第1章【第三次バルバトス星系会戦】

第1話「鋼鉄の大蛇」

 暗き宇宙そらを、無数の星が揺蕩っていた。光点の群れは何ら秩序を持たず、雑音を可視化したようにその明滅を繰り返す。星の海とはよく言ったもので、上を見ても下を見ても、前後、左右全てから、数万光年向こうより発生した光が投げかけられている。

 尤も、宇宙に上や下の概念はない。旧世紀の人類が、それこそ莫大な時間を掛けて算出した天の川銀河の公転と平行になる面を定めて、そこから垂直に伸びた軸線の両端を便宜的に天頂てんちょう底軸そこじくと名付けているに過ぎない。そして宇宙に於ける方角と云うのも、やはりその軸線を中心に設定されたものだ。

 しかしその銀河と云うのも、絶対安定軌道というわけでなく、近傍のアンドロメダ銀河に絶えず引き寄せられ、重力の影響で常に軌道に変化を生じている。宇宙規模で見れば、人類の定めた方角設定なぞ、然したる意味合いも持ってはおらず、ただの一里塚ほどの価値すら持ち合わせてはいない。しかしその路傍の小石を見落とした時、人間という矮小で弱体な生物は、宇宙という大海の只中で溺れ死ぬことを、先史時代の宇宙飛行士たちが何度となく証明している。


 巡航戦艦『コーンウォール』────連盟軍第七艦隊の一部、二五〇〇隻の兵力を率いるC分艦隊の旗艦であっても、ひとたび羅針盤を欠けば星屑ほどの価値にもならない。


「情報参謀」


 男は、今しがたガラスのように透き通った声を投げ掛けられて、艦橋の立体スクリーンいっぱいに映し出された宇宙を、意識の中で遊泳することを止めた。

 は、と声を掛けてきた人物に対し敬礼する。その襟には少佐であることを示す階級章が閃いていたが、相手は少将のバッジを付けていたからだ。


「星を見ていたのか?」


 自らの上官である、純人種ヒュームズの分艦隊司令官に向き直ると、「はい」と柔らかく答えた。


「いったい自分の仕事がどれだけの価値を持つのか、それを宇宙の深淵に問い掛けていました」


 ジョージ・ミュラーは、連盟宇宙軍第七艦隊C艦隊に所属する、情報参謀であった。

 連盟軍は一個艦隊に一万隻の艦艇を配し、それを均等に四つに分割して運用するのである。分艦隊一個で艦艇は二五〇〇隻となり、乗り組む将兵は凡そ三〇万人そこそことなる。

 この日、バルバトス星域の戦いに際して動員された連盟軍は五個艦隊五万隻。兵数にして六〇〇万人という、連盟軍史上に於いても稀な大出兵である。

 対する帝国軍三個師団────帝国では一万隻規模の艦隊を、陸軍的に“師団”と呼んで扱っているのだ────であり、数字の上での優位は確実に見える。


「宇宙は何も返してはくれんよ。慣性に従って、無限に、流し続けるだけだ」


 若き女提督は、紅玉石ルビーの瞳で真っ直ぐジョージ・ミュラーを見据えた。


「我が艦隊の初陣、そして同期たちを幕僚にして初の戦いだ。多少は緊張してくれても良いんじゃないか?」


 ユウリ・パーシヴァルは、ジョージ・ミュラーと士官学校の同期生であった。士官学校を首席で卒業し中尉として任官して以降、年に二階級は昇格するというほどの凄まじい戦果を挙げ続け、少将の階級を与えられて分艦隊司令官となった。

 二四歳にして連盟軍史上初の、そして最年少の女性提督であり、連盟軍宇宙艦隊では彼女を「赤目の小娘」などと揶揄する向きもあったが、ユウリ・パーシヴァルは一向に構うことなく、巡航戦艦『コーンウォール』を旗艦に定め、司令部を置いた。

 ユウリが分艦隊司令官の任に就いてまず行ったことは、かつて士官学校で同期だった者たちを自らの幕僚に参集する事であった。

 ジョージ・ミュラーなどはその良い例で、首都星ティアマトの宇宙軍参謀本部ビル庁舎で窓際閑職に回されていたところを突然前線に引っ張り出されたと思ったら、なんとユウリの部下にされていたのである。伴食という言葉を形にしたような無気力生活者だったジョージ・ミュラーだが、この人事によってか、意外にも彼の勤勉さを司る守護天使が急に息を吹き返して、今では情報参謀としての任務を十全に全うするようになった。

