第7話「王都ルミナリア」
アリシアもその背を追い、静かに王都の門へ向かった。
そして――程なくして、彼女はその前に立つ。
王都へ続く巨大な門は、まるで山のようにそびえ立っていた。
灰色の石を積み上げた重厚な造りで、中央には王国の紋章が彫られ、
両脇には武装した門兵が立っている。門の上部には見張り台があり、
弓を携えた兵士たちが往来を見下ろしていた。
高さは三階建ての建物をゆうに超え、幅も馬車三台が並んで通れるほど。
城壁に繋がる巨大な門は、長年の風雨にもびくともしない威厳を放っている。
そんな王都の玄関口をくぐる瞬間――。
「さぁ着いたぞ! ここが王都、ルミナリアだ!」
アンクの声に、アリシアは思わず視線を上げる。
門をくぐった途端、
――世界が一気に開けた。
目に飛び込んできた王都の景色は、一言では言い表せないほど賑やかだった。
大通りの両側には商店や露店がずらりと並び、
人々の声と匂いと熱気が入り混じっている。
旅人を乗せた馬車や荷車、それに荷を運ぶ大きな犬が行き交い、
街の外とはまるで別世界だった。
少し奥へ視線を向けると、街並みの向こうに大きな建物がいくつも見えてくる。
中央には白い城がそびえ、
手前には塔のある建物――まるで学院か研究所のような施設があり、
その周囲には立派な屋敷がいくつも重なっていた。
門の外からでは見えなかった“奥の広さ”と“中心の高さ”が一気に押し寄せ、
アリシアは小さく息を呑む。
庶民の街並みのにぎわいから、奥に行くほど格式が上がっていく――
そんな層になった都市だということが、ざっくり眺めただけでも分かった。
「これが今の王都……ルミナリア……」
アリシアが感嘆の声を漏らすと、アンクが手前の建物を指差す。
「あぁ。そこに見えるデカい建物がルミナリア王立魔導学院だ。
魔物の異変について知りたけりゃ、まずはそこに行くといい。
そんで――いちばん奥に見える、あのデカい城。
あれが王族が暮らすルミナリア城だ。
さっき話した事件について知りたいなら、あそこに行くのが一番だ。」
アリシアは説明を聞きながらアンクの方へ目を向け、小さく頷いた。
王都の光景と、アンクの言葉が胸の奥で静かに結びついていく。
「はい! ありがとうございます!
まずは王女様のことが心配ですし、お城方面を目指してみたいと思います!」
「だな。まぁ嬢ちゃんならそう言うと思ったぜ。」
ふたりは笑い合い、ほんの短い間を置く。
そしてアンクがふっと表情を緩めて口を開いた。
「じゃあ俺はこの辺で失礼するぜ。ちょっと用事があってな。」
「はい! ここまでご一緒して頂き、ありがとうございました!
アンクさん、どうかお気をつけて!」
「嬢ちゃんも気をつけろよ。……またな。」
アンクは軽く手を振ると、迷いなく人混みの中へ歩き出した。
その背中をしばらく見守ったあと、
アリシアは王都の中心へと足を踏み出す。
……八十年で、こんなに変わっちゃうんだ。
そんな思いを胸に、馬車や人が行き交い、
露店の喧騒が響く大通りの中をゆっくりと歩き始めた。
(今夜泊まる宿を探さないと……でもまずはお金が先ね。
どこかお仕事を紹介してくれるところはないかしら……)
そう考えながら歩いていると、
ひとつの露店の前を通り過ぎようとした瞬間――。
「あらあら、そこの可愛い子!」
明るい声に気づき、アリシアは振り返る。
「そう、あなたよ! ちょっといいかい?」
おいでおいで、と手招きしているのは、露店の女主人だった。
「わ、私ですか!?」
アリシアは驚き、自分を指さす。
「そうよ!」
女主人の勢いに押され、アリシアは戸惑いながら近づいた。
「あら、本当に可愛くて綺麗な娘だわ。どこの娘?」
「……その、さっき着いたばかりで」
「あら、じゃあ旅の娘かしら。そうよね、こんな可愛い娘がいたら街中噂になってるわね。」
アリシアは照れくさそうに微笑む。
それを見た女主人は、嬉しそうに笑った。
「可愛い子には旅をさせよとは、よく言ったものね。今日はいい日だわ、
こんな素敵な娘に出会えるなんて。」
「そ、そんな……でも、嬉しいです……!」
顔を赤くしながら言うアリシアに、女主人はますます笑顔を深めた。
「そういえば、何か探してるみたいだったけど、なにを探してたんだい?」
アリシアは街の人に聞くのが早いと思い、素直に口を開く。
「実は……いま、お金がなくて……お仕事を探さないといけなくて……
“職務紹介所”のようなところを探していました。」
「あぁ、そういうことなら……職業ギルドはそこの建物だよ!」
女主人が指差した方向には、確かにそれらしい建物が立っていた。
アリシアはそちらを確認し、明るい表情で女主人を見る。
「助かりました。ありがとうございます!」
軽く会釈をして歩き出そうとした、その時。
「そうだ、ちょっと待ってね!」
女主人は自分の店の焼き菓子からクッキーを取り出し、
紙袋にいくつか入れると、アリシアへ差し出した。
「これを、持っていってちょうだい!」
「あ、いえ、そんな……教えていただいた上に、食べ物まで……いただけません!」
「いいのよ! 大したものじゃないけど、持っていってちょうだい!」
困惑するアリシアの手に、半ば強引に紙袋が押し付けられる。
「えっ……ありがとうございます。でも……お金は、近いうちに必ず……」
「いいの! そんなの気にしないで!
若い子が遠慮してどうすんの!!
また顔を見せに来てくれるだけで十分だよ。
気をつけて行っといで!」
アリシアは小さく頭を下げ、女主人に微笑み返すと、
袋を胸に抱えてギルドへ向かった。
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