第14話 中心核に触れる影と、ふたりの継承者
ブラックシンフォニー中央圏。
その領域は“空間”という言葉では説明できない、
まるで概念そのものが歪んだ暗闇だった。
艇が突入した瞬間、
アリアは何か硬いものに心臓を掴まれたような錯覚を覚えた。
「っ……う……!」
視界が一瞬で白と黒に分裂し、
まるで夢と現実の境界に引きずり込まれるような浮遊感が襲う。
ケイロンが警告を叫んでいたが、音が届かない。
リィナがアリアの肩を揺さぶっているが、触感が霞む。
その時——
胸の結晶体が震え、
アリアを見えない糸で引っ張るように“ある方向”へ誘った。
《……アリア……おいで……》
第二継承者の声だ。
呼ばれるたびに胸が締めつけられ、
同時に何かが溶けていくような、寂しい感覚が広がる。
(待ってて……もうすぐ……)
アリアは足元の虚空に手を伸ばすと、
身体が自然と艇の外へ漂い出た。
ケイロンが慌てて叫ぶ。
「アリア、待て! まだ外は——」
しかしアリアの身体は、
“黒と金の光が渦巻く道”へ吸い込まれていった。
---
そこは、無数の欠片が漂う空間だった。
壊れた都市。
砕けた星。
歪んだ時間の断片。
失われた文明の声。
アリアは息を呑む。
(……これ、全部……)
〈シンク・ブラックが喰らってきた歴史〉。
彼女が見てきた星々の悲劇など、
そのほんの一部でしかなかったのだ。
だが、それよりも視線を奪うものがあった。
中心に、
黒い結晶柱がそびえ立ち、脈動している。
その前に——
ひとりの少女が、膝を抱えて座っていた。
銀白の髪。
アリアと同じ瞳の形。
だがその色は、完全に闇に染まりつつある。
アリアは息を飲み、震える声を絞りだす。
「……あなたが……第二継承者……?」
少女は振り向いた。
その表情は——
泣き出しそうに優しいのに、
どこか壊れていた。
「来てくれたんだね。
アリア……」
アリアの心臓が大きく跳ねる。
まるでずっと会いたかった「姉妹(だれか)」に再会したような、
そんな不思議な感覚が胸に広がった。
---
アリアはそっと少女へ歩み寄り、手を伸ばす。
「あなたを、助けに来た」
少女は微笑む。
美しい微笑みだった――だが、その奥に絶望の影が見える。
「助ける……?
いいえ……できないよ」
「どうして?」
少女はアリアの手をとり、
自分の胸に当てた。
そこには、
アリアの光の結晶と“対”をなす黒い結晶が脈打っていた。
「私は……この中心核に、縫いつけられたの。
私がここを離れたら——
ブラックシンフォニーは暴走する」
アリアは首を振る。
「そんなの、絶対に間違ってる!
一緒に——」
少女はアリアを抱きしめた。
それは温かくて、懐かしくて、
涙がこぼれそうになるほど優しい抱擁だった。
「アリア……
あなたは光の継承者。
私は闇の継承者。
ふたりが揃うことで、宇宙は“均衡”を保つ。
だけど私はもう……均衡の闇じゃない」
アリアの背中が冷たくなる。
「……じゃあ、あなたは今……?」
少女は、アリアの耳元で囁いた。
「——〈シンク・ブラック〉そのものに飲まれつつある」
視界が揺れ、アリアは言葉を失った。
---
闇の継承者は、震える声で続けた。
「あなたが近づくほど、
シンク・ブラックは“あなたを吸収しようとする”。
だって……あなたは
完全体を生む最後の欠片なんだもの」
アリアは静かに拳を握った。
「……だからって、私はあなたを見捨てたりしない」
少女の瞳が揺らぐ。
「お願い……ここから引き返して。
でないと……あなたまで私みたいに……!」
アリアは、強い声で遮った。
「もう遅いよ。
あなたをひとりにさせる気なんて、最初からなかった!」
少女は目を大きく開き、
そしてゆっくりと涙を流した。
初めて見せた、
心の底からの人間らしい表情。
「アリア……あなたは……
どうしてそこまで……?」
アリアは、胸の結晶を握りしめた。
「だって……
あなたは私と同じ顔で、同じ想いを持った……
私にとって、誰よりも大切な存在だから」
少女の涙が闇に落ち、光の粒になって弾ける。
その時、
中心核が激しく脈動した。
黒い光が渦を巻き、
鼓動のような低い音が空間を揺らす。
ケイロンの声が通信越しに届いた。
『アリア! 中心核が活性化している!
早く戻れ!!』
リィナの悲鳴混じりの声も続く。
『アリア、時間がない!
第二継承者も危険だよ、このままじゃ——!』
だがアリアは少女の手を強く握った。
「絶対に……救う。
あなたも、この宇宙も、全部」
少女は震える声で叫んだ。
「アリア!!
シンク・ブラックが……来る!!」
闇の裂け目が開き、
中心核の奥から“巨大な影”が現れた。
それは——
闇そのものが形を持ったような、底の見えない怪物。
アリアは光の弓を握りながら、
闇の継承者を背にかばう。
「……さあ来い。
ここが、決戦の始まりだ」
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