第5話

 6歳になった。

 それは、日本の子供にとって大きな節目、小学校入学の年だ。


 俺、西園寺蓮さいおんじれんが入学するのは、ただの小学校ではない。

 「国立アストラル学園・初等部」。

 将来の日本を背負う探索者シーカーや、魔術師を育成するための超エリート校だ。


 桜が舞う4月。

 俺は、黒と金を基調とした軍服のような制服に身を包み、校門の前に立っていた。


(……憂鬱だ)


 俺は心の中で深い溜息をついた。

 俺の目標は「平穏なスローライフ」だ。

 そのためには、この学園生活で「目立たず」「騒がず」「そこそこの成績」を維持し、普通の生徒として過ごす必要がある。


 だが、俺の隣には、すでにその計画をぶち壊しそうな爆弾がいた。


「おい見ろよレン! すげぇ人だ! ワクワクするな!」


 燃えるような赤髪をセットした少年、天道てんどうカイトが俺の背中をバンバン叩いてくる。

 3歳のパーティー以来、こいつは事あるごとに俺に絡んでくる。俺が公園のベンチで「オート睡眠(座ったまま熟睡)」をしていると、カイトは「今日も精神統一か! 俺も混ぜろ!」と隣で筋トレを始めるのだ。迷惑極まりない。


「……カイト、声が大きい」

「何言ってんだ! 今日は俺たちの伝説が始まる日だぞ!」


 カイトが拳を突き上げる。

 周囲の新入生や保護者たちが、ヒソヒソとこちらを見ていた。


「あれが天道家の神童……」

「隣にいるのは西園寺家の……なんて冷徹な目なんだ」

「『お前らごとき、視界に入れる価値もない』という顔だわ」


 違う。

 俺はただ、朝早すぎて眠いだけだ。昨晩、オートモードで深夜まで「初等数学(大学レベル)」の予習をさせられていたせいだ。


 ◇


 入学式は、退屈な校長の話で始まったが、すぐに本番がやってきた。

 「クラス分け実技試験」。

 この学園では、入学直後に魔力測定を行い、その数値によってSクラスからFクラスまでに振り分けられる。


(俺の狙いは、真ん中のCクラス。いわゆるモブクラスだ)


 高すぎず、低すぎず。

 Fクラスだと「落ちこぼれ」としてイジメイベントが発生するし、Sクラスだと激戦のメインストリームに巻き込まれる。Cこそが至高の安息地だ。


「次、受験番号1番、天道カイト君」


 名前を呼ばれ、カイトが舞台中央へ飛び出した。

 そこには、大人の背丈ほどある巨大な水晶柱が立っている。


「うおおおおっ! 行くぜ!」


 カイトが水晶に手を叩きつけた。

 ドォォォン!

 水晶が真っ赤に発光し、熱波が講堂を襲う。


【魔力値:8500】

【判定:Sクラス相当】


「す、凄い! 新入生で8000超えだと!?」

「さすがは天道家の麒麟児だ!」


 教師たちがどよめく。カイトは鼻の下をこすって、俺の方へサムズアップを送ってきた。

 「次はお前だぞ」という合図だ。やめてくれ。


「次、受験番号2番、西園寺蓮君」


 俺の名前が呼ばれた。

 会場の空気が張り詰める。

 俺は水晶の前に立った。普通に触れば、日々のオートトレーニングで鍛え上げられた俺の魔力は、カイトと同等かそれ以上が出てしまう。


 俺は脳内でコマンドを開いた。


 <オートプレイ機能>

 タスク:魔力測定試験

 目標:Cクラス相当の出力(平均値)に調整

 実行モード:擬態・隠蔽


(よし、これだ!)


 俺は「平均値」をオーダーした。

 AIなら、過去のデータを検索し、ちょうどいい「4000」くらいの数値を出してくれるはずだ。


 俺は水晶に手を触れた。


 カチッ。

 制御がAIに移る。

 俺の意識は傍観者となる。


 ……ん?