 他にも参集された同期生は、いずれもミュラーの目から見て有能とされる人材ばかりで────しかもそこに、一切の種族差別が含まれていなかったことは、他の提督に比べると極めて異質な事であった。



「敵についての情報はあるか?」


 闇の向こうを覗き込んで、ユウリ・パーシヴァルは紅玉石ルビーの瞳に光彩を宿した。

 情報参謀の仕事とは曖昧なもので、指揮官や幕僚たちの求めに応じて情報を提供するというものだが、その権限というのも大して多くはない。ミュラーにしてみれば拍子抜けではあったが、専らはユウリの雑談相手以上、しかし軍師と呼ぶには頼りない。それが今のミュラーの立ち位置だった。


「敵の総司令官は、マーリェノフ皇太子。オルグドフ朝王鬼帝国次期皇位継承順位第一位の者で、今年の春に上級大将に昇進しました。まぁ、現皇帝グリゴリー二世の嫡子であるという以上の存在ではないようで」

「“ボンボン”って訳ね。だがあの皇太子、確かもう四八歳のはず。その歳まで地位を守り続けているわけだから、無能と捉えるのは早計か」

「御意。ですが今回の出征は、かの者が自分の立場を強化せんが為に行ったもののようです」

「と、いうと?」


 ミュラーは情報参謀として得た情報を、ユウリに躊躇うことなく披瀝した。


「マーリェノフ皇太子は焦っておいでのようです。どうも父グリゴリー二世に対し、生前退位を迫ろうとしているんだとか」

「なるほど。このバルバトス星域を落としてその戦功を背景に、軍を味方に付けてしまおうという算段か」


 下らん政争の、下らん敵だ、とユウリは吐き捨てた。 尤も、その敵と云うのは何もマーリェノフ皇太子だけではなかった。

 艦が動き出して、艦橋が揺れる。かと思えば、また止まった。まるで高速道路の渋滞を思わせる停滞ぶりだ。すぐ前方には、味方の駆逐艦数隻が轡を並べ『コーンウォール』に背を向けているし、その更に前方には巡航艦戦隊の艦列があった。更にその前には別の駆逐艦中隊が、その更に奥には戦艦戦隊が、なかなか煮え切らぬ状況に燻るように、反重力機関AGEの波動で船体を揺らめかせる。

 つまり、渋滞しているのだ。


「駄目です、これ以上直進できません」


 分艦隊の航行を管轄する航路参謀フュリアス・マゼラン中佐が声を上げた。

 バルバトス星系へ連盟軍五個艦隊五万隻が突入して、実に四時間余りが過ぎていた。

 とろ火のように弱々しい光を発する恒星の終末期、赤色矮星。衰弱しきった老い耄れの太陽こそがバルバトス星であったが、今なお九個の大質量惑星を従える惑星系であり、複数の惑星の重力が複雑に絡み合って事実上の経路の限られる、航行の難所であった。

 その難所に在って、三個師団三万隻と報告されている敵の居所は掴めていない。バルバトス星系は、大軍を隠せるような宙域では決してないのだ。それは連盟軍側でも同様の事で、総司令官不在の五個艦隊は、今や複数の惑星が織り成す複雑な重力圏によって作り出された“重力の渓谷”に嵌まり込んで渋滞を来たしていた。


「全く、連盟軍の参謀本部は馬鹿どもばかりだ。このような星系に大軍を送り込んだとて、効率的に動かせるのはせいぜい三個艦隊だろうに、五個艦隊全てを投入するとはな」


 現状は無様な陣形だった。バルバトス星系に、第二艦隊を先頭に第八艦隊が続き、ユウリたちが属する第七艦隊はその中央に在った。突入部隊の最後尾になったか、と思っていれば、先ほど唐突に第九、第一一艦隊も星域へ入り込んだのだ。第七艦隊は長蛇の列の中央に位置することとなり、前後の状況がまるで把握できない状況となったのだ。

