第一章「ラメド」

 時は少し遡り。


 大都市圏からは少し離れ、森に囲まれたさほど大きくない田舎町、ラメド。そこの町はずれに二階建ての木造家屋を作り直した茶店があった。茶店、というよりは薬局に近いそこには店で扱うハーブを自身で栽培するため、やや広めの温室がある。その日は少しばかり冷えるもののよく晴れて気持ちのいい日だった。一方茶店の店員の一人である青年、バウムは温室内でハーブの畑を見据え困った様子で眉根を寄せている。


「やはり上手くいかなかった……今度は水の与えすぎか?それとも栄養過多になっていたか……」


 土の前にしゃがみメモ帳を片手に唸る彼の目前のハーブ、ラメドマリーと呼ばれるそれは森などで見かける野生のものと比べると確かにあまり立派な大きさとは言えず、葉の色もどこか元気がなさそうだった。


「森で野生のを見ると大抵立派に育っているものだけど、中々畑で育てるには難易度が高い種類なのかもしれないか。店に並べるには量も少ないし色もよくない、もう一度野生のをサンプルで摘みに行って調べる他ないか……、気難しい植物だとは聞いていたがここまでとは。」


 彼はぶつぶつと呟きながら手にしたメモ帳を閉じて立ち上がる。

 ラメドマリーはその名の通りラメド付近でのみ自生するハーブで、近縁種は沈静や快眠の効能があり薬などに用いられるほか、発色がよく可愛らしい花をつけるため鑑賞用として好まれる植物である。それらはハーブティーの定番、とは言えないハーブではあるが、以前試作した時は少し癖があるが悪くない風味だった。

 そして、今この茶店では温室の一角をラメドマリーが埋めている。丁度ラメド特産のハーブということもあり、栽培に挑戦したようだ。薬として用いられる近縁種と同じ育て方を試したが、やはりラメドでしか見られず他の土地には自生しない理由があるらしくあまり大きく育たなかった。ラメドマリーに関しては育て方に触れる文献も少なく、ラメドに先駆者も居なかった為正しい育て方については自分で調べる他なさそうだ。


「バウム、今いいかしら?」


 膝についた土を払うバウムの後ろから声が掛けられる。

 振り返ると木製の車いすに掛けた白みの強い金髪の女性が温室の入り口、門のようになっているところからバウムに話し掛けていた。

 彼女はリンデ。この茶店の主でバウムともう一人の店員と共に茶店を営んでいる、車いすに掛けていることからわかる通り足が不自由で、基本どこに行くにもそれが欠かせない。


「アーサーと街へ買い出しに行ってくるわ。あと……少し森に寄って行くからちょっぴり遅くなるかも。」

「丁度よかった、それなら僕も森に用事があるから一緒に行こう。」


 アーサーと呼ばれた彼は今リンデの後ろで車いすを押してきた人物だ。人物と言ったが彼はヒトではない。形や大きさこそヒトに似せられているもののヒトのそれとは違い彼の体は硬い金属でできており、思考は意思ではなくAIにより補われている。いわゆる機械人、オムニックと呼ばれる生命の形である。

 そのアーサーが一度リンデの車いすから離れ、カツカツと硬い底の靴のような特徴的な足音を立てつつバウムの隣に歩み寄る。

 丁度先ほどのバウムのように畑のラメドマリーをのぞき込む彼は並ぶとバウムよりも少しばかり背が高い。


『ラメドマリーの調子は?見たところ順調……というわけでもなさそうかな。君も、彼らも、困った顔だ。』


 と、機械でありながら実に人間らしい声でアーサーがバウムに話しかける。


「まあ見ての通りだ。おおむね順調ではあるんだけど……お店に出せるレベルかというと何とも。初めて育てるから何か間違ってたのかもしれないし、もう少し調べたいから野生のやつをいくつか摘んでこようかと思って。」

