人間理論

スカイ

第1話代償

三連休の中日。


その朝、日本中が沸き立っていた。首都圏最大級のショッピングモール「グランドテラス東京」が、満を持してオープンしたのだ。最新のAIナビゲーション、空中投影ディスプレイ、子供向けVRアトラクション——話題は尽きない。


だが、午後二時半。


全てが、吹き飛んだ。


私のスマートウォッチが激しく振動したのは、自宅のソファでくつろいでいた時だった。画面には警察AI「Kちゃん」からの緊急通達。


『グランドテラス東京で大規模爆発。蒼井警部補、至急現場へ』


スマートグラスをかけると、映し出された映像には黒煙を上げる建物、逃げ惑う人々。


私は制服に着替える間も惜しんで、私服のまま車に飛び乗った。



現場は、地獄だった。


「警察です! 通してください!」


人波をかき分けて規制線に辿り着くと、見回りロボットが私の前に立ちはだかった。


『警察手帳の提示をお願いします』


機械的な音声。こんな時でも手順を踏まなければならないのが、この時代の面倒なところだ。私はスマートウォッチをかざし、生体署名付きの警察IDを表示させる。ロボットは一瞬でスキャンを終え、道を開けた。


規制線の内側では、制服警官たちが野次馬を押し戻すのに必死になっている。上空には報道ドローンが何機も旋回し、建物からは今も煙が立ち上っていた。


「おーい! 蒼井、こっちだ!」


聞き覚えのある声に振り向くと、榊警部が手を振っていた。警察用の内線イヤホンがあるのに、相変わらず大声で呼ぶ人だ。私は小走りで駆け寄った。


「お疲れ様です! 遅くなってすみません!」


「いや、こんな状況じゃ仕方ない」榊警部は頭をかいた。「それにしても、大変なことになっちまったな」


警部の表情は、いつになく険しい。


「避難状況は?」


私はスマートウォッチでKちゃんを起動させながら尋ねた。AIはすでに現場の3Dマップを構築し始めている。


「全然わからん。偵察ドローンで生体反応を探してるが……」


榊警部は言葉を濁した。その意味を、私はすぐに理解した。


中にいた人たちは、もう——


ドン、ドン。


二度の轟音が、私の思考を断ち切った。


「なっ……!」


ショッピングモールの屋上が、火山のように噴き上がっている。炎と煙が渦を巻き、建物全体が悲鳴を上げるように軋んだ。


そして、映画館フロアと屋上の間の階が——まるでスローモーションのように——崩れ始めた。


「逃げろォォォ!」


誰かが叫んだ。


建物が真っ二つに折れる。道路を挟んだ向かいのビルに、崩れた構造物がぶつかっていく。ガラスが砕け散り、金属が悲鳴を上げ、コンクリートの粉塵が街を覆い尽くした。


私は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


それから三十分。


爆発は断続的に続いた。まるで連鎖反応のように、一階部分、地下のデパート、そして駐車場まで——全てが瓦礫と化していった。


レスキュー隊が投入されたのは、ようやく爆発が収まってからだった。AIが構造解析を行い、二次災害の危険性が低いと判断された区画から、慎重に捜索が始まる。


だが——


「生存者、見つかりません」


「こちらも……」


無線から聞こえてくるのは、絶望的な報告ばかりだった。


私は規制線の外で、ぼんやりと煙の立ち上る廃墟を見つめていた。さっきまでここに、何百人もの人がいたはずなのに。家族連れや、カップルや、友達同士で——


「さて、捜査を始めたいところだが無理だな。消防署と科学班に一旦任せるしかねえ」


榊警部が腕を組んで言った。


「これは、事故の可能性はありませんよね? さすがに」


私が尋ねると、榊警部は渋い顔をした。


「そりゃあ、この規模の爆発となると……」


その時、不意に背後から声が聞こえた。


「これで事故だったら、逆にやべえだろ! 間違いなくテロだな」


振り向くと、黒いライダージャケットを着た男がバイクにまたがっていた。三十代半ばくらいだろうか。不敵に笑っている。


「お前、坂本! 何してんだこんな所で!」


榊警部が驚いた声を上げた。


「何してんだって? 事件だから来たに決まってますよ。バカ警察が捜査ミスしないように監視しに来てやったんすよ。お偉いさん達によろしく!」


そう言うと、坂本と呼ばれた男はエンジンを吹かしてバイクで去っていった。


「誰です? 今の方は……けっこう親しそうでしたけど。しかもテロって決めつけて」


私が尋ねると、榊警部は複雑な表情で答えた。


「あいつは……元、刑事だ」


「えっ!」




翌日


大規模捜査会議が始まった。しかも異例の公安部との合同だ。


会議室には、警視庁と公安部の幹部が集まっている。スクリーンには被害状況の映像が映し出され、死者数の推定値が刻々と更新されていた。


捜査会議でわかったことは、以下の通りだった。


1. 最新型爆弾であり、アメリカ製であること

2. ショッピングモール本社の監視カメラを確認したところ、不審者はいなかった

3. ショッピングモールの建設中にも、怪しい人物は確認されなかった


以上。


大規模の捜査会議なのに、わかったことは何一つないに等しかった。


その時、公安部の刑事が急に立ち上がった。


「あの、今入った情報です! このショッピングモールの工事関係者に、元反社や元暴力団など犯罪履歴がないかAIと捜査員で調べたところ、怪しい人物が複数名確認できました」


会議室が、ざわめいた。


皆、あまりに驚愕な事実に動揺を隠しきれない。私も息を呑んだ。元反社会勢力が、建設に関わっていた?


捜査の指揮を取る公安部の管理官が立ち上がった。


「これより、関係する反社会勢力の組、部署を片っ端から捜索する。その情報を全員に転送してくれ! あと、組や部署を捜索する際は拳銃と危険感知R2の所持を許可する。気を引き締めていけ」


「了解!」


会議室に、緊張した声が響いた。


だが、この時の私たちは知らなかった。


まさか、あんな悲劇を生んでしまうとは——


―――


午後四時十三分。


元花井組の組員で、現在は日雇いの仕事をしている"橋本一"が住んでいるアパートへ、捜査員が事情聴取のため訪れた。


橋本は、あっさりと自白したという。


だが——


輸送車に乗り込もうとしたところで、橋本は唐突に大声で叫んだ。


「警察のクソども、思い通りになると思うなよ! 所詮はAIのおかげで必要悪がなくなっただけじゃねえか! AI万歳!」


次の瞬間、背負っていたバッグが爆発した。


轟音とともに、連行中の警察官や輸送車が火だるまになった。複数の死傷者が出た。


そして——


他の容疑者たちが住む自宅に事情聴取に向かった現場でも、同じことが起きた。


容疑者たちは口々に「AI万歳」と叫び、自爆した。


多くの警察官たちが犠牲になった。


近くにいた通行人たちが携帯デバイスで撮影した映像は、瞬く間にネットに拡散された。


見出しには、こう書かれていた。


『日本最大の戦後テロ』


私は本部のモニターで、その映像を見ることしかできなかった。


炎に包まれる車。倒れる警察官たち。そして、笑いながら爆発に巻き込まれていく容疑者の姿。


隣にいた榊警部は、拳を握りしめて黙っていた。


頭に浮かんだのは、昨日バイクで去っていった元刑事――坂本の顔だった。


あのふてぶてしい笑いが、この惨劇の"始まり"を知っている。


そう確信せずにはいられなかった。






































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