滅亡世界の機械と少年

がみれ

第1話「機械と人間」

 この星はある日突然異星人によって乗っ取られた。


 もちろん人々は勇猛果敢に抵抗した。それはもう死に物狂いで。それでも文明の差に人類は敗北した。


 地上は荒れ果て、建造物のほとんどが崩壊した。 

 血濡れた戦場には機械が蠢き、生き残りを見つけ出そうとその目を赤く光らせている。


 相手は異星人とは名ばかりの外見は生物からかけ離れた人型の機械。演算機相手に人類の知恵も予測も通じず、目的も不明瞭に星にいた数多の人間は死亡した。


「まったくいつになったら出ていってくれるのか」


 そんな中、望遠鏡を片目に窓から五メートルはある動く金属の塊が建物を踏みつぶすのを見て少年は呟く。


 少年に片足は無く車椅子に座っており、片目を包帯で巻いていた。

 その外見から少年は自由に動かせる健康な体ではないことなど一目瞭然。


 山のなかぽつんとそびえる二階建ての家の中、少年の世界は古びた我が家と外の景色のみ。


 望遠鏡を片目から外し、少年は背に体重を乗せ天を仰ぎ深くため息をついた。


「はぁ……。食料はあと二日分。はは、空腹より先に精神がくたばりそうだ」


 少年は十二回も読み返し、当に飽きた小説を手に取り、自分の世界に入り込もうとする。


 時計の針と頁を開く時に生じる紙と紙が擦れる音を聞き、睡眠と食事を取る。

 それだけの毎日を少年は繰り返し生きながら得ていた。特に生きたいとも死にたいとも思わずに。


 その時、突然背後から声が聞こえた。


「何故、そのようななりで生き続ける?」


 その声に少年は咄嗟に振り向く。


 微かに開いた窓から太陽の光とともに入り込んできた一人の少女。

 艷やかな白い髪と桃色の瞳、この世の者とは思えないほどの可愛らしさを誇る少女を見て、少年は生き残りの人間なのかと少しばかりの希望を胸に抱く。


 しかし、全身を見ればそうではないというのは誰が見ても分かった。


 頭の上には天使のように二重の輪がつき、足はもろ光沢のついた銀色の金属で出来ていた。加え、左腕は途中からなくなっており、配線が断面から見え電気が流れているのかバチバチと音を鳴らしていた。


 間違いなかった。この少女は機械種族。

 宇宙より飛来した侵略者であり少年ら人類の敵だった。


 少年は少女を見るが、動揺する素振りは見せない。

 それどころかため息をつき、喋るのが疲れたように気だるげに少女に対し返答する。


「じゃあ、機械さんよ。逆になんで死にたいなんて思う?」


「左目負傷。右足欠損。食料を取り自ら生き抜くことが不可能に近い肉体で死を待つ人間にこれから先苦痛、絶望、恐怖以外の未来はない」


 感情のない言葉で少女は少年の絶望的な状況を絶望的だと言うように現実的な視点で告げた。


「そりゃ嘘だな」


「疑問。何故?」


 人々の行動心理を知識として予測したのか少女は少年の行く末を断言していた。


 しかし、それを迷いもせず真っ向から否定された。


 少女は少年の言葉に少しだけ疑問を持ったのか、殺す判断を遅らせ聞いた。


「俺はお前ら機械種族が侵略してきてからずっと一人だった。話す相手も誰一人いない。そんな中今日お前が来た」


 少年はニヤリと笑みを浮かべ少女を指差す。


「今この時点で俺はお前と話せて、最っ高に幸せな気分だ。初めて焼き肉食べたぐれぇの衝撃的な幸せだ。だから、お前が言う予測は完全に外れてんだよ」


 その時、天使の輪の色が紫色へと変わり光を灯した。

 少女は目を少しだけ見開き少年の目を見た。


「理解不能」


「機械に人間の心なんか分かるかよ」


「どうすれば人間を知ることができる?」


「さあな。お前らが人類絶滅させた時点でもう無理なんじゃねえのか」


 その言葉に少女は数秒沈黙する。

 その後、少女は少年の元へ近づいた。


 一歩ずつガシャンガシャンと金属の音を奏でながらゆっくりと歩みを進め、少女は少年の前に屈み目線を合わせた。


 少女と少年の距離は互いの視界が互いの顔以外見えないほどの近さ。


 見つめ合い、少女はひと言呟いた。


「……まだここにいた」


 その時、少女の天使の輪の色が黄色に光る。

 それが何を指すのか少年には分からなかった。


 けれど、少女の声が先ほどよりも明るく感じたのは気の所為ではないと少年はこの時思った。


「……俺は捻くれてるから、普通の人間を期待すんのは辞めといた方がいいぞ」


「サンプルは多いに越したことはない」


 少女は少年のベッドに座り込み少年に言った。


「それでどうすんだ?」


「ここに住み人間の心情心理の再認識を実施する」


「つまり、一緒に仲良く暮らしましょうってことか」


「仲良くする行為は必要?」


「俺が死んでもいいなら別に必要じゃねぇな」


 その言葉に少女は立ち上がり、窓の方へと歩いていった。


「おい。何処行くんだ?」


 少年は出ていってしまうのかと心配して、咄嗟に少女の腕を掴んだ。


 力みすぎて少女の人工的な人ではない腕の硬さがよく分かる。


 せっかくの話し相手。

 敵であるなんてこの際どうでも良かった。


 少年はただひたすらに話し相手が欲しかった。

 言葉をぶつけて返す誰かが欲しかった。

 

 寂しいという感情だけが起因する事柄に、少年は全力で少女を引っ張る。


 しかし、それに対して少女は止まらず少年を車椅子ごと引っ張り窓の方へと持っていく。


「おい!!」


「遊び道具が必要。仲良くする、というのを継続実行するために」


 少女の言葉に少年は手の力を緩めた。

 少年の手を振り切った少女は窓から外へと飛び出した。


 瞬間、暴風のような風が少年の部屋に吹き荒れ、紙が舞い、小説の頁がパラパラとめくられた。


 部屋の中央で直立不動に少年は窓から部屋の入り口である扉に視線を向ける。


 当然、そこに何もないことを知っていながら。


「記憶と記録の差異、か」


 少年は読んでいた小説の章タイトルを見て呟いた。

 そこに描かれたのは人間として生きると決めた神が人間と恋に落ち、人々との認識のズレに苦悩しながら歩みより時には対立し、互いが互いを支えながら生きていくそんな短編小説だった。


「何度も読んで飽きた展開。のはずなのに、なんでこうも胸の高まりが鳴りやまねぇねえのか」


 少年は笑みを浮かべふと少女の事を思い出した。

 頭の浮かんだ光景は今の今まで妄想一色。現実では起こり得ないと信じていた。


 それが今や小説並みの非現実を目の当たりにした。だからかもしれない。こんなにも心臓の鼓動を感じるのは。こんなにも笑みが溢れるのは。








「なんだ、それは?」


 少年は少女が持ってきたスマホ二機を見て何かを分かっていながら聞いた。


「スマートフォン。人類の遊びはこれを主流に行っていた」


 少年は少女からスマホを一つ渡された。

 少女の方は電源を入れ、液晶に映る画面を見た。


「電波が、無いんだが……?」


 少年はそれに対し、少女の方を見上げ常識を伝える。少女は画面をなぞる指を止め少年に目線を合わせる。


「電波………無いの?」


「お前、は、はは。機械なのにそんなのも知らねぇのかよ」


 笑いを堪えられず少年は腹を抱えて、涙を流すほどに豪快に笑った。思わず笑い転げそうになるほどに。

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