第22話 浄化のための特別素材
「この街の近くに、魔力を豊富に含んだ、特殊な鉱石が採れる場所ってありますか? できれば……月の光を浴びて、その力を蓄えるような、そんな石が」
俺の真剣な問いかけに、工房の入り口で固まっていたリリアは、ぽかんとした顔で数回まばたきをした後、ポンと手を打った。
「月の光を蓄える石……? ああ、『月光石』のことね! それなら知ってるわよ! 街の西にある『月光の洞窟』で採れるって、ギルドの資料で読んだことがあるわ!」
「本当ですか!?」
思わぬ情報に、俺はパッと顔を輝かせた。
最高の『食事』を作るための、『器』が見つかったんだ。
あの杖の、乾ききった喉を潤すための聖水。それを生成するには、ただの浄化エネルギーだけじゃ足りない。月の魔力を宿した『月光石』を触媒にして、エネルギーを増幅・変質させる必要がある。俺の直感が、そう告げていた。
「よし、決まりね! 早速準備して、その洞窟とやらに向かうわよ!」
リリアが、頼もしく腕まくりをする。
……ん? 準備して、向かう?
俺も?
「む、む、む、無理です! またダンジョンですか!?」
俺は思わず絶叫していた。
脳裏に、先日訪れた『嘆きの洞窟』の光景がフラッシュバックする。薄暗い通路、不気味な魔物の咆哮、そして血の匂い……!
「俺、この前ので一生分の恐怖を味わったんですけど! しかも、今度は俺が素材を取りにいくって……! 無理です、絶対無理です! 開始3秒でゴブリンに食われて生涯を終えます!」
俺がカウンターの下に蹲って頭を抱えると、リリアは心底呆れた、という顔で俺の首根っこを掴んで引きずり出した。
「何言ってんのよ! あんたが浄化するために必要なんでしょ! それに、あたしたちがついてるんだから、心配いらないって!」
「そうですわ、アラタ様」
セナさんも、優しく微笑みかけてくれる。
「アラタ様のお側は、私たちが万全の態勢でお守りいたします」
「……アラタは、後ろに。私が、盾になる」
クロエさんも、力強く頷いてくれた。
ぐぬぬ……。
こんな美少女三人に、キラキラした信頼の眼差しを向けられて、断れる男がいるだろうか。いや、いない。
俺は、屠殺場に引かれていく子羊のような気分で、こくりと頷くしかなかった。
◇
というわけで、俺たちは『月光の洞窟』を目指して、街の西にある森の中を進んでいた。
もちろん、『アクア・リバイブ』の店先には『本日は臨時休業』の札を掲げて。
「ひぃぃぃ……! 今、なんか草むらがガサッて……!」
「それはただのリスよ、リス! いちいち悲鳴を上げないでちょうだい!」
リリアに怒鳴られながら、俺はガタガタと震えていた。
ダメだ……やっぱり、こういう場所は性に合わない……。早く工房に帰って、引きこもりたい……。
「……見えてきましたわ。あれが、目的地の洞窟へと続く道です」
セナさんが指差す方を見ると、道の先に、不気味な紫色の霧が立ち込めているのが見えた。
そして、その手前には、見るからに毒々しい、緑色の沼が広がっている。
「うわっ……毒沼に瘴気エリアのコンボじゃないの……」
リリアが、げんなりした顔で呟く。
「ここは高レベルの冒険者でも、解毒薬と瘴気対策の魔道具がないと突破は難しいわよ。どうする……?」
リリアが真剣な顔で対策を練り始める横で、俺は目を輝かせていた。
(おお……!)
俺は、恐怖も忘れて一歩前に出る。
「ちょ、アラタ! 危ないわよ、その沼に触れたら……!」
「大丈夫です」
俺は、リリアの制止を笑顔で遮った。
俺の目には、目の前の光景が、ただの『汚れ』のフルコースにしか見えない。
(すごい……。この沼は、鉱物系の毒と、生物系の腐敗毒が混ざり合った、複合的なヘドロ汚れだ。そして、あの瘴気は……長年蓄積された、湿気とカビの集合体……! まさに、風呂場の排水溝と、開かずの間の押し入れを一度に掃除するようなものじゃないか……!)
武者震いが止まらない。
これは、浄化師としての腕が鳴る。
「ちょっと、見ててください」
俺はそう言うと、両手を沼と瘴気エリアの方へと向けた。
そして、意識を集中させる。
まずは、沼のヘドロ汚れからだ。
これは、強力な洗剤で、汚れの分子構造そのものを分解して洗い流すイメージ。
《広域浄化 -ワイド・クレンズ-》!
俺の手のひらから、純白の光の奔流が放たれる。
光が毒沼に触れた瞬間、ジュワァァァッ!と激しい音を立てて、緑色の水面が沸騰し始めた。
そして、見る見るうちに、その毒々しい緑色は薄まっていき、数秒後には、ただの澄み切った水たまりへと変貌していたのだ。
「「「…………え?」」」
リリアたちが、呆気に取られた声を上げる。
だが、まだ終わりじゃない。
(次は、あのカビ臭い瘴気だ。こっちは、消臭スプレーのように、原因菌を根こそぎ消し去るイメージで……!)
俺は、浄化エネルギーの性質を、粒子状の光の霧へと変化させる。
霧が、立ち込めていた紫色の瘴気の中へと拡散していく。
すると、まるで太陽の光に晒された朝霧のように、あれほど濃密だった瘴気が、跡形もなく綺麗さっぱりと消え去ってしまった。
後には、木々の匂いと、土の匂いが混じった、清々しい森の空気だけが残されていた。
「…………」
「…………」
「…………」
三人は、完全に言葉を失っていた。
目の前で起きた奇跡が、信じられない、という顔だ。
「す、すごい……。あんなに危険な毒沼と瘴気エリアが、一瞬で……」
やがて我に返ったリリアが、信じられないものを見るような目で俺を見た。
「あんたのスキル、戦闘だけじゃなくて、こういう障害も無効化できるのね……。反則すぎるでしょ……」
「アラタ様……本当に、神の御業ですわ……」
セナさんが、うっとりとした眼差しで俺を見つめている。
「……アラタ、すごい」
クロエさんも、尊敬の念を込めて、短く呟いた。
「い、いえ、そんな大したことじゃ……。ただ、汚れがひどかったので、洗っただけですから」
俺が謙遜すると、リリアは「それが大したことなのよ!」と、盛大にツッコミを入れてくれた。
こうして、俺たちは本来なら高レベルパーティーでも苦戦するはずの難所を、いともたやすく突破し、『月光の洞窟』の入り口へとたどり着いた。
そこは、岩肌が剥き出しになった、大きな洞穴だった。
だが、その入り口の様子は、どこかおかしい。
「……なんだか、嫌な感じがするわね」
リリアが、警戒を強めて呟いた。
洞窟の入り口が、まるで生き物のように、黒くねじくれた茨で、びっしりと覆い尽くされていたのだ。
茨は、時折、脈打つように、微かに蠢いている。
そして、俺はその茨から、ハッキリと感じ取っていた。
工房の作業台の上に置いてきた、あの杖と、全く同じ種類の『汚れ』の気配を。
(まさか……この茨は……!)
俺たちがゴクリと喉を鳴らした、その瞬間。
入り口を塞いでいた茨の中から、一際太い蔓が、まるで蛇のように鎌首をもたげ、俺たちを威嚇するように、ザワリ、と揺れた。
まるで、侵入者を拒む、洞窟の番人のように。
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