『なるほど、では後のハーブの手入れは私が代わろう。君はリンデと出かけてくれたまえ。』

「ああ、助かるよ。」

「あら、バウムの言う『用事』って採集なの?なら道具とカゴを持っていかなくちゃ。」


 アーサーが畑の手入れを代わると軽く手を洗ったバウムが車いすを押してリンデと共に一度茶店に戻る。

 茶店は前述の通り二階建てになっており、一階は店舗と作業場、それに彼らの住居も兼ねているため区切られてリビングやリンデの居住スペースとなっている。バウムの作業場と居住スペースは二階だ。また二階建てではあるが地下室が存在しており、そこは現在主に倉庫として使われている。各種ハーブのパッケージや大きめの機械、あとアーサーのエネルギーチャージ用のポッドなんかが置かれている。

 自身の支度をするリンデを一階に残し、バウムは細い階段を上って自室のある二階へ向かう。

 二階に登ったバウムは外出の支度……といっても上着を羽織るだけなのだが。を済ませる。

 すると、ふと一階で支度をしているリンデから声を掛けられる。


「カゴはどれを持っていこうかしら、大きい方がいい?」

「そんなに沢山採るつもりじゃないから小さいのでいいよ」


 支度を終えたバウムは一階でリンデと合流する。

 カゴを抱えるリンデの車いすを押し、茶店を出てまずはラメドの中心部にある商店の立ち並ぶ区画へ向かう。

 道のりはそこまで遠くはなく、車いすを押したバウムでも歩いて数分で到着する。ラメドは酪農を主要な収入源としている町で、小さくそこまで人も多くはないが、農作物の顧客に都市の大企業があるため経済的には不自由ない程度に潤っている。またその恩恵もあって大都市からの流通ルートも確保されており生活に必要なものはほぼ全て手に入れることができる。輝水源も保有していないためサキモリの襲撃も起こらない。のどかでいい町である。


「さてと……ひとまずは商店で日用品の買い出し、ロディのトレーラーが到着したら荷物の受け取りとリストの注文……バウムはどこか寄りたいお店はあるのかしら?」

「いや、今日は特に。今日のロディは町に来るのか?」

「そうみたい、たまたま町に運ぶ荷物があったんですって」


 ロディはリンデやバウムと同年代の女性である。ここから離れた大都市「コーレルブルグ」を拠点として個人で運送業を営んでいる。仕事の質は良く個人経営でありながら大企業も顧客に持つ仕事の虫である。動力源が化石燃料エンジンから輝水エンジンに置き換わった昨今では珍しく化石燃料で動く旧式な改造大型トレーラーを愛用しており、また化石燃料やそれで動く機械に対してマニアやオタクの類ともとれる愛情を注いでいる変わり者の一面も持っている。

 リンデとバウムは普段茶店の経営に必要な他国の茶葉やハーブ、茶葉の製造に必要な道具などを主にロディから仕入れている。いつもは店の前まで来ていたが今日は偶然ラメドに用事があったらしく荷物はそちらでの受けとりになったらしい。


 町に入った二人はそのまま顔なじみの商店に入店する。商店の店主は茶店の常連でもあるため、バウムたちが来店するとおみやげに茶葉やハーブの小包を渡し、店主も商店での買い物をなにかしらおまけしてくれる。リンデが店内の雑貨を楽しそうに眺めている間にバウムは店主から食材の紙袋一式を受け取る。

 

「はい、いつもありがとうね。クッキーはおまけでつけとくよ」

「まぁ!私おばさんのクッキー好きなの、ありがとう!」

「ありがとうございます……黒パンも頼んだのよりも一個多いようですが?」

「そっちもおまけだ、今朝のは凄く上手く焼けたんだよ。」

「それじゃ遠慮なく、こっちもありがとうございます。」

「硬くなっちまうから早めに食べるんだよ。」


 買い物の紙袋をリンデが抱え、バウムが車いすを押して店を出ようとすると丁度店に入る壮年の男性二人とすれ違う。


「お、茶店のお二人じゃないか。バウムくんは先週ぶり。」

「レナードさん、先週ぶりです。」


 彼はレナード。ラメドでオムニックや自動車、各種家電の修理、調整をして生計を立てている機械技師で、元はコーレルブルグの大企業で技師をやっていた腕利きだ。バウム達は主にアーサーの調整で度々世話になっていて、丁度先週は指の関節の不調で連れて行ったところだった。一緒にいる男性は彼と談笑しながら入ってきた様子を見るに居合わせた友人だろうか。


