俺の宇宙船に潜んでいた密航者は、幼馴染だった

まさかミケ猫

(1/3)第一話 こんな形で再会することになるとは

――大事件というものは、いつだって身構えていない時にやってくる。


 宇宙船の貨物区画。

 一人の女性が、無重力空間にふわりと浮かびながら、十人ほどの少年少女を背に庇っていた。その力強い目は、密航者にしては太々ふてぶてしすぎる態度だが。


「ゲンゾウ。どうか私を助けてほしいの」


 彼女の口から、俺の名前がこぼれ出た。


 密航者がいると判明したのは、地球の衛星軌道上にある物流ステーションを出発して、少し時間が経った後のことだった。

 この船に俺以外の乗組員などいないため、仕方なく武装して現場に来たが……まさか彼女とこうしてすることになるとは思ってもいなかったんだ。


 彼女の正体にはすぐにピンと来た。

 年齢は俺と同じくらいで、髪色は薄っすらと青みがかっている。そして何より、表情筋が仕事をボイコットしているような冷たい眼差し。心の内から、言いようのない懐かしさがこみ上げる。


「エレナ……なのか?」

「ん。見ての通り。私」

「見ての通りって言われてもな……あれから十年も経つんだぞ」


 エレナ・オリーブ。

 彼女とはいわゆる幼馴染というやつで、幼い頃は月面の研究所で一緒に過ごしていた。しかし研究所が潰れることになり、エレナは地球に、俺は火星にそれぞれ移住することになったんだ。


 最後の日は二人で別れを惜しんだものだが。それがまさか、こんな形で再会することになるとはな。


「それで、エレナ。どうして密航なんて」

「ん。詳しい話をしたいけど、貨物区画にずっといると子どもたちが凍えてしまう。できれば、温かい紅茶なんかを頂けると嬉しい」

「はぁ……十年経ってもエレナは変わらんな。分かった、ひとまず居住区画に案内するから。そこで話を聞こう」


 そうして、彼女たちに背を向けると、スピーカーから聞き慣れた声が響いた。


『マスター。密航者を連れて来るの?』

「そうだ。こいつのことなら心配はいらない。紅茶の用意をしておいてくれ、ノア」

『えー、まったくもう。仕方ないなぁ』


 貨物区画の床をトンと蹴りながら、磁力アンカーを出口付近の壁に吸着させる。ワイヤーを巻き取って振り返れば、エレナは何やら俺をジッと見つめていた。


「ねぇ、ゲンゾウ。家族か恋人がいるの?」

「まさか。今のは船の管理AI。名前はノアだ」

「あぁ……なるほど。ゲンゾウらしい」


 俺らしい? なんだか、そこはかとなく不名誉なニュアンスを感じるが。


「ゲンゾウは、側にいる人を生意気な性格に育て上げるのが得意」

「どういう意味だ、おい」

「相変わらずで安心した。紅茶にはミルクと砂糖もつけてほしい。クッキーもあると助かる」

「相変わらずなのはお前の方だ、エレナ」


 仕方がないので、エレナと子どもたちそれぞれの注文を聞いてノアに伝える。まったく、十年経っても世話が焼けることだ。

 そうして話をしながら、ハッチを開けてエアロックを通り、貨物区画を離れる。子どもたちの様子を見ると、無重力空間での身体の使い方がずいぶんぎこちない。


「あぁ、子どもたちには自己紹介が必要か。俺の名前はゲンゾウ・クスノキ。しがない運送屋をしている。普段は準惑星ケレスと地球の間を往復しながら、色々と荷物を運んでるんだ」


 そうして色々と話をしながら、俺はみんなを連れて居住区画へと向かっていった。さて、どんな厄介ごとを聞かされるんだろうな。


 ◆


 俺とエレナは昔、月面にあった国際宇宙技術研究所、ISTLイストルという施設で暮らしていた。

 そこでは、何世紀も前から様々な技術研究が行われていた。かつて人類が火星や金星で暮らし始めたのだって、イストルでの研究成果を活用したおかげだ。


 しかし、俺とエレナが十歳の頃。

 イストルは突然破棄されることが決まった。


「――非人道的な実験を主導していた研究者たちは追放刑となる。諸君ら実験被害者は、各惑星に移住してもらう」


 攻め込んできた軍人の言っている意味が、まったく理解できなかった。


 たしかに俺とエレナは研究所で被験者として過ごしていた。しかし、決して非人道的な実験の被害者だったわけではない。

 俺たちは先天的な障害を抱えていて、長くは生きられなかった。脳機能を補助するナノマシンや、サイバネティクスの粋を詰め込んだ高性能な義体、そういった最先端技術の臨床試験に自ら望んで参加していただけだ。


