第6話

 入学から一ヶ月。

 初等部Sクラスの一行は、恒例行事である「林間学校」に来ていた。


 場所は、富士山麓に広がるFランクダンジョン「迷いの樹海」。

 低級モンスターしか出ない安全なエリアで、生徒たちはテントを張り、一晩サバイバルを行うことになっている。


「よーし! 一番デカい獲物を狩った奴が優勝な!」


 バスを降りるなり、カイトが吠えた。

 クラスメイトたちも「おおー!」と盛り上がっている。


 だが、俺、西園寺蓮さいおんじれんの目的は一つだけだ。


(……寝る)


 これに尽きる。

 普段、AIによる強制学習で睡眠不足気味な俺にとって、大自然の中でのキャンプは絶好の安眠チャンスだ。

 俺は誰とも組まず、ソロキャンプを決め込むつもりだった。


 

 ◇


 日が暮れ、森が闇に包まれる。

 俺は一人離れた場所にテントを張っていた。


 もちろん、手動ではない。


 <オートプレイ機能>

 タスク:拠点の設営

 優先度:快適性・静寂性・防衛力

 実行:開始


 AI制御の俺は、目にも止まらぬ速さでペグを打ち込み、枝葉を組み合わせてカモフラージュを施し、周囲に「結界石」を配置した。

 完成したのは、テントというより「小型要塞」だった。


「……よし。これで外敵は入ってこられない」


 俺は満足して寝袋に潜り込んだ。

 仕上げに、夜間の設定を行う。


 <夜間モード設定>

 睡眠深度:最大(熟睡)

 自律防衛:ON(半径5m以内の敵を自動排除)


(これならモンスターが近づいても、寝たまま追い払ってくれるだろう)


 俺は泥のように眠りに落ちた。

 ……まさか、AIの「防衛範囲」の解釈が、俺の常識を超えているとは知らずに。


 

 ◇


 深夜。

 森の奥深くから、不穏な咆哮ほうこうが響き渡った。


「グオオオオオオッ!!」


 予定にはない事態だった。

 ダンジョンの奥から、エリアボスである「キラーベア(変異種)」が、エサを求めてキャンプ地まで降りてきたのだ。


「きゃあああっ!」

「嘘だろ!? なんでボスがここに!?」


 生徒たちがパニックに陥る。

 先生たちが駆けつけるが、数体の取り巻きモンスターに阻まれ、生徒たちを守りきれない。


「くそっ、俺がやるしかない!」


 カイトが木刀を構えて飛び出した。

 その背後には、震える手で武器を握る凛堂りんどう刹那の姿もあった。


「天道君、無茶よ! 相手は変異種……私たちじゃ勝てない!」

「逃げてたら全滅だろ! やるぞ凛堂!」


 二人は果敢に挑むが、キラーベアの剛腕が一閃。

 カイトと刹那は吹き飛ばされ、大木に叩きつけられた。


「ぐっ……!」

「つ、強すぎる……」


 絶体絶命。

 キラーベアが、動けなくなった二人にトドメを刺そうと爪を振り上げる。


 その時だった。


 ザッ、ザッ、ザッ。


 静寂な森に、枯れ葉を踏む足音が響いた。

 あまりにも規則正しく、あまりにも軽い足音。


「……え?」


 刹那が顔を上げる。

 月明かりの下、一人の少年が歩いてきた。

 

 西園寺蓮だ。

 彼はパジャマ姿のまま、手ぶらで、ゆらりと現れた。


「レン!? 逃げろ、こいつはヤバい!」


 カイトが叫ぶ。

 だが、俺(オート中)は止まらない。

 それどころか、目は固く閉じられ、寝息すら立てているようだった。


 

 <システムログ>

 騒音源ボスモンスターを検知。

 安眠阻害レベル:危険(Danger)

 解決策:騒音の完全排除(Eliminate)


