<凱と延と右丞相>

 「他に質問は?」

 「凱様ってどんな方ですか?」

 桃まんじゅうを飲み込んで、のどかが尋ねる。

 「凱殿下のことまで知っているのか。」

 「私どもはこちらに来るにあたり、ノルン様から事情は多少お伺いしました。」

 光助が言うと、賀はキセルをゆっくりとふかし、

 「・・では・・右丞相のことも?いや、右丞相と私との関係も?」

 「はい。大まかには。」

 「ならば話が早いな。」賀はふう、と煙を吐き、「これが今上陛下の祖父君蒼様がこの国を興した乱世の世ならば凱殿下が台頭しても良いのだが、何しろ今は天下太平。凱殿下はご幼少のみぎりから武術にたぐいまれな才能を示し、軍学書などはよく読んでおられるのだが、法や儒教の教えには、まるで興味を示さぬお方だ。今の世の皇帝にどちらが適しているかと言えば、やはり延様であろう。ただ・・」

 「拒否ってるんですよね?」のどかは桃まんじゅうをもう一つ取りつつ、「延殿下はなんで皇太子・・様になりたくないんですか?」

 「それがとんとわからぬ故、陛下も私も困っている。数年前までは少年ながら朝議にも毎日出席なされ、時折大人も驚くような意見を述べられることさえあった。だが、今は朝議には出られず、政治向きの話もほぼなさらない。これでは将来国が立ちゆかぬと、右丞相とその一派が騒ぎ出し、凱殿下を担いでいる。しかも、右丞相は美姫と評判の自分の娘を凱殿下に嫁がせようと画策している。」

 「まあ、ではもし凱殿下が皇帝になれば、右丞相様のお力が・・」

 「強くなる。右丞相があれほど自己中心的で強欲で嘘も平気でつく恥知らずでなければ歓迎すべきなのだが。」

 「良いとこないじゃないですか。」

 「俺は見つけられん。」とうとう一人称が“俺”になった賀。「まあ、いずれどこかで会うこともあろうが、すぐ物陰に隠れてやり過ごせ。女好きでもあるから、お前みたいながさつな娘でも、若いとみればすぐちょっかいを出そうとするから、気をつけろ。」

 「ええ・・ちなみにおいくつで?」 

 「もう60近いはずだ。駑(ど)羅富(らふ)というでっぷり太った、どじょうひげの爺さんだ。覚えておけ。ちなみに俺は郭賀だ。郭丞相と呼べ。」

 「カクジョーショーさん。OKです。」

 「おっけー、とは?」

 「わかった、とか、よいです、みたいな意味です。」

 「お前の表現は何かにつけ、短いな。ちなみに俺も女は好きだが・・距離を取るな、お前みたいながさつな娘は趣味ではない。」

 「それはそれでなんか腹立つ。」

 「俺の趣味は優雅で風流がわかり、さらに頭のいい女だ。もちろん、美姫に限る。っと・・」

 賀が立ち上がる。

 小道を、お付きの者達を従えた厳が戻ってくるのが見えた。

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