 しかし、俺たちの抗議は無視された。

 優秀な研究者たちは、狭いカプセルに押し込められて、次々と宇宙空間に射出されていく。あの時のみんなの絶叫は、ずっと耳の奥にこびり付いている。今でも悪夢に見るほどだ。


 そして、月面に滞在する最後の日。

 俺はエレナと二人、研究所の窓から月面の様子を眺めていた。乾いた大地は地平線まで続いていて、宇宙はどこまでも広がっていた。


「ねぇ。ゲンゾウ……私は地球に行くらしい」

「俺は火星だって聞いた。どんな場所だろう」

「ん……みんないなくなっちゃった」


 いつも無表情なエレナが、泣き腫らして真っ赤な目をしていたのを覚えている。


「エレナ。これは絶対に秘密なんだが」

「ん? どうしたの?」

「みんなの残した研究データだが。実は軍が持ち去る前に、コピーを取っておいたんだ。エレナにも同じものを預ける」


 そうして俺は、データチップを一つ取り出して、小さなロケットペンダントに仕込む。スイッチを入れれば、俺とエレナが一緒に撮った写真が、数秒おきに空間投影される仕掛けになっていた。

 これなら、身につけていても怪しまれる可能性は少ないだろうし、最悪バレても「知らなかった」で誤魔化せるだろう。


「はい。エレナもこのペンダントを持ってて」

「……つけて。私の首に。ゲンゾウの手で」

「ん? まぁ、いいけど」


 エレナは自分の髪をかき上げて、首元を俺にさらけ出し、目を閉じた。

 俺は少しドキドキしながら、細いチェーンの両端を手にとって、エレナの首の後ろに手を回す。


 するとエレナは、急に顔を近づけてきて、一瞬だけ唇を重ねてきた。


「エレナ?」

「ご褒美。ゲンゾウはとても良い働きをした。私は絶望するだけで、みんなの研究を守ろうだなんて考えもしなかったから。でも、それじゃダメなんだって、今なら分かる。褒めて遣わす」

「なんで偉そうなんだよ」


 そうしてその日は、エレナとずっと手を繋いで過ごした。

 翌日には軍がやってきて、俺たちはそれぞれ別の船に乗ることになった。エレナが地球に向かう一方で、俺は火星へと向かったのだ。


 まさか、十年後にこんな形で再会することになるとは、当時は想像もしていなかったがな。


 ◆


 待機エリアの椅子でベルトを締めると、円筒形の居住区画はゆっくりと回転を始め、遠心力を用いた擬似重力を発生させ始める。

 スピーカーからは、宇宙船の管理AIであるノアの声が響いた。


『疑似重力の起動シーケンス完了だよ』

「ありがとう、ノア。みんな、もう立ち上がっていいぞ。少しは行動しやすくなっただろう」


 俺の言葉に、十人の子どもたちは恐る恐るといった様子でその場に立った。

 ここでは、長い宇宙生活で退屈しないように色々と娯楽を用意しているからな。子どもが楽しめるかは分からんが、ひとまず自由に過ごしてもらえばいいだろう。


 子どもたちの様子を眺めながら長椅子に座ると、すぐ隣にエレナが腰を下ろした。さて、そろそろ話を聞く頃か。


「エレナ。あの子たちは地球出身か?」

「ん。みんな宇宙に出たのは今回が初めて」

「そうか。それは珍しいな」


 この太陽系において、文化の中心はどの惑星かと問われれば、誰に聞いても「地球」という言葉が返ってくるだろう。

 なにせ人類発祥の地であり、環境ドームで区切らずとも人が暮らしていける唯一の居住惑星だ。歴史や文化はもちろん、食料生産という面を考えても、人類にとってなくてはならない星である。まぁ、地価が高いから、余所者がそうそう住めたものではないが。


 そんな地球から、エレナたちはこっそり逃げ出してきた。いったい何があったのか。


「それで、エレナ。どうして密航なんて」

「ん。今から話をする。実は」


 エレナは、ふぅと息を吐いて、言葉を続ける。


「私たちは、金星の富豪に売り飛ばされるところだったの。研究材料として」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月22日 13:01
2025年12月23日 13:01

俺の宇宙船に潜んでいた密航者は、幼馴染だった まさかミケ猫 @masaka-mike

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画