はひきしまった。


「特別授業のテーマは『誘惑』よ。これから男女ペアを組み、相手を誘惑してもらいます」


 冬城の真剣な説明を聞かされた生徒たちはあっけにとられる。

 蓮司もポカーンとしてしまう。


「な、何ですか、それ?」


「そんなの授業でやることじゃないよ!」


 ショックから立ち直った生徒たちは口々に抗議する。

 

「静粛に!」


 冬城はパンパンと手を叩いて一喝し、生徒たちを黙らせた。


「戸惑うのはもっともだけど、大真面目な話よ」

 

 冬城はゆっくりと教室内を歩き、生徒たちの顔を順番に見ていく。

 

「少子化問題は深刻で、政府は本格的に対策をしようとしている。この特別授業もそのひとつよ。男女の恋愛スキルを磨くためにね」


 ややゆっくりと話す冬城の声が教室内に浸透する。


「いま二十代三十代では恋愛せず、独身を貫く男女が増えている。政府の調べによると、四十八パーセント。この数字を減らし、結婚が増加させるための方策なの」


 冬城の淡々とした説明にたまりかね、ひとりの男子生徒が立ち上がった。


「け、結婚しても子どもができるかは、同じ問題ではないのでは?」


 水森徹だ。


「水森の言う通りね。だから政府は他にも対策をしていくつもりなの」


 冬城はうなずいて即座に切り返す。


 そんなこと言われても急には受け入れられない、という空気が教室内にあふれている。


 蓮司だって同感だった。


(高校の授業で同級生を誘惑するって、この国の政府の頭は大丈夫かよ?)


 というのが彼の本音である。


「肝心な話をしましょう。この誘惑の授業は政府も注視している。成績次第では進学に響くわよ」


「!?」


 冬城の発言は、生徒たちに新しいショックを与えた。


「し、進路に関係するんですか?」


 立ち上がりながら質問したのは女子である。

 蓮司から見て真面目そうな美少女だった。


「当然です。ここは政府の影響が強い国立高校なのよ? 政府の期待に応えられるかどうかは、成績にも進路にも響いて来るわ」


 冬城はクールな表情で淡々と答える。


「む、むちゃくちゃだろ」


 男子のひとりがうなりながら声を漏らす。

 蓮司だってまったく同意見だ。


「べつにいやならやらなくてもいい。転校すればいいだけよ」


 冬城の反応はそっけない。


「あ、その手があるんだ」


 女子のひとりがとっさにつぶやく。

 あまりにも授業内容がひどい場合は考えるべきかもしれない。


 生徒たちの表情に希望が浮かぶ。

 「いやなら逃げられる」というのはたしかに彼らにとって希望だった。


「私の話はまだ終わってないわよ?」


 そんな空気に冬城はぶった斬る。


「成績優秀者には難関大学への推薦、もしくは政府系機関への就職に大きなアドバンテージが与えられるのよ」


 この説明を聞いた生徒たちは、


「えええ!?」


 と絶叫した。

 彼らにとって本日最大の衝撃である。


「そ、そんなのいいのですか!?」


 ふたたび水森が立ちあがって質問した。

 冬城が明かした報酬は高校生たちにとって非常に大きい。


 今後待ち受ける進学や就職という悩みをスキップできるかもしれないのだ。


「政府が推進している方策で優秀な結果を出した者には、当然の報酬ね」


 冬城は生徒たちにニンジンをぶら下げる。


(こんなご褒美を用意するなんて、反発を予想していたのでは?)


 と蓮司は疑問を持つ。

 だが、教室内の空気は先ほどまでとは変わっていた。


「将来の心配がいらなくなるって魅力的よね」


「まずはやってみればいいんじゃないか」


 蓮司が見るかぎり、みんなやる気になったようである。


(大丈夫なのかな?)


 蓮司としては不安で仕方がない。

 頭おかしい授業内容にもだが、自分がついていけるかどうかもだ。


「ちなみにあまりにも過激なことは禁止だからね」


 とってつけたように冬城は言う。


「ですよねー」


 男子の誰かが言い、どっと笑い声が起こる。

 蓮司以外は気持ちを立て直したようだった。


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