 ユウリは言った。三個艦隊に先行させて後の二個艦隊は後詰として後方に待機させ、戦局に応じて予備兵力として活用するべきだろう、と。わざわざ全兵力を使ったことで、戦術の柔軟性を欠いている、と。

 全く以て合理的な考え方だ、とミュラーは内心で首肯した。だが、そうならない理由を求めるのもまた簡単な事であった。


「宇宙艦隊司令長官の退任が近いですからな。その後任の椅子に、大将たちは座りたくてウズウズしてるんですよ。何しろ、元帥の地位。皆欲しくて堪らん、その絶好の機会が巡って来たという訳で…………」

「はん、馬鹿馬鹿しい」


 提督帽に収まりきらない、黒曜石のような艶をした長い黒髪を払いながら、ユウリは忌々し気に鼻で笑った。来るぞ、とミュラーは身構える。


「それは戦争じゃなく、私闘と云うのだ。将兵たちは奴らの出世の為だけに生まれてきた訳ではない。それぞれ名前があり、家族があり、友がいる。故に死なせてはならず、死なせるとすればその命に勝利を約束せねばならないのだ。それを、私より三〇は年を重ねて数えるであろう艦隊提督どもが理解していないなどとは!どうやら開けたシャンパンの栓の処分に困って、脳をゴミ箱の代わりにしてしまったらしいな」


 指揮卓コンソールを拳で叩き割りそうな勢いで、虚空に向かって辛辣な罵倒を飛ばした。ミュラーが慌てて押した指揮卓のボタンによって、重力調整装置の応用で展開された音響障壁が無ければ、今の暴言はたちどころに問題視されて彼女は罷免を余儀なくされただろう。

 とはいえ、そんな保険があろうとなかろうと彼女は同じ言葉を発しただろうという確信がミュラーにはあった。士官学校の時分からの付き合いだったからだ。

 彼女は必ず名将になる。この戦争を大きく変える存在になる。その確信があったればこそ、ミュラーはユウリに躓いてほしくなかったのだ。


「そもそもこの作戦は余りに杜撰だ。参加する艦隊は殆ど現地集合同然で、しかも五個艦隊が参加するというのに総指揮官も決めていないじゃないか。またぞろ、ぐだぐだと“戦争ごっこ”に興じて、無駄に兵を死なせて、“奴らの好きにはさせなかった”と自己満足に浸って窒素分子以下の零細な戦功を分け合うなど…………」


 ユウリの暴言が小康へ至るのを口振りから悟り、冷や汗を掻きながら音響障壁を解くと、艦橋階下にいた犬人ドッグマン族の通信参謀が声を上げた。


「第七艦隊旗艦『バッファロー』より通信です」


 間もなく、艦橋の立体スクリーンに白髪の老人が現れた。第七艦隊司令官マクドネル・ケルビン大将だった。


「パーシヴァル少将。君にひとつ、任務を頼みたい」

「任務でありますか。身動き一つ出来ぬこの状況で、ですか?」


 辛辣な皮肉を飛ばすが、ケルビン大将は立派な髭をいじりながら鷹揚に「そうだ」と返した。


「現状我が軍は“重力の渓谷”に嵌まり込み、行動を大きく制限されつつある。敵情は確認できず、もし今奇襲を受ければ大損害は必至だ。

そこで、今しがた各提督がたと相談し、それぞれの艦隊から高速部隊を抽出して“重力渓谷”より脱してもらい、周辺宙域の偵察と重力強度を測定し最適な脱出路を作る事となった」


 ユウリの眉がピクリと動いたのをミュラーは見逃さなかった。


「パーシヴァル少将には、指揮下の分艦隊を率いてその任務に当たってもらう。“勇将”の働きぶりを見せてもらうぞ」



 通信を切ってからすぐにC分艦隊は右へ回頭し、重力の奔流に逆らいながら五個艦隊の艦列より脱した。分艦隊自体の隊列はやや乱れていたが、マゼラン中佐の辣腕によって渓谷を突破する段階では一糸乱れぬ四列縦隊を形成していた。

