第8話 古参の大物V、月詠いろはとのコラボ配信
器の小さい男だと思われるのも癪だったので、美桜が外泊すると宣言してきたショートメールの返信は「明日何時に帰ってくる?」だけにした。
そしたらまたすぐに返信があり、「昼頃」とだけ。
根掘り葉掘り聞きたかったのが本音だ。
だがそこを気にしたところで僕にはどうしようもない。
彼女のプライベートだ。
たとえ僕と美桜の血がつながっていたとしても、その領域には踏み込めない。
気にしないでおこう。
さっきも思ったが、美桜の愛嬌ある容姿と特徴的な美声があれば、彼氏のひとりふたりいないほうが逆におかしいんだ。
兄として温かく見守ればいい。
気にするな、圭。
ああ、でも相手が悪い男だったら嫌だな。
濱家先輩みたいのだったら最悪だ。絶対遊ばれて終わる。
やっぱり兄として介入すべきか?
いやバカなことを考えるな、圭。そういうおせっかいが一番嫌われるんだぞ。
普通に興味ないフリを続ければいい。
勝手にすればいいという、あくまで自由を象徴するスタンスを崩さずに……
……などとモヤモヤ考えながら大学へ行き、講義を受け、スーパーに行き、そして帰宅した。今日みたいな日に限って、大学では特になにもこれと言ったイベントは起きなかった。
そしてなんだかんだ。
気がつけばもう、夜になっていた。
◇
「満天の銀河にひときわ輝く母なる胎動! 星空ぁぁ…‥ミチル、ですっ! そしてッ……」
22:01分。
いつもの時間が始まる。
「常闇に浮かぶは永遠の朧。月詠いろは、ですわ」
:おおおおお
:なんとおおおお
:いろはちゃんだぁぁぁ
:すげぇぇぇぇ
:突然の大物コラボで草
:何気に初めてじゃね?
:え、共演NGって噂なかった?
:仲悪いんちゃうん?
今日のコメント欄はすでにお祭り状態だ。
まだ始まったばかりにも関わらず、雪だるま式に視聴者数が膨れ上がっていく。
ミチルはこういうゲリライベントをちょこちょこやる。
と言っても、同じ箱「虹ライブ」に所属しているVTuber同士の雑談コラボ配信なんて、別にめずらしくもなんともない。割とよくある日常だ。
だが、今日のコラボ相手はいつもと一味違った。
【
チャンネル登録者数400万人超を誇る、星空ミチルに次ぐ箱でナンバー2の超人気VTuberだ。活動歴は10年。創業時の初期メンバーで最古参だ。
かなり長くVの世界で戦っている、この業界の最功労者と言っていい人物。会社の
ちなみに星空ミチルの活動歴はデビューしてからまだ1年半と短い。
彼女は彗星の如くこの業界に現れた新星で、その圧倒的個性と清楚系キャラで瞬く間にトップVTuberに輝いた逸材。
だから当然、ミチルのことを月詠いろはがよく思っていないという噂が広がるのも無理のない話なんだ。
誰だって、長い年月を経てようやく辿り着いた境地を一瞬で抜き去られて、嫉妬を覚えない人間なんていない。
「誰よ。仲悪いなんて言ってるの。全然悪くないわよ」
キラキラした白髪の、小悪魔的デザインをした巨乳3Dモデル美女が憮然な表情をして視聴者に釘を刺してくる。
「あ、今日お泊りなんですよ。いろは先輩が声かけてくださって」
ミチルもしっかりフォローを入れている。
「たまには、ね。最近ほら、ウチもいろいろあるじゃない?」
「ああ、そうですよね……」
「ミチルも急に引っ越しとかしちゃうしさ。大丈夫かなーって思ってね」
いろは先輩が今扱っている話題は、たぶん最近の人気Vたちの卒業ラッシュを懸念した発言だと思われる。
長く会社を支えてきた古参として、彼女はこの現状を憂いているのかもしれない。
「わたしは大丈夫ですよ! 引っ越ししたのは家庭の事情ですし」
「でも、めちゃくちゃ忙しいんでしょう? 辞めたくならない?」
「いえいえ! いろは先輩ほどじゃないですし、問題ないですッ!」
おそらくミチルに他意はないんだけど。
今の発言。
聞く人によっては皮肉に聞こえて気分良くないだろうな。
「うふふ。チャンネル登録者数ナンバー1。業界最注目の超新星、星空ミチルがそれを私に言っちゃう?」
ほらね。
「あ、いや……で、でもですよ! いろは先輩は歌でテレビに出たり、ダンスもめちゃくちゃうまくて視聴回数も毎回鬼のように回ってて……あと、みんなのことも凄くよく考えてくれていて、とっても優しいし……」
「なんか私が無理矢理フォローさせてるみたいになってるじゃない」
「す、すいません……」
あれ、これ最初から険悪モード?
