【表現力研究18-技巧】ぐわーってするやつ(バレットタイム)


『被写体が固定され、回転を始める』


"ぐわー"の語感で映画マトリックスのように、

視点をシームレスに動かします。

動きの連結・映像的転換・目の錯覚を言語化し、

映画的なカメラフレームを文字化するために挑戦してみました。



『ぐわーってするやつ』


 「映画のマトリックスって知ってる?」


 「はい、もちろん。あの画面がぐわーって動くやつですよね」


 ここは駅近くの喫茶店。今日も作家と編集者が打ち合わせをしていた。ウェイトレスがコーヒーと紅茶を持ってくる。湯気がトレイの上で白い雲を作っている。作家は軽く手を挙げてコーヒーを受け取った。紅茶は編集者の目の前にトンと置かれた。作家はコーヒーを一口飲んだ。暖かい液体が胃を温める。作家は右手の窓ガラスを見た。編集者は、こいつ何を言い出すんだ?という顔をして次の言葉を待った。

 外では子犬を連れた茶色のコートを着た女性が歩いてくる。作家は言った。


 「あの映像をぐわーってするやつやってみたいんだよね」


 「え! やれるんですか」


 「こんな感じかな」


 作家は自分の前にコーヒーを置いた。コーヒーの前には紅茶を持った編集者。右手に窓ガラスが光って見えた。ガラスの向こうに子犬、女性と歩いている。寒そうにコートの襟を立てた。ガラスが切れた。コーヒーの湯気が浮かぶ。湯気の向こうにはニヤニヤ顔の作家の顔だ。コーヒーの湯気は作家の右奥のトイレを透かす。そしてドリンクバーが見えてきた。ウェイトレスがトレイを小脇に挟んで歩いていく。そして、紅茶を飲んでいた編集者が息を呑んだ。


 「どう?」


 作家はニヤニヤが止まらない。まるで新しいおもちゃを見つけた子どものような顔をする。編集者はゴクリとつばを飲み込んだ。


 「せ、先生……」


 「どう、どう?」


 「これをどうやって、作品に生かすんですか?」


 作家はそう言われて腕を組んだ。一瞬の沈黙。そして、作家は口を開いた。


 「……それはこれから考えよう」

 

 編集者がみるみる真っ赤になっていく。会社から電車を乗り継ぎ一時間、すごいアイデアって聞いて飛んできた。しかし、アイデアってのは技法であってプロットじゃなかった。


 「先生! 読者が喜ぶ作品を描いてくださいよ!」


 「そうだよねぇ」


 作家はのんびりとコーヒーを一口すすった。編集者の怒りは止まらない。


 「この前のスーパーズームはフックは良かったですよ!」


 「今回はフックすらないじゃないですか!」


 作家は頭をかいて、こう言った。


 「いいアイデアって思ったんだけどなぁ」


 呑気な作家の言葉を聞いて編集者は熱い紅茶を思わず飲む。すると、犬のように舌を出しながら、目を白黒させコップの水を飲んでいた。


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