証言者は最後に「ナイス、バルク!」と言った

月井 忠

一話完結

「僕、嘘ついてないもん!」

 カーテンレールから垂れ下がるソレに向かってショウスケは小さな背を伸ばす。


「我はここから動けないというのに?」

 ティッシュで細工されたソレは月明かりに照らされた体をぶらぶらと揺する。


「ママのヨーグルトを食べたのはジェフリーだもん!」

「ハハハッ、我はプロテインしか口にしない!」


 ジェフリーは不敵に笑い、ダブルバイセップスを決める。


「僕じゃないもん」

「大胸筋に手を当てて考えるといい、君は昨日腕立て伏せをサボらなかったか?」


 従うつもりはなかったのに、ショウスケの手は胸に当てられていた。


「悪いのはママだもん」


 背中を丸め、絨毯に目を落としたままたショウスケは扉に手をかける。

 振り向くと窓の上には漆黒に染まったソレが未だ揺れていた。


 ショウスケは足音を立てないようリビングへと続く廊下を進む。

 二人の声がだんだん大きくなってくる。


「ねえ、私心配なのよ! あの子絶対取り憑かれてしまったのよ!」

「君は知らないだろうが、俺はマングースに取り憑かれたことがある。あの時はきつかった」


 ガラス戸からフローリングに照明が漏れていた。


「運動会が晴れるようにって。アレがあんなことになるなんて」

「運動会っ! 青春の日は遠い過去に消えてしまったね。懐かしいよ」


「気がついたら手足が生えて……日に焼けて真っ黒になって……アレはてるてる坊主なんかじゃないわ、ただのムキムキマッチョよ!」

「そうだね。僕も叶うならマッチョになりたかった。今からでも遅くないかな? どう思う?」


「違うよママ!」

 張り裂けそうな思いを解放し、ショウスケは飛び出した。


「ショウちゃん! 聞いてたの?」

「壁に耳あり、不祥事にメアリーってね。ははっ。どうだい? 面白いだろう?」


「違うのよショウちゃん。ママたちはショウちゃんのことが心配で――」

「ううん、ごめんねママ。ママのヨーグルトを食べたのは僕なんだ。ジェフリーじゃないんだ」


 ショウスケのまっすぐな目は夫婦の口を閉じさせた。


「僕、ママがお仕事大変だってこと知ってた。でも。それでも、ママに振り向いて欲しくって。ごめんなさい。ヨーグルト食べたの僕なんだ」


「いいのよ、ショウちゃん。ヨーグルトなんてまた買ってくればいい。それより、ホントのこと言ってくれてありがとう。偉いわ」


「そういえば、昔カスピ海ヨーグルトってあったよね? 無限増殖するやつ。急に食べたくなったなあ。今度買ってくるよ」


 家族の幸せな夜は更けていく、ティッシュのボディを持った彼を残して。




「ねえジェフリー」

 扉を開けたショウスケの目には真っ白なティッシュ製のてるてる坊主だけが映っていた。


「そんな! ジェフリー? どこ行ったの? また筋トレの話してよ! ねえジェフリー!」




 ジェフリー(日本人)は一人、太陽の下を飛んでいた。

 彼自身、どこから来てどこに行くのかわからない。


 ただ目的だけが彼の大胸筋に秘められていた。


 次の依代を求めて、騙されやすい子供を求めて、そしてマッチョだけの新世界を求めて。

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