ようこそ、喫茶店『小道』へ。

はっち

第十二話「とある少年の夢」

 ――その日、帝都の冒険者ギルドに、一報が届いた。


 帝国領東端――グリーンラクーンの村周辺で、

 オーガと思しき影が目撃されたという。


 街道を通っていた旅人が偶然見かけ、

 恐る恐る最寄りの村へ駆け込んで伝えたらしい。


 村は一気に騒然となり、

 協議の末、冒険者ギルドへの依頼を決定した。


 *


 その日、少年は皇帝からの招集を受けた。

 一介の冒険者として研鑽を積み、冒険者の間でもそこそこ名の通った少年であるホヴィは、


「ついにきたか……!」


 と喜び勇んで荷物を纏めると、まずは冒険者ギルドに向かった。


 冒険者ギルド、といってもほとんど酒場のようなもので、冒険者と名のつく荒くれ者のたまり場である。勿論、荒くれ者のほとんどは冒険者であるが、その中には、自分のお得意先にもなる冒険者と、酒を酌み交わすために来ている職人たちも居た。


 冒険者の中にはホヴィのようなまだ少年少女と呼べるような年齢の者も少なくない。

 酒場――いやギルドの中にもちらほらとその年頃の者がいたりする。

 ホヴィは小さい頃から剣術と魔法の手ほどきを受け、才能のもあったからか、めきめきと力をつけて15歳にして冒険者の中で頭角を現してきていた。


「よう、ホヴィ、ついに御呼ばれしたんだってな!」


 冒険者ギルドに入るなり、酒臭い息を振りまきながら声をかけてきたのは、やはり屈強な肉体をもって、背中に大剣を背負ったマント姿の戦士だった。


「ウォルさん、はい、ついにやりました! ウォルさんには何度も助けていただいて……」


 目の前の酔っ払った戦士――ウォルに軽く一礼する。


「何、いいってことよ! そんなことより、今お前のための祝杯をあげてたんだぜ? 一緒にどうよ?」


 豪快に笑ってバンバンとホヴィの肩をたたく。


「いえ、今から登城なので、帰ってきたら是非!」


 ホヴィは遠慮がちに、それでもニッと笑って応えた。


「がっはっは、いいねぇ、その笑顔! 勇者笑顔にもまけねーぞ?」


 ウォルはさらに豪快に笑うと、じゃあな、と手を上げて行ってしまった。

 ホヴィも手を上げてウォルを見送ると、酒場のカウンターへ向かう。


「お、次期勇者様のご登場だねぇ」

「いや、まだわからないですよ」


 カウンターに着くなり女将がにんまりと笑みをこぼしていた。


「うちのところから二人目の勇者がでるかと思うとね、あたしも嬉しいんだよ?」


 からからと笑っていた女将が一通り笑い終えると、急に神妙な顔に戻る。


「皇帝陛下に失礼の内容にね。それはあたしらの名誉にも関わる」

「ええ、その事で礼儀とか、服装とか聞きにきたんですよ」


「ん、いい心がけだね。ユウなんかさ、あいつ呼ばれたーっていって、何も準備せずにそのままいって、終わったーって事後報告してきたんだよ。あとでうちの旦那が陛下の側近から呼び出された時は肝をつぶしたもんだ」


 その時の事を思い出したのか、女将は肩をすくめて渋い顔をした。


「まあ、でもあんたなら大丈夫さね! 胸を張っておいき!」


 そう言って女将がホヴィの肩を小気味いい音を立てて叩いた――


 *


「という夢を見たのさ!!」


 カウンターに突っ伏して、少年冒険者ホヴィは涙すら浮かべていた。


「まぁまぁ、とりあえず飲みなよ」


 女将が湯気のたっているカップをホヴィの前に出す。


「にがい!」

「おこちゃまめ」


 女将が出したのはコーヒー。それを苦いというホヴィをおこちゃま呼ばわりしてはいるが、女将にしてみれば、ホヴィや他の少年少女冒険者は特別だ。


 そんなに数は多くないが、様々な志の下に冒険者として生きる若者たちは、酒に飲んだくれている冒険者などよりは活力をもらえるし、希望ももてる。

 あと五年もすればそこらにいる飲んだくれた冒険者になるとしても、だ。

 それは女将だけでなくマスターである彼女の旦那も、多くの冒険者にしても同じことだった。


 名を上げようとする若者に嫉妬するのか、足を引っ張るものもいないではないのだが、強力な仲間になる可能性も秘めている若者であるから、無碍にするどころか自分の技術を伝えようとすらする。

