ヴィンテージ

白川津 中々

◾️

 風が冷たい日だった。


 手に入れたばかりのヴィンテージジーンズを履いてご機嫌に夕食の買い出し。某映画で某俳優が履いていた最高なデザインのデニムである。着用して街を歩けばなんでもない日常さえドラマチック。近くのスーパーでカゴに食材を入れる動作も様になる。


 これは主演男優賞ものだな。


 そんな風に陶酔したまま買い物カゴをセルフレジへ置いた矢先、背後から破裂音。「きゃあ」と女性の悲鳴が響いた。見てみると老人が泡立つ缶ビールを抑えている。どうやら落としてプルタブ部分が破裂したようで、炭酸とともに勢いよく吹き出したビールは床や壁ばかりではなく俺にもかかり、ジャケットの先から足元までを濡らした。ひんやりとした感覚。ビールの匂いが鼻につく。大枚叩いたジーンズが、汚損。


「すみません! こちらでお拭きになってください!」


 涙ながらにダスターを差し出してきた店員。老人はオロオロしながら動転していた。どちらかに、いや双方にヴィンテージジーンズを汚された怒りと悲しみをぶつけたかったが、それをしてしまったら、このジーンズを履く資格がなくなってしまうように思えた。少なくともあの映画に出ていた、あの俳優が演じていたキャラクターならば、こんな事で怒ったりはしない。


「あ、大丈夫です」 


 それだけ言って食材を袋に詰め、支払いを終わらせてからスーパーを後にした。外に出ると風が強く、濡れたジーンズが冷たくなる。情けなく、虚しく、ただそれでも、不思議と誇らしく、俺は帰路を歩いたのだった。

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