第6話 義妹生活一日目・初夜

「……どのタイプが、正解なんだ?」


 僕は、とても迷っていた。


「オムライスと一言で言っても、そのパターンは多種多様だ」


 そして好き嫌いも人それぞれである。


「ソースはケチャップ? デミグラス? それとも……」


 あと焼き方と形。

 半熟? それとも硬め?


 オムレツタイプか? はたまた平たく広げた普通のヤツ?


「好みじゃないの作って、逆に不機嫌になられても困るしな……」


 連絡先を交換していなかったことが仇となった。


 先の二日間はまだ母と継父がいたからどうとでもなったが、これから二人っきりでしばらく生活していく上で、あまり機嫌を損ねる選択は芳しくない。


「趣味とか好みとか全然知らんしな……」


 困ったな。

 なにかキッカケを探りたいところではあるのだが……


「美桜の部屋、いつの間にやらドアの外からも鍵がかけられる仕様になってたし、どうあがいても進入は不可能だよな」


 2F義妹ルームの前を通った時に気が付いた違和感。


 扉一面、まるで呪いを祓うお札のように張り巡らされた「入室禁止!」の文字で一瞬見逃しかけたが、僕の自宅における観察眼を侮ってはいけない。


 指紋認証型の電子錠だった。


 ……いや、誰がこんな凄い施錠システムを取り付けたんだよ。業者が家に入った痕跡なんてまるでなかったんだけど。


 まぁ十中八九、和彦さんなんだろうけど。

 外資系のエリートサラリーマンってのは器械系のDIYまでお手の物なのか。


 恐るべし我が継父。

 さらに尊敬のレベルが上がっちゃったよ。


 ってことで、美桜の聖域に黙って侵入して好みとか色々探ろう作戦はそもそも決行することができない。僕にサイバー的な素養とか知識はまるでないからね。


 だから、想像するしかないんだ。

 これまでの義妹の行動、クセ、言葉遣い、態度。


 あらゆる事実から彼女が好きなオムライスを想定し、絶対に間違いのないメニュー作りが今は求められる場面だ。


「……無理」


 って、犯罪捜査のプロでもない僕にそんな推論が立てられるはずもないだろう。アホなのか、志村圭。


 もうしょうがない。

 好みの把握とか諦める。


 ああ、そうだ。


 どうせなら、僕の最推しVTuber星空ミチルちゃんが以前配信で好きだと言っていた、マッシュルームマシマシのホワイトソースを大量にぶっかけた、ふわっとオムレツ型オムライスを作ることに決定する。


「ちょっとお兄さん! いい加減、そこどいてくれない?」


「あっ! す、すんません」


 スーパーの卵売り場前でウンウン唸っていた僕の後ろから、頭パンチパーマの一般主婦が、邪魔なんだけど!と言わんばかりの態度で僕を邪険に扱った。




 できれば出来立てを食べて欲しかったが、美桜が帰ってくる時間は正直わからなかったので、もうそこは諦めて僕と母がいつも食事をとる時間に合わせて作ったら、ドンピシャで彼女は帰って来た。


「え、ちょっとヤダ……うそでしょ……」


 僕が作った最強オムライスを目の前にして、バイトから帰宅した美桜の目が点になっていた。


「(やっべ。これ、間違えたかもしらん……)」


 マッシュルームが大嫌いという線が濃厚だな。ちなみに僕はキノコ類が大好物だ。


「なんで私の好み、知ってるワケ?」


「へっ?」


「これ、私の大好きなヤツじゃん!」


 神ッ! やっぱ星空ミチルは神ッ!!


 まさかこの選択が、本日最高の結果をもたらすなんて夢にも思わなかった!


「な、なんか以前テレビでレシピやっててさ。それを僕なりにアレンジして……」


「うんまッ!」


「それでね……」


「舌がとろけちゃいそう~」


「隠し味にコリアンダーの粉とか少々ね……」


「もう、最ッ高~!!」


 ま、まぁ僕の料理うんちくは別に必要ないのだろう。とりあえず、美味しいっぽいことは言ってもらえたから、それでよしとしておこうか。


 てかさ。外から帰って来たんだからくらい手くらい洗えよ。いただきますも言わずに即食ってるのもいただけない。


 僕はなんだかんだ、そういうの気にするタイプだよ。


「うっ! ぐ、ぐるじい……」


「ほら、急いで食べすぎだって。はい、お茶」


 先に用意していたタンブラー型のコップに2ℓ入りペットボトルのお茶を注ぎ、義妹へと渡す。


 そんな慌てて食べなくたって。

 ちゃんと僕の分も作ってあるから、ゆっくり食べなよ。


「ぷはぁ! し、死ぬかと思ったぁ! あ、いま何時?」


 ん? 何時だろ。

 スマホの時間を確認してみる。


「あー……21時ちょっと手前くらい?」


「ヤバッ、時間ないんだけどッ!」


 なんだ、また出かけるのか?

 まぁ、美桜も年頃の女の子だし、友達同士の夜の付き合いとかも……


 ……え、まさか彼氏?


「ごちそうさまッ! 仕事でめっちゃ汗かいたし先にシャワー入って来るッ! のぞいたら処す!!」


 一息にそう言い残した義妹は、食べた勢いそのままに、バタバタと走ってそのまま風呂場まで超特急で消えていってしまった。


 てか、食べるの早すぎだろ。

 米粒ひとつ残さず、キレイに完食していやがる。


「やっぱ出かけるのかな? これからのこととか、色々話したかったんだけど……」


 食事の時間は本来、家族との会話をするための大事な時間。


 奪われるか?

 その大切なとき、美桜のカレシとやらに……


「はぁ。ま、明日でいいか」


 まだ冷めてないだろうから、レンチンはしなくていいか。


「……うま」


 美味しいけど、ひとりで食べるオムライスは……


 なんかちょっとやっぱり、寂しい。





 いや、まったく寂しくなどない。

 なぜなら僕には……


「いやー今日も1日、本ッッ当に忙しかったぁ!」


 最推しVTuberの、星空ミチルちゃんがいるからッ!



 時は22時01分。

 定刻通り、星空ミチルの生配信は今日もしっかり決行されていた。


 ちなみに美桜は出かけなかった。

 40分ほどかけて一連の風呂作業を高速でこなした後、そのままバタバタと自室まで直行していった。


 夜のオトナのデートではなかったようだ。

 別にあれだけの愛嬌と陽キャ属性を併せ持っていれば、彼氏のひとりやふたりいたって不思議なことではない。


 でも内心、ちょっとだけホッと安堵のため息が出たことは、ここだけのヒミツにしておいてほしい。


 :おつかれ!

 :おつかれさーん

 :無理しないでねー

 :もう引っ越しは落ち着いたかな?

 :新しいおウチはどう?

 :そろそろゲーム配信してくれ

 :いや、コラボ頼む

 :歌枠マダー?


 相も変わらず画面にはコメントとスパチャの嵐が吹き荒れている。


 その中のいくつかのコメントが気になった。


 ミチルはまだ引っ越してきて間もないんだから、機材チェックとかスケジュールの調整とか、ほかにも事務的で地味な仕事を数多くこなさなければならない。


 2日連続ライブ配信してくれるだけでもありがたく思わないと。


「ゴメンみんな! まだいろいろ準備してるところだから、もう少し待っててね!」


 そういうとこだぞ、銀河の連中よ。


 僕くらいの古参になると、ちゃんと裏のコトまで考えて発言をするよう心掛けている。まだまだ青いな、新参者めが。


「今日は午前中からダンスレッスンだったんだー。バタバタしてたら遅刻しそうになって、迎えに来たマネちゃんにちょっと怒られちゃったんだよね」


 :お、ライブの練習?

 :マジでマジで?

 :マネちゃんこわっ!

 :いつやるの?

 :5期生全員?

 :楽しみぃ

 :ちょっと踊ってみてよ

 :ミチルのダンスおもろいからね

 :動きが独特過ぎるてクセになる

 :クネクネ具体がハンパない


 おい、失礼過ぎるだろ銀河ども。

 ミチルはいつも一生懸命やってんだ。彼女のダンスをバカにするな。


 と言いつつ、僕もミチルのあの個性的ダンス……


 実は大好物だったりする。


「むぅ。絶対うまくなって、みんなを見返してやるんだからねッ!」


 いや、そのままのミチルが僕は好きだ。


「ふぅ。今日は汗かいちゃったから、配信前にお風呂入れてスッキリ!」


 なんですと!?


「ひさしぶりに大好物のオムライスも食べられたし。しあわせ~」


 ええっ!

 ミチルちゃんの夜ご飯もオムライスだったのか!?


 くそー。それなら僕の家で一緒に食べれば……


 って、妄想も大概にしとけよ、圭。

 ちょっとキモイぞ。


 :えっ

 :風呂上り?

 :マジ?

 :歓喜ッ!

 :眼福ッ!

 :僥倖ッ!

 :着替えのお手伝いしましょうか?

 :お背中、お流し致しましょうか?


 女性VTuberの“風呂上り”という単語は完全にパワーワードだ。


 その言葉が出た瞬間、まるでエサに群がる鯉のように欲望のコメントや投げ銭がさらに咲き乱れる事態となった。


 まったく。やれやれだな。

 オマエラさ、みんなミチルの術中にハマってるよ。


 風呂上りですぐ配信とかするワケないだろ。


 サービス精神だよ、サービス精神……



 :今度、と一緒に入らないか?(10,000円)



「あ、今日も赤スパありがとうございますっ! も~Kdashケーダッシュさんは相変わらず、えっちなんだからぁ!」

 


 こうして、僕の義妹生活一日目の初夜は、特になんのイベントが起こることもなく、いつもどおりの時が過ぎていった。

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