「指関節のベアリングの調整だったか、あれからアーサーくんの調子はどうだ?」

「特に不調は聞いてないです。畑作業もつつがなくこなしていたので、僕たちが見る限りかなり調子よさそうでした。」

「そうか、よかった。彼にも言ってあるが定期的に渡した油を差すように頼む。無くなったら連絡してくれ。」


 アーサーの指は先週完璧に治ったがそれを聞いたリンデは露骨につまらなそうな顔をして。

 

「あれからアーサーにじゃんけんで勝てなくなったわ、グーを出せるようになったもの。」

「……リンデおまえフェアプレーの精神とかないのか。」

「え、バウムはアーサーとじゃんけんしなかったの?」

「したけど」

「したのかよ。二人ともあんまり彼をいじめるなよ……」


 指がうまく動かないアーサーをじゃんけんでボコボコにしていたらしい茶店の二大悪魔を前に困ったように笑うレナード。その後ふと何か思い出したように話を続ける。


「そういえば件のサキモリの亡霊って南の森だったよな?茶店って結構近いんじゃないか?」

「サキモリの亡霊?なんの話かしら?」


 聞き覚えのないワードにバウム達はそろって疑問符を浮かべるが、商店の店主が「ああ、あの話ね」と知っていそうな反応を見せたあたり、ラメドではすでにメジャーになりつつある話題のようだ。

 そんな二人に、レナードの友人と思われる男性が手帳型端末を取り出し何やら動画を表示して手渡す。


 「これは一昨日の夕暮れあたりにうちの斜向かいに住んでる知り合いが撮った物なんだけど。数日前から夜中に聞きなれない何か小型飛行機?みたいなものが町の上を飛び回るような音が聞こえるってこの辺で話題になってさ。丁度聞こえて空を撮ってみたら……。」


 映像は確かにラメドの住宅街だった。暗さから見て日没直後くらいだろうか。比較的静かなラメドの街ではあるが、映像にも微かではあるがごうごうと聞き覚えのない風切音のような音が入っていた。


「ほら、今のところ!見えた?」

「見えた……?えっとごめんなさい、空以外何か映っていたかしら?」


 そう返すリンデに、男性はちょっと待って。と映像を少し前の時間に戻す。そして一部分を拡大して再生すると……。

 暗い空の端に、一瞬白い何かが映り込んだように見えた。

 撮影者もすぐにそちらにカメラを向けたようだが、そこには何も映っておらず、更には先ほどまでの風切り音まで聞こえなくなっていた。


「今何か見えたわ!白いの!」


 男性がその白い何かが映った時間まで映像を戻し、今度は映った瞬間で止める。

 かなり映像がブレており、更に遠いこともあって外形どころか若干空と同化してしまっているが確かに見慣れない白い何かが映っていた。


「この映像からだとあんまり正確なことはわからないんだけど、飛んできたのは南の森の方かららしくて、見たって言っている人達もそっちに近くなるほど多くなってるんだ。映っている距離とかと合わせると人間よりだいぶ大きいらしい。それこそ小型飛行機かサキモリとかセイクラムくらいかな?それでその辺の機械に詳しいレナードにも聞いてみたとこだったんだけど……」


 そう告げる男性に続けてレナードもうんうんと頷きながら。

 

 「あんまり亡霊とかいうのも信じられないんだけどよ。飛行機にしちゃ音が変なんだよな。エンジンっぽい音が一切入ってないし、そもそも音が小さすぎる。影の形も妙に丸っこいからどちらかというとセイクラムとかサキモリに近い気もするが……いくら何でもセイクラムが空を飛ぶってのはSFが過ぎるだろ?」