 俺のAIにとって、ボスモンスターは「脅威」ではなく、ただの「目覚まし時計よりうるさい騒音」でしかなかった。

 AIは、俺の安眠を守るため、元凶を断つことを選択したのだ。


「グルルァッ!?」


 キラーベアが俺に襲いかかる。

 丸太のような腕が振り下ろされる。


 フワッ。


 俺の体は、まるで幽霊のように揺らぎ、爪の軌道を紙一重で回避した。

 【無心】スキルによる、完全なる脱力状態。


「よ、避けた……?」

「しかも、目を閉じたまま……?」


 刹那が息を呑む。

 彼女の目には、それが「心眼」を開いた達人の動きに見えた。


 キラーベアは焦った。

 何度も爪を振るうが、俺は柳のように受け流し、一歩、また一歩とふところに入っていく。


 そして、ゼロ距離。

 俺の手が、そっと熊の眉間に触れた。


 <攻撃実行:内部破壊>

 <魔力浸透:脳幹へのピンポイント衝撃>


 トン。


 俺はデコピンをするような軽い動作で、指を弾いた。

 ただそれだけ。

 

 だが、その一撃には、AIが計算し尽くした「急所特攻」の魔力が込められていた。


 ズドォォォォォン!!


 衝撃波が熊の体内を駆け巡る。

 巨体がビクンと跳ね上がり、次の瞬間、糸が切れた人形のようにどうっと崩れ落ちた。


 シーン……。


 森に静寂が戻った。

 一撃必殺。

 圧倒的な暴力。


 俺(オート中)は、倒れた熊を一瞥いちべつもしない。

 

「…………(スピー)」


 小さな寝息を一つこぼすと、俺は来た道をくるりとUターンし、再びテントの方へと歩き去っていった。

 その背中は、「用は済んだ。俺は寝る」と語っていた(実際に寝ている)。


 

 残されたカイトと刹那は、呆然とその後ろ姿を見送った。


「……すげぇ。あいつ、寝巻きのままで……」

「……しかも、あの一撃。魔力の波長を、相手の生体電流に同調させたの?」


 刹那は震えていた。

 彼女は努力家だからこそ、今の技術の異常さが理解できてしまった。


「しかも、ずっと目を閉じていたわ」

「ああ。まるで『見る価値もない』って感じだったな」

「違うわ、天道君。あれは……」


 刹那はゴクリと喉を鳴らす。


「『夢遊病』を装うほどの余裕……あるいは、戦いすらも日常の一部だというアピール……!」


(※ただの夢遊病です)


 

 ◇


 翌朝。

 小鳥のさえずりと共に、俺は爽やかに目覚めた。


「んー、よく寝た!」


 昨夜の記憶は一切ない。

 テントから出ると、なぜかクラスメイト全員が俺のテントを取り囲んで正座していた。


「……なんだ、お前ら」


 俺が問うと、カイトが進み出て、ガシッと俺の手を握った。


「レン! お前のおかげで助かった! やっぱりお前は最強だ!」

「は?」


 さらに、遠巻きにこちらを見ていた刹那が、躊躇ためらいがちに近づいてくる。

 その頬は少し紅潮していた。


「……勘違いしないでよね」


 彼女は腕を組んで、フンとそっぽを向いた。


「今回は助けられた借りを認めるわ。でも、次は私があなたを守ってみせる。……その、ありがと」


 最後の言葉は、蚊の鳴くような声だった。


(……え? 俺、何かした?)


 状況が飲み込めない。

 ただ一つ確かなのは、俺の「モブ計画」が完全に破綻し、クラス内でのカーストが「神」レベルまで上昇してしまったことだけだった。


【現在のステータス】

 氏名:西園寺蓮(6歳)

 職業:Sクラスの守護神

 スキル:【オートプレイ】【心眼(誤解)】【一撃必殺】

 人間関係:凛堂刹那(デレ度:10%上昇)


 次回、夏休み。

 「海に来たけど、泳ぐのが面倒だからオートで泳がせたら、人魚と間違われて捕獲されそうになった件」。

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