 ユウリに与えられた二五〇〇隻は、そもそもが偵察や先制攻撃を目的とした高速艦艇で固められており、他の分艦隊に比べ約四割増し以上の速度を発揮できる。旗艦の『コーンウォール』も艦容積の半数を核融合機関に費やしている程の高速艦だ。その代わり旧式で、武装こそ更新されているが艦内の生活システムは改修計画こそあれどいつまで経っても成されない有様だ。

 偵察はいつの時代も、戦争の最重要項目であった。特に敵情の知れぬ時機に於いては、その重要性は飛躍的に増大する。ユウリ・パーシヴァルが一躍勇名を博した昨年の“第九次モラクス攻防戦”でも、敵の機先を積極的偵察により制したことで、二倍の敵を翻弄し撃破したのだ。“勇将”などとあだ名されるが、本人は自分を“偵察名人”と位置付けている程だ。

 “重力の渓谷”を脱し、作戦参謀のフェルディナンド・ムラタ中佐から偵察計画を渡され、それに裁可したユウリ・パーシヴァルは、艦橋を退去し作戦課室へ向かうムラタの背を見送りながら「もう意味がない」と呟いた。

 人狼ウェアウルフ族の参謀長エルネスト・シュタインメッツ大佐が何故と訊き返した時、ユウリは戦闘糧食エネルギーバーを齧りながら「機会を逸したのよ」と言った。


「本来私たちの役割は、バルバトス星域突入前にするべきだった。各艦隊の偵察部隊をそれぞれ先行させれば…………単純計算で一万二五〇〇隻か。殆ど一個艦隊分を偵察に回せたはずだから、時間は掛かっても星域全体を調べられただろう。敵の配置や惑星の位置、重力の渓谷の発見も事前に出来て、それこそ数の有利を最大限活かせるタイミングを選べた。

 だが渋滞してから始めたとて、…………得られた情報を活かし、敵を先制する機会を我々は失っている。提督がたは偵察に並行して艦隊の陣形を組み直すつもりみたいだが、むしろ今のまま縦列陣にして側面からの敵襲を迎撃できる態勢を作るべきだろう。何せ大蛇が、半光日に渡る横腹を晒しているのだからな」


 超光速通信FTL技術が開発されていなければ、とっくに交信不能距離であった。

 偵察部隊とは、本隊から大きく先行して敵情を把握し、可能な限り触接を保ちながら情報を送り続けることだ。必要とあらば交戦し、足止めと出血を強いて本隊の到着まで時間を稼ぐのも役割の内である、というのは流石にユウリ独自の思想であったが、大方の偵察部隊指揮官も似たような矜持ではあるだろう。


「偵察が無意味な上に、我々はこのタイミングで偵察を放ったことで、敵に対し“盲目”を報せた事にもなりましょうな」

「敵はこちらを見つけていると思うか?ミュラー」


 どうせ振られるだろう、と身構えていたミュラーは、素早く対応した。指揮卓を弄って小型立体スクリーンを起動すると、通信データの履歴をユウリたちに見せた。


「先刻から、我が方が使用しているものとは別形式の暗号通信の量が増大しています。タイミングはちょうど、“重力の渓谷”を抜けたタイミングですね」

「気取られたか。偵察部隊を放ったのが裏目に…………」


 シュタインメッツは体毛で膨らんだ軍服の下で、胸を膨らませてため息を吐いた。ユウリは行儀悪く司令席で足を組み、頬杖をついてその履歴を眺めた。暗号文である以上、その内容は理解できないが、履歴では確かに形式違いの暗号がある時点から数倍に増えている。


「暗号発信源を特定できるか?」


参謀長は地上部隊上がりの鋭い目で、ミュラーに問う。


「解析中ですが、難しいでしょうね」


 だろうな、とユウリは声を漏らした。艦船の通信探知能力では、無防備ノン・プロテクトでもない限りは殆ど位置特定までは出来ない。出来てしまうなら、むしろそれは罠を疑うべきなのだ。

