第3話 正義と悪

 ――地下への螺旋階段を降りていく。

 堅牢な牢獄の前で脚を止めた。


「くっ、殺せ……! わたしを殺せェ! 」


 暗い牢獄の中からいきり声。

 目をこらして囚われの勇者の姿を確認する。


「――っ! ……メルル……!」


 vtuberメルル。あたしの憧れがそこにはいた。


 ―――――。


 『 みんなの笑顔はわたしが守る 』


 姫騎士vtuberメルル。あたしの憧れにして原点。

 

 姫騎士ロールプレイで一気にトップvtuberになった。

 小学生のときのあたしは夢中になって、毎日メルルの配信を視聴していた。

 けど、あることから引退。

 あたしはメルルのようなvtuberになると決めた。


「……あなたが姫騎士メルルね。人間国の姫にして、国民から『勇者』と呼ばれている……」


 牢獄に囚われし勇者は鋭く睨み。


「魔王……。おまえを殺せなかったことは無念だ。わたしをどうするつもりだ? 人質か? それとも処刑して見世物にでもするつもりか?」


「あなたの虐殺シーンを投影魔法で世界中に流して、あなたを英雄視する人間たちに絶望をあたえる……」


「……そうか。だが覚えておけ。わたしの死は絶望ではない……火種だ。おまえたちの非道な行いに、人々は心を奮い立たせ、新たな勇者を生み出すだろう。きっとその者が絶望した民衆に希望を与えてくれる。そしていま以上のうねりになって おまえたち魔族を討ち滅ぼす!」


 彼女の強い意志に、心が揺れ動かされた。

 憧れの存在が、鎖で繋がれボロボロの身体であたしを憎み睨んでいる。


 高潔な魂と誇りは、汚すことのできないダイヤモンドを彷彿とさせた。

 そんな彼女をあたしは、身も心も魂も凌辱して殺さなければならない。そうしなければ あたし自身が滅ぼされてしまう。

 あたしは魔王なのだ。


 勇者を討ち滅ぼす存在――。


 悪なのだ。

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