「それだよ、実はロックフォードあたりが秘密裏に空飛ぶセイクラムを作っていて、その試験飛行に出くわしてしまった……とかその線はありそうな気がするんだけどな。」

「いやぁ、考えられないな。あんまり専門的なことをここで話し始めてもうんちく臭くなるからやめとくが。そんな代物を作れる大企業がこんな人が住んでる町の真上を何の連絡もなしに飛ばすなんて正気の沙汰じゃないだろう。それにそもそも、向こう数十年はそんなもの作られないと思うぜ。クリアしなきゃいけない問題が多すぎる割に需要がないからな。空なら飛行機かヘリで飛べばいいだろ?」


 過去にセイクラムも第一線で触っていたレナードにそう言われると一同もそういうものか……と納得せざるを得なかった。

 セイクラムとは、通常の重機では補いきれないサキモリの狩猟、及び輝水源の守護に特化した5~8メートルの人を模した重機のことである。昨今は輝水エンジンを搭載したものが主流であり、通常の重機と同じように人が乗り込んで操作する。通常の重機より値段も高くそもそも必要としない場合が多いため輝水源を保持していない小さい町や村などでは滅多にその姿を見ることはない代物だ。しかし都市圏では稀に市街地でも見かけることがあるため、さして珍しいものでもない。

 珍しいものではないがそのどれもが地上にしか生息しないサキモリの狩猟、または交通網の整備や建造物の建築等を主な使用用途として考えられているため、レナードの言う通り空を飛ぶ必要がそもそもない。もし空を飛ぶセイクラムが製造されたなら間違いなく何かしら報道されているだろう、と、バウムはその場で腕時計型の小型端末を操作して都市部のニュースを一通り斜め読みする。今日のニュース記事の一面には「サキモリの都市部外壁への侵攻状況に関する最新情報」や「供給量の増加による全大陸的な輝水の値下がり」など関係の無さそうな情報が並んでいる。1つ「オレイアス社による新型セイクラムの発表」との記事があったが、例によって交通整備用の無限軌道の装軌車両型だ、もうそれセイクラムじゃなくて普通に装軌車両でいいのでは?とか思うけどそれはさておき。飛行機能があるとの記述もないしそもそも無限軌道が空を飛ぶ理由がない。


「じゃあレナードさんはその……サキモリの亡霊?の線が一番怪しいと思っていると?」


 そう聞くバウムにレナードはむむ、と口をつぐみ。


「職業柄その線を肯定したくはないんだが……今言った中だとまだあり得る方なのかと思ったな。個人的には鳥の群れとか異常気象とか?その辺だってのが一番しっくりくると思うぜ。詳しくないからはっきりとは言えないけどよ。」

「異常気象……それはそれで少し恐いわ。茶店は大丈夫かしら。」

「とりあえずお二人はそういうのに心当たりはないってことだね。でも南の森の方が見たって言っている人は多いから……えっと。」

「ああ、まだお互い何も紹介してなかったか。」

 

 それまで特に気に留めず普通に会話していたが、改めてレナードが友人と思われる男性を指して紹介する。

 

「こいつはチャールズ。つい先日コーレルブルグの本局からラメドに派遣されてきた保安官で、俺の旧友。」

「チャールズ・パターソンだ、よろしく。」


 チャールズは上着のポケットからバスケースのようなものを取り出して二人に見せる。

 普段着だったからわからなかったものの、そこには顔写真とともに「コーレルブルグ保安局 チャールズ・パターソン巡査」と記載があった。

 チャールズと呼ばれた彼を二人に紹介したのち、レナードはチャールズに向き直り。

 

