第16話:治癒魔術

20××年4月27日(日):桃源郷

            :幸徳井友子視点


【友子、大変です、1人だけ追い払いそこないました】


 スマホのロッテが珍しく焦ったように言う。


「何がどうなったの?」


【両方とも追い払おうとしたのだけれど、どれほど言葉を尽くしても、手加減して実力差を判らせても、しつこく襲い掛かって来たの】


「それで……殺したの?」


【最初は気絶させるだけで、近くの街に置いて来ようと思ったのだけれど、1人を追いかけていた方が、国の放った刺客だったの】


「国の警察ではなくて、刺客という事は?」


【そうなのよ、国の方が悪くて、逃げている1人の方を密かに殺そうとしていたの。

 刺客を生かして逃がしたら、何度でも襲い掛かって来るわ。

 追い払う度に人数を増やして、ここに押しかけて来るわ。

 それに友子なら、悪い国に殺されそうになっている人を、見捨てないと思ったの】


「それは……他人事とは思えないから、助けてあげたいと思う」


【なので、今ここに運んできているわ、直ぐにつくから覚悟していて】


「覚悟って?」


【全身傷だからけだから、治癒魔術で治してあげて】


「治癒魔術なんて使えないわよ!」


【だいじょうぶ、スマホでもタブレットでも良いから、アプリを起動させてタップすれば治癒魔術が発動するわ】


「いくらなんもでチート過ぎるでしょう!」


【そんな事ないわよ、初めて使うからまだレベル1で、大した治癒力じゃないわ】


「だったら、そんな瀕死の人を助けられないじゃない」


【それはだいじょうぶ、どうやら友子は桃源郷の妖精や精霊に好かれるみたい。

 畑に野菜の種や果樹と植えたけど、普通ならあんなに早くは育たないそうよ】


「そりゃそうでしょう、て、言っている事が昨日と違うじゃない!」


【昨日は、異世界で魔術を使ったら、あんなモノなのかと私たちも思ったのよ。

 今朝の定時連絡で、日本にいる仙人にたずねたら、全然違うって言われたの。

 全部、日本から桃源郷に来た友子が妖精や精霊に好かれているかららしいよ。

 だからレベル1の治癒魔術でも、とんでもない効果があるかもしれないわ】


「何ていいかげんな、言っている事が支離滅裂、ロッテらしくないわよ」


【私だけじゃなくて、他の3人もこれまでとちょっと変わっているの。

 と言うか、検索すれば正解を探せた地球と、地球の知識と仙人から聞いた事から推測するしかない桃源郷では、言動や行動が変わってしまうわ】


「なるほど、自信満々に答えられなかったり、自信満々に答えた事が間違いで、修正する事があるのね」


【そいう言う事、性能の劣るAIアシスタントと同じなの、だから色々と腹の立つ事が起こると思うわ、覚悟しておいてね】


「分かった、間違いや修正や誤魔化しくらいなんでもないよ。

 ロッテとセバスとフェルとヴィアが側にいてくれるだけで幸せ。

 これまでと違って、スマホやタブレットからの音声だけじゃなく、触って確かめられる甲冑にいてくれるから、物凄く安心できる」


【まかせなさい、姿かたちは変わっても、ずっと側にいるわ。

 フェルが追われていた人を連れて来たわ、直ぐに回復魔術をかけて】


「分かった、任せて」


 私はそう言って、ロッテのスマホを使ってアプリを起動させた。

 物凄く分かり易く、1度起動させたらストレージに並んで治癒魔術がある。

 他にも攻撃魔術や補助魔術が並んでいる。


「ヒール、ヒール、ヒール、ヒール、ヒール……」


 ロッテが教えてくれたので、妖精や精霊に助けて欲しい手伝って欲しいと、心から念じながらヒールをタップし続けた。


 少しだけやった事のある、ゲームの呪文を無意識に口にしならが、心を込めて妖精や精霊に助けを求めた。


 パパパパッパッパー


 古いゲームのレベルアップ音声が桃源郷の草原に鳴り響く。

 その場の雰囲気に全くそぐわない音に、思わず緊張の糸が切れた。

 ようやく、フェルが運んできたケガ人を、人として見る事ができた。


