カプセル。

木田りも

カプセル。本編。

小説。 カプセル。





 転がっていった先にある世界に、僕はいる。

匂いは感じない、音も聞こえない、沈黙。

僕以外誰もいないということの証明。たまに聞こえる電子機器の音、不在着信の音、もう届かない音。

這い出る方法は知らない、違う場所へ行きたくてもお金がないからいけない。もう、ここで咲くしかないのか。置かれた場所で咲きなさい、という言葉はこんな時のために用意されてるのか。でもあまりにも、窮屈ではないか。天井が見えている。どんなに頑張っても天井が見えているのなら、別に頑張らなくても良いんじゃないかって思う。でも、あぁそうだ。よく言うっけ?

「他人はそういう時こそ見ている」って。

「頑張らなくても良いことを頑張れる人を人は本当に信頼する」って。いや、バカかよ。

頑張るべきことに労力を向けなさいよ。って、Z世代の僕たち私たちは思うわけ。そんなわけだから、テキトーに過ごすことにする。ただ生きるという行為をしようと思う。


 雨降り毎日、ここは関係ない。天気とかそんな自分で決めれないくだらないものに左右されない。予定どおり遂行するだけの日々。操縦可能になったはずの毎日と便利になったはずの物が、心を不自由にさせる。予定どおりいかなかったことによる心のゆとり、不自由だったからこその温かみが失われた。毎日は冷たい。

ここ最近は毎日と人と外の冷たさを感じる。まあ、外が冷たいのは雨だからだろう。雨の空気、雨の匂い、重たい空。水を含んだら思うように動けなくなる。カプセルは水では溶けない。じゃあ何なら溶ける?どうやって溶ける?この問題は、どうしたら解けるようになる?僕はどうすればまた動き出せる?


 絶対防御。安全!良かった。

本当に良かった。分かったんだ。暗闇で最も安全な方法。動かず騒がず物音立てず、ただそこにいる。端っこに移動しようとしてもリスクなんだ。音を立てる可能性を0にする。面白みとか変化とかいうのは悪だ。ただそこにいて安全に勝てばいい。勝てば官軍という言葉があるように、勝った者に初めて権力が現れる。勝たなきゃゴミ、勝たなきゃダメなんだ。どんな手段を使ってもいいなら、この瞬間の恥とか申し訳なさなんてどうでもいいじゃないか。僕は守られてる。僕は人気者だ。いずれそうなる。そのための、小さな犠牲だ。悪く思うな。守ろう守ろうとしてた結果、1方向にしか盾を構えていなかったみたいに、その1方向以外はボロボロになっていた。そのことに気づかず僕は1方向を守り続けていた。やがて蓄積したダメージが、僕に限界を与えた。


 パチっと目が覚めるとここにいた。

真っ白な世界。白だけの空間。色がない。いや、白はあるのか。って心で思う。

童謡が聞こえる。時間を無理矢理ゆっくり流しているような音楽。隔離された空間。牢屋みたいだ。僕は管理されているのか。

 なんでここにいるのかわからない。僕は正常だ、ここから出して!守られることには慣れていないんだ僕は。現代人は守られすぎている。少しでも危険があったらすぐに排除。自分で乗り越える術を教えない。だから大人になったら困るんだ。苦労はしてなんぼ。悔しいという思いが人を成長させるし、大人になってもまともでいられるのだ。それなのに、なんでまともな人が管理されるんだ。世の中でまともな人は僕だけか?壁をドンドンする。何も返ってこない。強く叩く。叩く。叩く。存在証明をし続けないと、簡単に忘れられてしまう。だって生きていても、忘れられる人がいるんだから。おーい!おーい!呼びかけに応答はない。だけど気配がある。こちらの様子を傍観しているんだ。壁を強く叩く。叩き続ける。音の振動を感じて、気がつくとまた白い天井がそこにある。お決まりのように。夢からは……覚めることはなかった。沈黙が続く。沈黙の音が継続する。永遠とも呼べる時間を過ごした。人間の一生の中に永遠を感じられるのは、もしかすると尊いのか。有限な時間の無駄遣いなのか、本当にこれは療養なのか。僕は限界を与えられたことを思い出していた。どうすればここから早く出られるかをずっと考えていた。そしておそらくどのようにすれば良いかは分かっている。そうすることで、自由を手に入れられることもわかる。きっとその時に永遠が嘘っぱちということもわかる。死んだら無になるのが怖いから死ぬのがずっと怖い。死んだらどこに行くのか分からないから怖い。死んだらこの肉体が燃やされることを知っているから怖い。いろんなことを考えて、どこに行くのかもいるのかもわからない未来のために、僕は優等生を演じることにした。永遠という幻想を打ち砕かないことには先に進めないからだ。