「チャールズ、こちらは町の南で茶店をやっているリンデとバウムだ。味もさることながら薬の代わりにもなる町の健康に欠かせない茶店さ。多分合法。」

「よろし……多分?」

「100%合法です。」

「違法級のおいしさね!」

「保安官さんの前でややこしいこと言わない。バウムです、よろしく。」

「リンデよ、よろしくねチャールズさん。」

「ああ、よろしく。ラメドの茶店というと、もしかして?」


 チャールズは何やら茶店に聞き覚えがあったようでリンデとバウムを交互に見る。リンデは一泊遅れて気づいたようで。


「ええ、あなたの考えている茶店で間違いないと思うわ。」

「ああ、やっぱり。ルーズベルト茶店の一号店がラメドにあると聞いていましたが。ということはリンデさんがフロールチェ社長の?」

「妹よ。」


 そう答えるリンデにチャールズはなにやら腑に落ちた様子で。


「コーレルブルグでは良くお世話になっていて、まさかこんなところでお会いできるとは思っていなかったな……また日を改めて客として行っても?」

「ええ、お待ちしているわ!」


 どうやらリンデの姉がコーレルブルグにて経営している茶店のユーザーだったらしい。チャールズは楽しそうな様子でそう言うと。


「おっと、本題を忘れるところだった。件の『サキモリの亡霊』について、何か見聞きしたら直接でもレナードを介してもいいから是非教えてほしい。」

「わかりました、もし何かわかったら。」


 そう言って見送るチャールズとレナード、それに「またおいで!」いつも通り元気よく見送ってくれる商店の店主に軽くお辞儀をして二人は店を後にした。

 

「……」


 バウムは何気なく空を見上げてみる。

 すると眼前を件の空飛ぶセイクラムが轟音を上げて横切って行った……。

 わけもなく。そこにはただ、程よく雲が残った昼下がりの青空だけが広がっていた。

 バウムが押す車いすに掛けたリンデはそのバウムの様子を見ると、不思議そうに何もない空を見上げていた。


 直後、小石を踏んだ車いすが大きく揺れて二人ともめちゃくちゃ驚いたことは言うまでもない。


 *…………


 商店から少し歩いて開けた広場のような場所があり、その端には特段舗装などされているわけではないが一応コーレルブルグ方面へつながる道として使われているものが伸ばされている。その一端にロディのトレーラーは停められており、彼女は今まさにラメドに届けた大量の荷物を町人と協力して広場に降ろしている最中だった。荷車を押してその荷物を町へと運び入れる町人とすれ違いつつバウム達はロディのいるトレーラーの方へと歩を進める。

 広場では今まさにロディのトレーラーから荷物の積み下ろしをしている最中で、屈強な男衆がでかい木箱をいくつも荷台の後ろへと並べていた。

 前述したとおり化石燃料オタクのロディのトレーラーは彼女の趣味を体現するかのようにパワフルで大きい車両だ。つつましくのどかなラメドの風景に似合わないことこの上ない。彼女曰く「大きさにもよるけどセイクラムなら三機までは余裕」のそのトレーラーは実際に都市圏ではセイクラムを運ぶこともあるらしい。しかし化石燃料が主流だった時代はロディやリンデ、バウムが生まれるよりもまた三、四十年前の話である。このトレーラーも例外ではなく、彼らよりも一回り、二回りほど年上の大ベテランであり、現役で使用されている車両でこれよりも古いものは過去にバウムもリンデも見たことがない。ほぼ骨董品のような車両、下手したら本当の骨董品の様に博物館に展示されるべき代物なのかもしれないらしい。当然現行品に互換パーツなんてものは流通しておらず、調子が悪くなったら彼女の知り合いのメカニックにパーツをオーダーメイドしてもらっているらしい。以前維持費と修繕費の累計をロディから聞いたバウムは思わず吐き気を催したとか。流石、金持ちは考えることが違うね。

 しなやかな霊樹材ではなく無骨な金属製のボディは何につけてもマットな表面加工が好まれる昨今の流行に反して必要以上にピッカピカでまるで鏡のようだ。ロディはそういうところも含めてこのトレーラーを溺愛しているらしい。この間急にロディと一日連絡が取れなくなった時なんて「車体を磨いてたら次の日になってた、この調子だとあと一週間はかかる」とか言っていたし。些か理解できない境地である。


 積み下ろしの最中、当のロディは積み荷の確認をしつつ携帯端末で誰かと話している。おそらく取引先との相談か何かだったのだろう、しばらくしてバウムたちに気付くと「少し待って!」と身振り手振りで伝え作業及び通話に戻っていた。


