『エモゼロ』と呼ばれている日吉さん、今日も無表情でうれしそうです。~ついつい世話を焼いてしまうんだけど、いちいち反応がかわいいから困る~

なかむらみず

第1話 俺の彼女になにか?


 隣のクラスの女子、日吉ひよし莉帆りほ

 彼女を初めて見た時、儚いと思った。


 高校入学してすぐの頃。中庭に繋がる渡り廊下、なんとなく目を向けた外に彼女――日吉が立っていた。

 日吉は青い空を見上げて、そっと目を閉じた。

 眩しさに細めるというより、まるで何かを祈っているかのようで。その横顔に俺は儚い、と。ぼんやり思った。


 一五〇あるかどうかの低い身長、華奢な体。肩下くらいの柔らかそうな髪は、光を受けるとまるで水面みたいにきらめいた。

 細くて長いまつげが白い肌に影を作って。ほんのり色づいた小さな唇が何かを呟いた気がしたけど、聞こえなかった。



 一方的な再会は数日後、隣の教室で姿を見た。賑やかな中でひとり、静かに読書していた。

 彼女の評判を耳にした。暗くておとなしくて表情がいつも一定らしく、笑うのを見た者は誰もいないだとか。

 最後のはちょっとな。嫌な盛り方をしてるのでは? と思う。

 まぁ、そんな噂のおかげ(?)で名前を知った。


 あっちは俺を知らないだろう。俺も、何か特別な気持ちで彼女の存在を認識しているわけじゃない。

 顔と名前を知っている、それだけ。


 そんな日吉と言葉を交わす日は、突然やってくる。



 ***



 夕食後。俺はふらふらと散歩に出た。

 街灯がまばらな住宅地を抜けて小さな公園を横目に進む。緩やかな坂を下りながら眼下を眺めた。生活の光、走る車のライトが瞳を揺らす。

 この景色が好きだ。


 ……にしても、


「あちぃ」


 夏休みは終わったというのに残暑の厳しいこと。夜はアスファルトの熱が冷めるようになってきたけれど、こうして歩いていれば額にじんわりと滲むものがある。

 そろそろ夜の散歩が気持ちいい頃だと思って出たのに。まだ早かったな。


 坂を下りきる直前、道に光が広がった。コンビニだ。

 少し涼ませてもらおう。俺は迷わず左折した。


 広くはない駐車場に入ると入口の手前に男が二人いた。「いいじゃん、遊ぼうよ」「帰るんなら送ろっか、乗りなよ」と声が聞こえる。

 入口へ近づくと男二人の奥に俯いた女の子が見えた。

 ここらは市内でものどかな地域(田舎ともいう)なんだが、こんな場所でナンパとは。


 もう少し先まで行けば大通りで、駅前に繋がっている。もちろんコンビニはあるし娯楽施設もある。繁華街は賑わっているだろう。

 乗りなよということは車なのだろう? あぁ、一台止まってるアレかな。その愛車でさっさとそちらに行けばよろしいのに。

 心の中で舌打ち。だけど俺には関係のないことだ、視線を外しコンビニへ入った。


「いらっしゃいませー」


 思ったより体は熱くなっていたらしい、前髪をかきあげると息が漏れ出ていった。ハァ、涼しい……。

 さて。ただ涼むだけというのも申し訳ない、何か飲み物でも――。足を飲料コーナーへ向けると、視界の端にガラスの向こう側が映った。


 入口そばの外の世界は、さっき見たものと変わっていない。

 でも、店内の光が俯く女の子の顔をしっかりと照らして、さっきよりも様子がハッキリわかる。

 白のパーカーにショートパンツ姿。手にはここで買ったと思われる商品が握られている。

 そして。女の子の小さな体が小刻みに揺れていた。


 ちっ、と唇から小さな音が出ていく。

 ほぼ同時に体が動いていた。



 俺、三坂みさか侑馬ゆうまは己の安寧を何より大事にしている。

 無駄な争い、無用な刺激はいらない。適度に退屈なのが平穏に過ごせるコツなんだと思う。


「ありがとうございましたー」


 真っ直ぐな男である、と胸を張れるほどではないけど軽薄ではない、と思う。思いたい。

 嘘も多分下手だ。面倒だからつかないけど、上手にはできないだろう。


 だから、


「あの~、俺の彼女に何か?」


 思考したわけでも準備したわけでもない嘘を笑顔で自然に発せられたことは、我ながら驚いた。

 男二人が振り返る。その隙間から俺は女の子――日吉の隣へ滑り込むように並んだ。

 頼む、あっさり退散してくれ。そんな願いを笑顔に込めて男らと向き合う。

 そしてそれは、


「なんだよ、男いんじゃん」


 通じた!

 ぽつり言うと男らはコンビニへ入っていって、俺はほっと胸をなでおろす。

 しかしのんびりはしていられない。

 まず日吉に自分の身分を明かさなければ。彼らと同じ目的だと思われてはかなわん。


「突然ごめん。日吉、さんだよね。俺、高校が一緒で。怪しい者じゃないです。あ、ナンパでももちろんないんで」

「……」


 変わらず俯いていてどんな表情をしているかは不明だ。

 だが俺は止めたかったんだ。

 ナンパ男二人よ、邪魔されたなんて苛立ってくれるなよ。なんなら感謝してほしいくらいなんだから。


「あ、のさ。それ、しばらく開けない方がいいと思うよ」


 俺は日吉の手に握られているモノを指さす。そこでようやく、彼女の振動が止んだ。

 日吉の手にあるのは炭酸飲料だ。

 俺はガラス越しにハッキリ目撃した、日吉が太ももの辺りでコレを左右に振っているのを。


「ぶしゃっといっちゃうよ」

「……そうですね、せっかく買ったのにもったいない」

「余計なことかもだけど。そういう撃退法は、危ないからやめようね」

「……」


 否定しないということはやっぱりそうだったのか。俺は安堵の息を吐いた。

 日吉は相手へ炭酸をぶちまけるつもりだったんだ。

 もしそれが実行されていたら――彼らのへらへらした顔は怒りに変わっただろう。

 言葉だけで済むとは限らない、どんな目に遭っていたか。想像するだけで不快な気持ちが胸に広がる。


「逃げるには目つぶしが最適かと思ったんですが」


 あ、ぶちまけるんじゃなくて眼球狙うつもりだったの?

 炭酸でそんな的確に狙えるかな、無理じゃないかな。











――――――――


 お久しぶりです、なかむらです。

 近況にも書きましたがゆっくりと再開していきたいと思います。

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『エモゼロ』と呼ばれている日吉さん、今日も無表情でうれしそうです。~ついつい世話を焼いてしまうんだけど、いちいち反応がかわいいから困る~ なかむらみず @shiratamaaams

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