 戦況は闇の中か、と静まり返る艦橋で、通信員が声を上げた。


「第九艦隊より入電。敵艦見ゆ、方位────」


 続々と読み上げられていくデータをミュラーは素早く打ち込んで、センサーカメラの望遠を調整し、その方位を立体スクリーンに映した。


「…………遠い、な」


 距離にして、およそ一〇〇光秒。こちらのビームもミサイルも届かない距離だ。そこに、無数の艦船の灯火が揺らめいている。


「妙な陣形ですな」────いつの間にか戻って来ていたムラタ中佐が、敵の艦影からその不可解さに注目した。敵はわざわざ見せつけるように艦隊を縦に組んで、まるで反航砲撃戦の構えを見せている様だ。それが不可解であった。長大な艦列をわざわざ晒している連盟艦隊を見て、兵力的劣位はすぐわかる筈だった。


 射程の長い砲艦部隊の主砲でも、射程まであと六〇光秒ほどを足りないが、帝国軍の現状の速度ではその六〇光秒を詰めるのに四時間ばかりを要するだろう。彼我の相対速度は亀の如しであったのだ。

 敵が連盟軍本隊を射程に収める頃には、連盟軍も充分な迎撃態勢を整え、反航戦どころか詰めてくる敵に対して横隊一斉射撃による第一撃で潰走せしめることが出来てしまうだろう…………。

 そこまで敵の、マーリェノフ皇太子とやらは無能なのか?とユウリは疑念を抱く。ミュラーも似たような疑念を胸にした。ミュラーの場合、ユウリが感じたそれより二歩ほど斜めに進んだ地点に関心があった。マーリェノフ皇太子の能力ではなく、この出兵に際して誰が幕僚に就いたのかということについてだ。


「私なら、どうするかな」


 右の薬指を、白手の上から噛みながら、ユウリは何事かしばらく考えた。考え込みながら、手元の立体スクリーンにバルバトス星域全体の地図を移させ、それをしばらく弄り回す。そのうち、連盟艦隊本隊の左側、そして帝国艦隊の進路上右側に、巨大なガス惑星があるのに気が付いた。


「ミュラー、この惑星の質量は?」

「バルバトスシクスですか。あれの質量は二〇×一〇の二七乗だったかと」

「それだ」と、ユウリが立ち上がった瞬間、今度はユウリが通信参謀に『バッファロー』へ通信を繋げるように要請した。


 数分を置いてスクリーンに現れたケルビン大将は、遅めの昼食を摂っていた真っ最中なようで、優雅にも涎掛けを下げてのご登場であった。敵と会敵し、交戦までの時間が予測できたことで、既に第七艦隊は休息時間を取らせているようだ。呑気なものだ、とミュラーは心中で渋面を作る。

 大将は気だるげにナイフとフォークを皿に置き、「どうしたんだね」と訊いてくる。ユウリは短く敬礼してから口を開いた。


「今すぐに迎撃態勢を取ってください。間に合わなくなります」

「何を言っているのかね少将。敵はのこのこと姿を見せた。わざわざこちらの火力が最大に発揮できる左側面に展開してくれるのだぞ。それなら近付いたところを一斉射で潰すだけだろう」

「それは戦艦部隊を敵の方へ前面に展開した、横隊戦列を組んでからの事でしょう。せめてその準備をなさってから休息を取られるべきかと。準備に二時間、休息に一時間、待機に一時間で充分間に合います」

「くどいな。まるで君は今から、敵が急接近してくるとでも言いたげじゃないか」

「その通りでございます。敵はバルバトスⅥの────」


 原理を説明しようとした時、ケルビンは忌々しげに遮った。


「有り得ん。君も見ているだろう?帝国軍も恐らく同じような重力渓谷に嵌って、上手く身動きが取れんからあのような陣形になってしまっているのだろうよ」

「あれは欺瞞です」

「つまらん妄想だな。もう良い。兵は渋滞に疲れておるのだ。英気を養わせてやらねば、戦うものも戦えんだろう。まあ良い、それほど心配だというなら、貴官の艦隊は自由に行動していたまえ。分艦隊程度の兵力で三万隻と戦えるならな。

通信を切るぞ」


 最後に、「赤目の小娘が」と吐き捨てたのをミュラーは聞き逃さなかった。このような公然とした侮辱が罷り通って良いのか、と憮然とした気持ちだった。しかしこの場合、むしろ喜んでいたのはユウリの方であった。


「通信参謀、今のはしっかり記録していた?」


 その問いは、勿論イエスであった。それを確認するとユウリは司令席に座り、参謀たちを呼び集めて作戦会議室へ移った。

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