 様子がおかしい。AIが魔力を放出しない。

 代わりに、視界に大量の解析ログが流れていく。


【対象:魔力測定水晶(旧式)】

【解析結果:内部構造に微細な亀裂および不純物を検知】

【問題点:伝導率が悪く、正確な「平均値」の出力が困難です】

【解決策:対象の修復および最適化を実行します】


(は? おい待て、何をする気だ)


 俺の制止も虚しく、AIは勝手に動き出した。

 俺の手のひらから、青白い光の糸のようなものが無数に伸び、水晶の内部へと浸透していく。


 キィィィィン……。


 水晶が高周波の音を立て始めた。

 AIは、俺の魔力を使って、水晶の分子構造を組み替えているのだ。不純物を取り除き、より美しく、より強固に。


「な、なんだ? 数値が出ないぞ?」

「水晶の色が……透明になっていく?」


 濁った白色だった水晶が、見る見るうちに透き通ったダイヤモンドのような輝きを放ち始めた。

 そして、完全に透明になった瞬間。


 フォン。


 水晶が青白く発光した。

 それはカイトのような爆発的な光ではない。直視できないほど眩しいのに、どこか静謐せいひつで、神々しい光。


【魔力値:測定不能(Error)】

【状態:超伝導モード】


 AIからの報告が表示された。


 <完了:測定器のスペックを最大化しました>

 <これで微弱な魔力でも正確に測れます>


(バカヤロウ! 測定器を改造してどうする!)


 俺が心の中でツッコんだ時には、もう手遅れだった。

 教師の一人が震える声で言った。


「……き、奇跡だ」

「魔力の注入だけで、物質の構成そのものを変質させたというのか……? 『錬金術』の極意を、触れただけで……!?」


 違う。ただのメンテナンスだ。

 だが、周囲の解釈は違った。


「なんて精密な魔力操作なんだ」

「カイト君が『量』の天才なら、蓮君は『質』の怪物だ」


 俺は無表情のまま手を離した。

 AIが勝手に俺の口を動かす。


「――道具の手入れが行き届いていない。これでは正確な数値など測れないだろう」


(うわああああ! なんで教育委員会みたいなダメ出しをするんだ!)


 だが、学園長が立ち上がり拍手をした。


「素晴らしい……! 入学初日にして、学園の不備を見抜き、それを正すとは! これこそが王者の資質!」


 ワァァァァッ!

 会場中から割れんばかりの拍手が巻き起こった。


 数分後。

 発表されたクラス分け表の一番上。


【Sクラス(特別選抜)】

 首席:西園寺 蓮

 次席:天道 カイト


 こうして俺は、モブどころか「帝王」という痛々しいあだ名を襲名し、Sクラス行きが確定した。


 ◇


 Sクラスの教室。

 俺は窓際の一番後ろの席で、突っ伏して現実逃避していた。

 カイトは隣で「これから毎日勝負できるな!」と騒いでいる。


 ふと、殺気にも似た鋭い視線を感じて、顔を上げた。

 斜め前の席。

 腰まで届く長い黒髪をポニーテールにした少女が、俺をにらみつけていた。


 凛堂りんどう刹那。

 西園寺家に代々仕える護衛の一族の娘だ。

 

 彼女は俺と目が合うと、フンッと鼻を鳴らして勢いよく顔を背けた。

 その手には、ボロボロになるまで使い込まれた参考書が握りしめられている。


(……ああ、なるほど。そういうことか)


 俺はゲームの設定を思い出した。

 凛堂刹那には、3歳年上の姉がいる。

 姉は「剣聖」と呼ばれるほどの天才で、すでにプロの探索者として活躍している。

 対して妹の刹那は、才能では姉に劣る「凡人」だ。

 だから彼女は、人の倍、いや十倍の努力をして、このSクラスに這い上がってきた。


 そんな彼女の目には、今の俺はどう映っただろうか。

 涼しい顔で測定器を弄り、努力の跡も見せずに「首席」の座をかっさらっていった天才(に見える男)。


(完全に嫌われたな、こりゃ)


 彼女の背中からは、「天才なんて大嫌い」「私の方が努力しているのに」という負のオーラが立ち上っている。

 だが、時折チラチラとこちらを見ては、目が合うとプイッと逸らすその仕草。

 

(典型的ツンデレ……いや、今はただの『ツン』か)


 俺が視線を外すと、刹那は小声でボソッと呟いた。


「……見てなさいよ。ポッと出の天才なんて、私の努力で追い抜いてみせるんだから」


 その声は震えていたが、確かな闘志が宿っていた。

 俺は心の中で「頑張れ」とエールを送りつつ、机に突っ伏した。

 

 カイトという熱血ライバル。

 刹那という劣等感を抱えた努力家ヒロイン。

 俺の周りには、面倒くさい奴しか集まってこない。


【現在のステータス】

 氏名:西園寺蓮(6歳)

 職業:Sクラス首席

 スキル:【オートプレイ】【物質最適化(誤解)】

 重要人物:凛堂刹那(一方的なライバル視・会話未達成)


 次回、林間学校でモンスターパニック。

 「俺だけテントの中で寝ていたいのに、オート機能が勝手にボス部屋まで歩いていった件」。

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