 程なくして通話を終えたロディが積み荷から小包みをいくつか持ちだすとバウムたちの元へとやってきた。


「悪い、客先からの連絡があってそっちと喋ってた……」

「お気になさらず」

「これが今回の荷物、サインはこっちな。こっちは……茶葉かなにか?」

「ええ、茶葉と……あと足りなくなった常備薬を少し。」


 ロディからの荷物をリンデが受け取り、軽く確認をする。

 バウムはリンデの持つ小包を眺めつつ、ふと積み下ろし中のトレーラーの方に視線を動かす。


「大荷物だな」

「ああ、ほとんどが食料品と輝水だったな。後は薬とか……あ、商会向けに花火なんかも入ってきてたぞ」

「花火?……ああ、夏のお祭りで使うやつか」

「今年は去年よりもだいぶ多いんだな、火薬は気を使うからヒヤヒヤしたぜ。」

「嘘つけ、常日頃からあんな爆音鳴らして車走らせてるやつが」

「おいおい嘘じゃねえよ、商品に火が付いたら商売あがったりもいいところなんだからな。労いになんか奢って欲しいくらいだね。今夜は一晩こっちに泊まっていく予定だし、この前飲んだ店とか今も遅くまでやってんだろ?」

「……これ以上貧乏人から搾り取らないでやってくださいませんかね」

「ロディ、今晩はこっちに泊まっていくの?」


 ふとロディとバウムの軽口の叩き合いに先ほどまで荷物を確認していたリンデも目をきらきらさせて参加してきた。


「ならうちに泊まっていくといいわ!その方が楽しいでしょう?」


 楽しそうな様子で提案するリンデにロディは少しバツが悪そうに後ろ頭を掻きながら。


「……あー、その手があったか……悪い、今晩はもう宿をとってあるんだ、また次の機会に頼むよ。」


 ロディはぱちんと手を合わせてリンデに謝罪のポーズをして見せるとリンデは少しつまらなそうに唇を尖らせていたが承諾していた。


「しかしまたなんで今回は泊まりなんだ?お前忙しかっただろ、急に暇にでもなったか。」

「忙し「かった」じゃない、現在進行形で忙しいよ。」

「じゃあ猶更だろ」

「あのなあ……お前が仕事楽しくて仕方ないのはわかるけどよ、普通の人間は定期的に仕事を休まないと死ぬように出来てんだ。」

「なんだと、人を普通じゃないみたいに言いやがって、僕だってきちんと夜は寝てる。」


 バウムがそう返したところでロディは苦虫を思い切り嚙みつぶしたような顔をすると「お前じゃ話にならん」と言わんばかりにバウムをほっぽってリンデと雑談を始めた。


「リンデはあるだろ?偶に疲れて店を臨時休業にしたくなることくらいさ。」

「ないわね!」


 なかった。

 

「おおぅ……そっかそっか、茶店って思ってたよりブラックなんだなー、あたしは運送屋でよかったぜ」

「ブラック?……ブラックというよりはグリーンね!あ、でもうちはハーブティーに詳しいお店だから……なんでしょう、カラフル?バウムは何色だと思う?」

「え全然聞いてなかった何の話」

「リンデの今日の下着の色の話だぜ少年」

「聞いてなかったがそうじゃなかったことだけはわかる」

「んー……ホワイトね!」

「白だって少年、やったな」

「リンデは確かめるな」

「ロディは何色かしら?」

「なんだ?おいおいそんなに気になるならしかたねえな、教えてやろうか?もちろん少年には有償で」

「へぇすごいな極東産の茶葉、小包越しでも香るぜ」

「あら、ほんとだわ」

「聞けよ人の話。」


 その後、馬鹿話に満足したのかロディはバウム達と別れて商会の建物の方へ向かった。

 荷物について商会との相談がまだ残っているらしい。

 バウムたちは一度茶店に戻り荷物を置いてから当初の予定通り森へと向かう。丁度夕焼けが綺麗な頃合いだった。

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