 冒険者たちというのは基本的に年齢を問わずに友好的な間柄であるのだ。


 ホヴィは実力的には同年代でも抜きん出ている。

 それは一緒にパーティを組んだり、武術大会で戦ったことがあるベテランの冒険者や、城の騎士も認めている。


 ただし同年代の中では、だ。


 ベテランの冒険者のように経験豊富だったり、城の騎士のように剣術を極めていたり、宮廷魔術師のように魔法に長けているわけではない。

 ただ、それは年齢的にも絶対的に経験が足りないだけで、道半ばで命を落としたり、道を踏み外したりすることもなければ、将来かなり有望なのだ

 。

 ホヴィの他にも有望と言える若い冒険者はいるし、帝都以外にも冒険者はたくさんいる。

 だから、今のところ、“帝都の同年代の中”では有望な冒険者の一人、というのがホヴィへの評価だった。


 懸念があるとすれば、ホヴィの年の頃は自分の力を過信しがちにもなる事だろうか。


 その過信で命を落としたり、あらぬ方向に道を踏み外したりするものも少なくないから、ベテランの冒険者や冒険者ギルドのマスター夫妻も、若い冒険者たちの事を常々気にかけていた。

 時に厳しく叱り、時に優しく諭し、今のベテラン冒険者達もそうやって育てられ、生き残ってきたのだから、ホヴィら若い冒険者にも同じように接しているのだ。


「よぅ、ボウズ。最近はどうだ?」


 カウンターに突っ伏していたホヴィに声をかけてきたのは、夢にも登場した戦士のウォル。


「あー、ウォルさん、夢見が最悪です」

「知らん」


 がははと笑いながら、ウォルは隣に座ってホヴィの肩をバシバシと叩いた。


「まぁ、そう、しけた顔してんなよ? 夢で登城した? いいじゃねぇか、夢は叶えるために見るもんだからな!」


 豪快な笑みを浮かべてでウォルがホヴィの顔を覗き込んだ。


「はぁ、そういうもんですかね」

「そういうもんよ!」


 ウォルはそういうとまた豪快に笑った。


「で、だ、いい仕事があるんだが、どうだ?」


 ウォルがニヤリと笑う。

 彼がもってきた仕事は、難しいと言うほど難しいものではないが、簡単というものでもなかった。


 『帝国領土の東端、農村が点在する田舎の街道沿いの廃屋に、オーガらしき親子が住み着いているので、確認、及び可能なら討伐してほしい』、というもの。


「オーガ、ですか?」

「ああ、知っての通り、亜人種の上位の存在で、似てはいるが、ゴブリンなんかとは桁違いの力をもったやつらだ。

 滅多に人前に姿を現さないし、存在そのものがレアだな。

 ゴブリンを見間違えた可能性の方が高い。

 でもまぁ、村の人達にとっちゃゴブリンだって脅威だからな。報酬もそこそこだ」


 ウォルはそう言って依頼書を見せてくれた。

 街道のすぐそばで確認されたことから、その街道で繋がっている村同士の共同での依頼のようだ。

 報酬も悪くない。


「ゴブリンとの見間違いだと全然問題ないんだが、もしもという事もある。準備はきっちりと頼むぜ」


「あれ? 行くことになってる」


「がっはっはっは、まぁ、そういうことだ。オーガという可能性を捨てきれないから、何人かに声をかけておいた、今回はそいつらと、俺と、お前で行く」


「勝手に決めないで欲しいなぁ……でも、わかりました」


「よっしゃ! じゃあ、出発は明日早朝だ。遅れるなよ?」


「はい」


 こうして、ホヴィ達はオーガ討伐へと出発することになった。

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