第14話:月の囁き

夜の静寂が神殿を包む中、カナタは一人、訓練室の端に立っていた。


任務を終えた後の疲労が、普段なら心地よい重みとして体に残る。しかし、今は違っていた。

手のひらに微かな震えが走る。目の奥がかすみ、遠くの文字やモニターの表示がわずかに揺れて見える。


「なに、この感覚……」

漏れた声は、自分自身への問いかけだった。

力の使いすぎか、それとも別の何か……

理由はわからない。ただ、胸の奥に不安が広がっていく。


カナタが窓の外を見ると、裂け目の光が微かに揺れていた。

しかし、揺らぎ方が不自然で、まるで今の自分の体調の異変を映しているかのように感じられる。

カナタは思わず手を止め、その光に目を奪われた。

「裂け目が、また……」


その裂け目は翼竜が出る裂け目でも、人々を神殿へと誘導する裂け目でもない、異なる光を発していた。

美しい月の光のようにも見える。だが、それと同時に、不安に掻き立てられるような不思議な色。

その裂け目は自分を呼んでいるかのようにも感じるのだった。


――

霧子は端末越しにカナタを見守っていた。


カナタの反応を見て、静かに眉を寄せる。裂け目の揺らぎはまだ制御可能な範囲だ。

しかし、カナタの体調の変化と重なっているようにも見え、何か大きな予兆のように思える。

カナタを霞子から受け取った、あの日の裂け目の光と似ている気がする。


もしもカナタの異変が大きく進行すれば…。

「焦らないで。今は焦ってはダメ」

カナタの不調の理由を知っていても多くを語ることはできない。


今はまだ静かに見守るしかないと言い聞かせる。

語れば、パラドックスを招く可能性が増えるだけ。いまはただ、このままで。


あの裂け目が、彼を誘っている――

霧子はそんな錯覚に陥る。


我が子のように育てた、霞子の忘れ形見。カナタの体調と、未来への改変への思いに、胸は押し潰されそうになる。


カナタの症状を見て、霧子の脳裏に、過去に霞子が示していた記録が浮かぶ。


「霞子・・・私はどうすれば…」

思わず呟いたその声に、霧子は端末越しに双子の姉、霞子の顔が重なって見えた。


その時、裂け目の光が一瞬強く震えた。カナタの体に流れる微細な光が反応する。


「……大丈夫、きっと大丈夫…」

霧子は自分に言い聞かせるように再び呟く。だがその言葉には、不安しか残らなかった。

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