いろは先輩の3Dモデルがむーっとした顔をしている。
:どっちも凄いよ
:いろは先輩は功労者
:ミチル、気にすんな
:若手をいじめるな
:仲よくしよう
:いろはさんがいたから今の虹ライブがある
:空気重
:話変えてッ!
:同接がもう7万人超えてる
:すっご
:みんな視てるよー
「もう! 冗談よ、冗談! そんな暗い顔しないでよ!」
「あ、冗談……」
「ホント、ミチルは素直で真面目なんだからぁ」
まぁ本心では本当に嫉妬もあるんだろうけど。
そこはさすがの月詠いろは。
踏んで来た修羅場の数が違う。
「この話はもう終わり! よっし。それじゃあ今日はまったり、スパチャの質問コーナーとかやりたいとおもうんだけど、どうかなミチル?」
「あ、いいですね! やりましょう!」
少し暗くなりかかっていたミチルの声のトーンが元に戻った。
この切り替えの速さは彼女のひとつの武器だ。やっぱり、僕はミチルのこの元気で明かる感じがなによりも好きだ。
「どっちの配信でもいいから、みんな気軽にスパチャ送ってね。そこからこれ面白そうだなーってのをお互いが選んで質問するって形式で」
「オーケーですッ!」
「それでは参りましょう、どうぞ!」
って、そんな急に質問しろって言われてもありすぎて困るんだけど。
さすがにVの内情を細かく聞くような質問じゃ読まれないだろうし。かと言って本当に興味のある、ミチルのあんなことやこんなことを聞くのも当然NGだろうし。
うーん。
ミチルの最古参たるもの、ここでこのイベントに参加しないなどという選択肢は存在しない。なにかしら質問しなければ……
……って、うわぁ。
もうとんでもない数の質問が荒れ狂ってる。
こんなん読まれるワケないんだけど。
「ああ。景気づけにこのしょうもない質問からいきましょうか。ハンドルネーム“Ⅴの化身”さんから星空ミチルさんへの質問」
「わっ! な、なんですか?」
「今日のパンツの色は?」
なっ!?
なん……だ、と……。
ぱ、パンツ……
あーいや、なに動揺してんだ俺。
たしかにどうしようもない質問だが、ミチルはこういうのに対する耐久性能もしっかり高い。よく来る下ネタ系の質問をあしらっている姿は、いつもの配信でよく視ているからなにも気にすることなんてないのにな。
……今朝、義妹のパンT見ちゃったから過敏になってんだな。たぶん。
「……」
「あれ、聞こえてる? ミチル、パンツの色は?」
ニヤニヤしながら畳みかけるいろは先輩。
この人ちょっとSッ気あるよな。見た目そのまんまだ。
にしてもミチルのヤツ。
いつもならすぐに「白ッ」とか「ピンクッ」って答えそうなのに、なにをモジモジしてんだ?
別にそんな大した下ネタ質問でも……
「ぷわぁぁぁんつぅぅぅぅ!!!」
どわー!
ど、どうした、ミチル!?
なんか今まで聞いたこともないようなクソデカボイスで叫び出したぞっ!
:ちょwww
:動揺しすぎwww
:声デカッ!
:ぷわぁぁってw
:そんなキャラじゃないだろ
:恥ずかしいのか。それもまたいい
:んで、何色よ?
:まぁ白だろ
:クロ
:空色に決まってんだろ
:意外に赤じゃね?
「赤じゃない! アレは、赤じゃないんですぅぅぅ!!」
いや、なに取り乱してワケわかんないこと言ってんだよ、星空ミチル。
アレってなんだよ。
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