【表現力研究19-技巧】帰るということ(時間の多層性)
【表現力研究19-技巧】帰るということ(時間の多層)
『記憶と現在が、同じ場所で混ざり合う』
帰省の風景が、過去と現在が重なり合うように響いていく構造です。
語り手の"揺れる時間感覚"が冒頭の一文から始まり、
読者の過去と現在の映像を揺らすフックとなります。
『帰るということ』
ボクは数年ぶりに故郷に帰ってきた。
母校は廃校になっていた。道を歩くと見たことのない家が何軒も立っている。でも、あの緑に萌える山々は変わらない。
ボクの中で、今の光景が昔の光景に変わろうとしていた。見たことのない家が消えていく。家は消えて空き地になった。緑色の草が生えてバッタが跳ねる。殿様バッタが飛んでいく。よく網を持って捕まえに行ったっけ。
くすんだ色の廃校が、徐々に色鮮やかになっていった。ボクが子どもの頃は、ピカピカの出来立てホヤホヤの学校だった。子どもたちの歓声が聞こえてくる。あの大きなグラウンドでたくさんの子どもたちと一緒に走り回った。地面に埋め込まれたタイヤを片足で乗って、その上を連続でジャンプした。
気がつくとボクは子どもに戻っていた。狭くて小さな道は、広くて大きな遊び場へと変わった。ボクの手にチョークが現れた。白や黄色、赤や青のチョークだ。ボクはアスファルトの上を大きなキャンバスにして、色々な絵を描いた。アニメのキャラクターやら、覚えたての漢字やら、友達の似顔絵やらだ。
ボクの目の前の疲れた小さな集落は、色鮮やかな活気のある世界へと姿を変えた。ボクは走り出した。ボクが住んでた懐かしい家へ。小さな小売店を曲がって、ポツンポツンとまばらに立った家々を超えた。幼馴染の家が見えた。ボクの家は近い。青い草の匂いがした。風が切れた草の葉を飛ばす。太陽は一気に高くなり、空の色は鮮やかな青色に澄んだ。
ボクは胸の鼓動が高らかに鳴るのを感じた。もうすぐボクの家だ。気がつけばボクの服は白いTシャツに変わっていた。笑顔が溢れた。広い道の先には友達の家がある。ちょっと苦手なガキ大将の家も。いつもボクはガキ大将に泣かされていたっけ。小川のせせらぎの音が聞こえ始めた。水辺では岩に隠れたドジョウの思い出が蘇る。ボクはドジョウを取ろうと足を滑らせ、全身びしょびしょになったんだった。あの時はお母さんに無茶苦茶怒られた。絶対に川にいっちゃダメってね。ボクはこっそり小さく舌を出した。
家が見えた。ボクは玄関のインターホンを鳴らした。奥からゴソゴソっと音がした。ガチャっと音とともに、母がゆっくり顔を出した。シワいっぱいの白髪頭と、少し曲がって小さくなった体。ボクは大人に戻っていた。ボクの隣にはボクそっくりの小さな子どもがいた。
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