貴女の言葉を思い出す
根倉獺
貴女の言葉を思い出す
死にたいと考え始めたのはいつからだろうか。そうやって、考えてもいつだって答えは出てこない。
『死にたい』という私の言葉はいつだって、その程度のものなのだ。私の頭の中では、紙切れ一枚ほどの重さも持たないそれは、世間には当たり前のように転がっている言葉であるのに、口に出してしまえばひどく重たいものになる。
「死にたい」
ある日友人が口にしたその言葉は、私の中でやはりそれほどの意味を持つことはなかった。少し、背筋が冷えてからは、それっきりぼんやりとした曖昧な感情と怒りにも似た苛つきが心の中に生まれただけだった。
友人の分かりやすく明かした悩みの言葉に、私は慰めの言葉をかけるわけでもなく、ただ彼女の顔から視線をそらした。
彼女の態度に苛つきたくなかった。けれど、私の感情は私の思い通りになることなく、無性にいらいらいした。
私は自分本位にも、彼女がそれを口に出したことを嫌悪した。
それから半年後、彼女は殺された。いや、正しく言うのなら、彼女は自殺したのだ。
彼女はネットで数か月前に知り合った男と心中自殺を図ったが、男は途中で怖気づき、彼女のみが死んでしまったのだ。
彼女の両親はテレビの中で、涙ながらにその男に対して憤りを表していた。心中自殺を持ちかけたのは男の方で、彼女はいままでそんなそぶりを見せることはなかったと強い口調で主張していた。
学校に行っても、彼女を憐れむ声ばかりで、思春期特有の不安定さに付け込まれたのだと誰もかれもが彼女に同情的な姿勢を見せていた。
けれど、私は知っている。男に誘われる前から、彼女がそんな願望を持っていたことを。あの言葉が私の思うような軽いものではなかったことに、私は彼女が死んで初めて思い知ったのだった。
けれども、私以外の誰もが彼女が可哀想だと言う。彼女の願いを知りもしないで、彼女は殺されたのだと声高高に訴えるのだ。
今思うと、それは彼女が私だけに明かした秘密だったのかもしれない。彼女が『死にたい』と私だけに言ったのは、私が常日頃からそんなことを考える人間であることを彼女は見抜いていたのかもしれない。
いや、そうじゃない。あの時感じた悪寒を私は思い出した。
苛立ちにまぎれて、わずかに感じていた戸惑いと不安。あの正体を、私は今になって知った。
彼女は私に、一緒に『死にたい』と言っていたのだ。
貴女の言葉を思い出す 根倉獺 @miki-P
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