裏仏(うらぼとけ)──知られざる民間信仰にまつわる怪談集
小境震え
はじめに
本稿は、第一義には怪談集である。
取材談、聞き書き、通話記録の体裁をとるメモ、地方の昔話、論文の抜粋――形式も語り口も揃わない短い文章群を、読み物として集めたものだ。
本稿は単なる寄せ集めではない。
別々の地域・別々の文脈で、所作や禁忌、ある特定の言い回し、共通する身体感覚の描写が見え隠れする。本稿は、その照応が読者の目に触れるよう収集したものである。無関係な話もあるのかもしれないが、なにか同じ手触りを感じた情報を集めた。そのうえで、最小限の手入れを行っている。
だが、近年の怪談集に多い形式、散らばった出来事を一本の筋立てへ回収し、「真相」や「全貌」を提示するもの――先に断っておくと、本稿はそういった形式のドキュメント集でもない。
その大きな理由として「やりたくてもできない」という現実もある。
本稿が関心を寄せるのは、ある民間信仰――本当に実在するかどうかも確証がない、しかし断続的に語られてきた何か――それに関係しているかもしれない出来事の群である。そしてその信仰は、そもそも“表に出してはならない”禁忌として扱われてきた、という性質を帯びている。人目を憚り、注意深く、そしてそれぞれの地域で深く根差して連綿と受け継がれてきた、そうそう表に顕れないものなのだ。
同時に、これらの照応を一つの体系に確定することは、編集上の目的ではない。
というより、そうしてしまうこと自体が、本書の主題に対しては不適切である可能性が高い。
そのため、編者の浅学による解釈や説明を無理に付すこともあえてしていない。
以上のような理由から、本稿は、フィクションであることをここに明記する。
収録された文章は、創作として読まれることを前提に整理され、人物名・地名その他の固有情報は伏せられ、あるいは置換されている。
読者各位が実在の個人や団体を特定し、現実の場へ持ち込むことは、本書の意図ではない。
――ただ、その下に、なお残るものがある。
取材の場でしか出てこない言い回し、同じ種類の沈黙。
そういった細部は、整えすぎれば失われる。
本稿はそれを、できるだけ削らずに残した。
いずれも“そう語られた”という事実の手触りを残したまま置かれている。
結果として、いくつかの篇は、フィクションの形を借りながらも、どこか記録の匂いを捨てきれないものになっているかもしれない。そこは不手際ではなく、むしろ本稿の成立事情に由来するものとして受け取っていただきたい。
各篇は単独でも読める。
にもかかわらず、読み進めるほどに、同じ影が差す。
全貌を示す代わりに、影の輪郭がほんの少しだけはっきりしていく。
その違和感の連なりこそが、本稿が読者に手渡したいものだと思っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます