底辺卓球プレイヤーは自由に遊びたいので、ガチガチのエースを打ち破ります。

蓬竜眼

第1話

「何歳から始めたの?卓球。」

 具体的に何歳からだったかは覚えていない。ただ、小学生になった辺りの頃…行きつけの温泉施設に置いてあった卓球台。そこから僕の卓球は始まった。いわゆる温泉卓球から本格的に卓球にハマって近所の卓球クラブに参加するようになった。小学校に卓球部は無かったからね。そこの卓球クラブは、不定期に開催される緩い雰囲気の場所だった。そこは運動の才能が無い自分に優しくて、卓球のルールやコツなんかを丁寧に教えてくれて、上達を褒めてくれた。運動があまり上手くできない自分には卓球が唯一無二の心から楽しめるスポーツだった。

「そんなに卓球が好きなのに、卓球部が無い学校に来ちゃったんだね。」

 そりゃそうだ。僕はもう卓球に関わりたくなかった。それがこの高校に進学した理由の一つになっている。誕生日やクリスマスプレゼントに新しいラケットをねだる程度には卓球にどハマりしていた自分は、中学に進学したら卓球部に入るんだって決めていた。その決心通り、結構盛んな卓球部のある中学校に進学して早速卓球部を訪ねた。そしてそれが大きな間違いだった。

 地元の同好会から部活動に移行してからだ、僕の卓球に対する気持ちが変わったのは。不定期のクラブから学校の部活動に移行してからは基本的に毎日参加しなければならないし、参加者同士の間で明確な上下関係も存在するようになった。

 別にそのこと自体に大した問題は無かった。今までより沢山卓球ができること自体は嬉しかったし、学校の中での活動である以上は上下関係があるのは仕方ないと割り切っていた。だけど、部活動というのは自分が思っている以上に過酷だということを思い知らされた。言ってしまえば、僕が部活動で当たり前に行われる練習メニューに着いて来れなかった。ただそれだけの話ではあるんだけれど…。

 まず、卓球台を組み立て終えてから早々に卓球部基礎体力を鍛えるという名目で走り込みと筋トレをしなければならない。それが運動の才能が無い僕には厳しいものだった。まず、走り込みで皆と同じペースで30分間走り続けなければならない。僕は真っ先に口で息を始めるし、当然同じペースでついて行くことなんてできない。僕はサボっている訳でもなんでもなく、本当に走り続けることができない。僕より軽い呼吸で難なく走っている先輩は、僕をサボリだと言い張って周回遅れの分多く走るよう命令してくる。

 なんとか走り終わっても終わりじゃない。その次に筋トレを要求される。腕立て伏せを連続30回を3セット、その次に腹筋やスクワットなんかを同じ位の回数をこなさないといけない。他の皆がトレーニングを終えて小休憩を挟み、卓球をやり始める頃になっても、僕は基礎体力トレーニングをやり続けていた。とはいっても、先輩方はそんな筋トレをまともにやっているようには思えなかった。ちょっと体を曲げただけで、やったことにしているかのように素人目ながら思った。でも、そんな先輩と同じようにやっていると当然怒鳴られる。僕はそういう奴だっていうレッテルを貼られたんだろう。同期には何も言ってこないし。

 卓球を始めても先輩方は事あるごとに体力トレーニングを続けている自分を囲んで罵詈雑言を飛ばしてくる。サボるな、やる気ないなら帰れ、同期はもう終わっている、いつまでも待たせるな、応援してやってんだからさっさと終わらせろ…正直、その言葉が善意ではないことは他の目にも明らかなようにも思えた。でもコーチや家族、世間は魂の籠った指導だと思っていて、それを非難する僕の方がおかしいかのような態度だった。やっとの思いで体力トレーニングを終えても、僕はもうヘトヘト。到底卓球に集中できるような状態ではなかった。時間が経てば慣れるとも言われたけれど、少なくとも僕は部活を辞めるその頃までずっと同じ調子だった。疲れ切った体ではまともに動くこともできず、パフォーマンスは本来より大幅に低下した。地元の卓球クラブにいた頃の方が強かったくらいだ。

 嫌なことは体力トレーニングだけじゃない。筋トレが遅れてる時の罵声は卓球中も続いた。練習で打ち出すボールだって少しでもコースの悪いボールを出すと練習そっちのけで怒られた。逆にこっちが練習する側になったら自分が出したより悪いコースで出される事が頻繁にあったけど、それに対しては何も言わなかった。いや…練習させてくれるならまだマシな方だった。やる気の無い奴より優先されるべきということで、自分は延々とボールを出し続ける側に居続けさせられた。課題練習も、相手の課題ばかり優先されて自分の課題は無視された。僕はやる気のない奴とみなされ、他の部員の練習が優先された。最初のトレーニングの時点でそういう人間だと決めつけられたんだろう。

 僕の同期はまだ部活に慣れていなかったというのもあってか、初めのうちは僕に同情するような素振りの人もいた。でも、次第に先輩共と同じように僕を罵るようになっていった。練習の最後にある模擬試合では僕と当たると嫌そうな顔をする位には先輩に感化されたか、あるいは長い物に巻かれるために合わせたのか。

 卓球が好きで卓球部に入ったはずなのに、目的の卓球さえまともにさせて貰えずにただ罵られる。卓球部に僕の居場所なんて無かった。卓球部を抜けたら、大人から虐めだと認められないグレーゾーンの虐めが在学中ずっと続いた。ズル休みを取ることはあったけど、どうにか長期間不登校にはならずに卒業を迎えた。五感と魂が死んでいくのを感じながら。

「ねえ、卓球部創るの手伝ってくれない?」

 いきなり何なんだこの人。いきなり僕に卓球部をやれって。卓球から離れたことは伝えずに当たり障りの無い会話にしたせいで、こちらの事情も知らずにズカズカ踏み込んで来る。やっぱり高校に入学して少し経った頃に開催された校内球技大会に卓球で参加したのが良くなかったか。いや…そもそもこの人、大井さんは球技大会で同じ卓球部門で参加してたけど未経験者だったな。どういうつもりなんだ?

「卓球…初めてやったんだけど、すごい楽しかったからさ。だから部活動作ってちゃんとやりたいなーって。だから卓球部門に参加した人たちに声かけてるんだよ。」

 とんでもなく軽い動機で部活動を創ろうとしているな。…正式に部活動として認められるために部員が必要ということだろう。地元のクラブに入ったり体育で取り扱う分で我慢しないのかとも思ったけど、この高校はあの中学校の立地よりも田舎だし、そもそも卓球クラブが存在しないのかもしれない。それに体育で取り扱う保証も無いか。

「どうかな?あと1人だけ加入してくれれば申請できる人数になるんだけど。また卓球できるチャンスだよ!」

 もうそこまで進めてたのか。そこまでの行動力、陽キャは恐ろしい。…でもまあ、試しにやってみた卓球が楽しかったからクラブに加入した僕に通じる部分もあるか。随分久々だな、こんなに純粋に卓球をやろうとする他人を見るのは。クラブで楽しく卓球で遊んでいた小学生の頃を思い出す…。まあ、そんな彼女が部長になればあんな卓球部になる恐れも少ないと信じて、協力してやってもいいか。…よし。

「え、幽霊部員!?卓球やらないの?枠が埋まるだけでも嬉しいけどさ。」

 協力はするけど、もう卓球なんかやりたくないことに変わりはない。強制参加の球技大会で卓球を選んだのも、運動できない僕が他の競技を選んだらもっと悲惨なことになってた可能性が高いことに他ならないからだし。

「…あ!もしかして難関大目指すつもりだったりする?」

 いや、そういうことでは無いんだけど…。別に一流の大学に進学したり有名企業に就職したい訳じゃない。運動できない分学業に優れてる訳でもないし。逆文武両道だし。

「うーんまあ、そういうことならしょうがないかー。大原くんを除いたら卓球経験者が誰もいないんだけど…勉強の邪魔はできないし。」

 人の話を聞け。ちょっとでも会話にラグが生まれると陽キャはいつもこうだ。それよりも…え、経験者がいない?

「うん。部員自体は順調に集まってたんだけど、みんな卓球をちゃんとやったことないんだよね。コーチは担任が引き受けてくれることになってるんだけど、基本ウチらでやっていくことが条件になってるんだよね。コーチも卓球よく知らないみたいだし。」

 全校生徒70人くらいの規模の環境でコーチまで確保しているのを褒めるべきか、素人が部活を立ち上げようとするのを無謀だと言うべきか…。どんな部活になっていくのか予想できなくなってくる。

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