蠱毒窟――The Walled City of Hannibals――

橘 永佳

生けるモノ

 高蜂たかばちゆづるの長身で、ランタンの薄明かりに長い影が落ちる。


 動力にした霊子力の特徴であるやや緑がかった灯りは、低品質とはいえ工房を広く照らして――いや、単に、狭苦しい穴蔵に薄ぼんやりと充満している。

 その明るいとは言い難いところに入り込むのだから、弦が締まった細身の体躯であっても、やはり大柄なだけに結構な陰が生まれた。


 もっとも、本人が黒尽くめなせいも、多分にある。

 拘束着をモチーフにしたのかと言いたくなるコートだけでなく、軒並み黒一色なのだ。首、両手首、両足首の金属製らしき輪も黒にカラーリングされている。


「おお、無事――というか生きとったか、ゲンよ」


 穴蔵の主が弦をあだ名で呼んだ。「クマバチ」やら「ハチ公」とは違って好意的な呼び方だが、性根から無愛想な弦は微塵も表情を変えない。


「そやつのに身を任せて帰ってこれるとは、お主も大概じゃのお」


 弦にしてみれば、こんなダンジョン内ので鍛冶屋を営んでいる男が何を言うか、といったところだが、弦の代わりにその影からひょっこりと顔を出した女が応える。


「あー、わっかんないかなー親爺おやっさん、『伝統』と『最新』との、このデザインされた高度な融合具合が」


「人間の魔改造じゃろがい、頭のネジが何本飛んどるんじゃオノレは。良心やら倫理観っつう単語に心当たりは無いんか?」


 口調だけで言えば人懐っこい女に対して、頑固親父を地で行く男が情け容赦ない毒舌を飛ばす。

 が、傍から見る限りでは、何徹したのかと疑いたくなるほど顔色が悪く目の隈も酷い不健康そうな女性研究者が、シワが目立つが小柄で愛嬌のある爺様をからかっている図だ。


 なお、会話の内容には愛嬌などという要素は垣間見れない。

 それは当然。世界中に特異建造物、いわゆる迷宮――ダンジョンが出現してからこちら10年間、初手を間違えてからの混乱期に無法地帯化が一気に進んで、今やダンジョンは『アンダーグラウンド』そのものとなってしまっている。

 そんなところにスラム街を築くような人間たちがまともな訳が無い。


 まあ、各国がファーストコンタクトを誤ったことは不可抗力と言えるのだが。

 ある日突然地下迷宮への入口が領土内に湧いて出て、中に異形のバケモノが跋扈しているとあっては、軍隊を派遣するのも妥当な判断だろう。


 問題は、真っ先にダンジョンへの入口が確認された大国で、陸軍特殊部隊が敗走する程に難易度が高かったことだ。


 何しろ通常兵器がほとんど通用しない。

 自動小銃アサルトライフル程度ではなく、大口径の重機関銃ブローニングM2だろうが歩兵携行式多目的ミサイルFGM−148 ジャベリンだろうが問答無用で無効化したのだ。

 公式発表はなかったが、極小型ではあるが戦術核まで使用してもダンジョンは健在だったと囁かれている。


 後に研究が進んで判明したのだが、ダンジョン内部では物理法則自体が違っているので、無理もない話だったのだ。


 ダンジョン内部では物質の構成要素として『霊子』が組み込まれている。

 さながら、原子核の周囲を回る電子のように、電子を共有して結合するかのように、霊子が物質を結合している。


 実のところ現代こちらの世界でも霊子自体は存在しており、それらを操るのがいわゆる魔術なり呪術なりと称されるものなのだが、現代世界では物質の付随要素であって構成要素ではない。

 有り様が根本から違うのだ。

 さらに、薄い。存在する量が少ない。


 つまり、ダンジョン内の霊子で構成された物質に干渉するには、現代世界の武器では『足りない』。

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