 日差しを浴びたのは久しぶりだった。車に乗り、家に帰る。外の景色、看板の色、車の音、信号の音。流れ続ける時間は有限で、それに少し安心した。家の中で家の匂いを嗅いで、しばらく何もしなくて良いとも言われた。少し変わった世界情勢、ニュース、トレンド、エンタメ。移り変わり、新しく見る人、見なくなった人がいる。旬だとか、期待の新星だとか、一時的なものはもう話題にも取り上げられていなかった。止まっていたものが動き出すのを感じた。それは、今の僕の現状を打破する事ができるだろうと思った。家の安心する空気に囲まれていると、眠くなる時間が増えた。安心するから寝られるのだ。安心するから夢を見れるのだ。1日2日3日。時が流れて、家の中で暮らす生活。悪くない。

……悪くないんだけど。例えばテレビを見ていると、同い年の俳優さんがドラマの主演をやっている。後輩と呼ばれる世代がテレビで引っ張りだこ。甲子園は歳下。よそはよそだし、人は人それぞれなのはわかってはいるが、少なくとも僕は同い年の人たちの中で順位をつけるとしたら、下の方だろうなって思った。良い人は、順位なんてつけなくていい、誰もがオンリーワンとか言ってくれるのだろうけど、そんなことを言ってくれる人たちばかりではないし、社会では、いわゆる、順位が上の方の人から幸せになっている。優しい人が気にかけてくれるだけだと思っていたけど、本当は易しいだけなんだと思う。容易く相手するための言葉、興味ないなんて言えないからとりあえず…みたいに。

今回のことで、僕は自分の天井を知った。本当はもっと頑張れる人のはずだったのに、なんだかもうダメな気がする。だから、自分の頑張れる範囲で精一杯頑張れるようになるのがこれからの目標だ。頑張ろう。頑張ろう…。


 こんな僕は、残念ながら感情というものを持ってしまっているのだ。人と同じように、喜び泣き怒ることがある。何かをする時される時、少なからず感情が伴っているのがわかる。だからわかるのだ。今まで出来ていたことが出来なくなった時の、とてつもない屈辱が。僕は天井を知った。僕は守られている。守られてる場所で少なくとも、親や、周りの環境がガラリと変わらない限りは半永久的に安心して暮らしていられる。しかし、人間は必ず死ぬ。その後に残された人たちは、ちょっとでも惨めにならないために働く。世間から隣人から同世代から。置いてかれないためだけに溶け込む。終わりは一緒なんだろうけど、過程においていかに幸福だったかは、誰と競うわけでもないけど、漠然と楽しかったーって終わりたい。その楽しかったー、に、今の僕はかなり遠いんだと思う。


 あの天井の外側、守られてる外側に楽しかったー、はある。そこに行く方法は、殻を破り、今までの自分を壊し、傷つく勇気を持つこと。他人と関わり、触れ、話し、本当の意味で他人を理解しようとして、受け入れようとして、形を持って受け入れられる必要がある。それで、はじめてきっと僕が今欲しいと思っている人との繋がりができるのだと思う。家族と呼ばれるもの。それもある意味「カプセル」のように守る、守られる存在なのだと思う。僕は今、親が作ったカプセルの中で暮らしている。やがてそのカプセルから出なければいけない時がある。その決断をするのはきっとタイミングがある。僕はまだだと思う。理想と反対に。まだ早いだろうし、きっと上手くいかない。そう思うからまだ僕は守られていようと思う。それがきっと最も容易に手に入れられる幸福だ。


 だから、動き出さなければならない。僕は始めなければならない。このカプセルから出る方法を。今までの僕を変える一歩を。この一歩は小さいが、僕にとっての大きな躍進にするために。この小さな家と宇宙は繋がっているんだ。だからどこまでだって行けるはずだ。僕は狭い自室でまだ妄想の域を脱していない空想を思い描いていた。


 何故かこの頃、親が運転する車の後部座席から、流れる風景をぼんやりと眺めている夢をよく見ていた。








終わり。

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