 パパパパッパッパー


 映画で見るような、中世ヨーロッパの王侯貴族が着るような服装が、最初に目に入った、次にその服が所々切り裂かれ、血塗れになっている事に気が付いた。


 パパパパッパッパー


 輝くように黄金の髪も、べっとりと血にまみれている。

 血管が透けるような白い顔も、固まった血と鮮血に彩られている。

 血と泥に汚れているけれど、思わず息を飲むほどの美男子だった。


 パパパパッパッパー


【友子、ヒールを続けて、まだ助かってないわよ】


 ロッテはそう言うけど、レベルアップ音声と美男子が気になるんですけど!


「ヒール、ヒール、ヒール、ヒール、ヒール……」


 パパパパッパッパー


【やったね、立て続けのレベルアップ、これでストレージの時間が止まるわよ】


 パパパパッパッパー


 緊張感を削ぐレベルアップの音が何度も何度もキャンプ地に鳴り響く。

 こんな短時間にレベルアップするのだから、妖精と精霊が手助けして、とても効果のある治癒魔術を使っているのだと思う。


 それなのに、透き通るよう肌は、一向に赤みが戻らない。

 死人のような青白い肌のまま、ピクリとも動かない。

 棺に入った父を思い出して、心臓が締め付けられるような思いになる。


【だいじょうぶよ、ちゃんと治癒魔術は効いているわ。

 ただ、あまりにも多くの血を失ったから、身体が治っても健康ではないの。

 固形物を食べさせるわけにはいかないから、経口補水液を飲ませるわ。

 それまでの間、友子は少し休んでいて】


 ロッテがそう言うと、私の護衛に残っていた家康君の4領の内2領が、テントの1つから経口補水液と常温保存パウチ食材を運んできた。


「固形物は口にさせないのよね?」


【最初は経口補水液だけ口にさせて、ある程度快復したら、固形物を食べさせるわ。    

 何度も往復するのは愚かだから、同時に運んでいるの】


「分かったわ」


【ちょうど良い機会だから、友子の治癒魔術を最高レベルまで上げるわよ】


「ロッテがそう言うと、私のレベル上げの為にこの人を助けたように聞こえるんだけど、本当の所はどうなの?」


【ノーコメントよ】


20××年4月27日(日):桃源郷

            :ロッテことロッテンマイヤー(幸徳井栄子)視点


【皆殺しにしたのは良いけれど、ろくな武器も防具も無いわね】


⁅しかたないさ、大半は欲に目がくらんで襲って来た農民だ⁆


 お爺さんの言う通り、貴族である領主と護衛の騎士以外は農民だった。

 領主と騎士2人は全身鎧と剣を装備して馬に乗っていた。

 だが農民兵は、布を数十枚も重ねた布鎧、ガンベゾンしか装備していない。


 中には鍋蓋のようなケトルハットや槍を持っている豊かな農民もいるが、大半は布の帽子と棍棒しか持っていない。


【ですがこれでは、補助霊を入れて動かせませんよ】


⁅だいじょうぶだよ、友子の前に出さなければ、顔がなくても手足がなくても、敵を殺せさえすればいいのさ⁆


【それもそうですね】


⁅これで、外周を守らせる兵士が手に入った、友子に無駄遣いをしていると思わせなくてすむ⁆


【あの子は、あの女の所為で、自分の為にお金を使うのを罪悪と思うようになっていたから、普通の女の子のようにオシャレや遊びにお金を使わせるのに、ずいぶん苦労しましたからね】


⁅社会人になって、ようやく年頃の女性としての身嗜みにお金を使えるようになったけれど、今でもロッテが背中を押してやらないと、高い物を買わないからな⁆


【不幸中の幸いと言うのは嫌ですが、命を守るのに必要なお金と言えば、高い物を買ってくれるようになりましたからね】


⁅お金という感覚が少ない、この世界の金で買い物をさせる様にしようじゃないか⁆


【そうですね、この世界の神様に御願いして、レベルを上げる条件でECサイトを充実させてもらいましょう】

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