家族から「社会のゴミ」と罵られ、【洗い物】だけが役割だった引きこもりニートの俺が、【万物浄化】スキルに覚醒し、唯一無二の『聖具師』として世界一の専門店を経営することになった件
第15話 復活のクリムゾン、轟く浄化師の伝説
第15話 復活のクリムゾン、轟く浄化師の伝説
「――というわけで、明日は朝イチでダンジョンよ! アラタも準備しといてね!」
リリアの快活すぎる宣言が、宿屋の一室にこだました。
準備? 準備ってなんだ? 俺にできる準備なんて、せいぜい心の準備くらいだが、それすらもうキャパオーバーでショート寸前だ。
「む、む、む、無理です! ダンジョンって、あの魔物がうようよいるっていう死地ですよね!? 俺みたいな一般人が行ったら、開始5秒でスライムに溶かされて生涯を終えます!」
俺はブルブルと首を横に振って、全力で拒否の姿勢を示す。
冗談じゃない。俺の戦闘スキルは【万物浄化】だ。汚れているものを綺麗にするだけで、魔物を倒せるわけじゃない。聖剣エクスカリバー・ゼロとかいう物騒なものは持っているが、そもそも剣なんて握ったことすらないのだ。
「大丈夫よ! 戦闘はあたしたちに任せて! アラタは後ろで見てるだけでいいから!」
「それが無理なんです! 俺、血とか見るの苦手で……」
「あの……アラタ様」
俺がなおも食い下がっていると、おずおずとセナさんが俺の前に立った。浄化されたサークレットが、彼女の美しい銀髪の間でキラリと輝いている。
「私たちが、どれだけ強くなったか……それを、あなたのその目で、確かめてはいただけませんか? あなたが、私たちに何を与えてくれたのかを」
その潤んだ瞳で見つめられると、俺の貧弱な抵抗力は著しく削られていく。
「……アラタのおかげで、また守れる」
追い打ちをかけるように、俺の隣に立ったクロエさんが、生まれ変わった『神護の大盾』を抱きしめながら、ぽつりと呟いた。その真っ直ぐな瞳には、絶対的な信頼が宿っている。
「うっ……」
ダメだ。逃げ道がない。
美少女三人にこんな顔をされたら、断れる男がいるだろうか。いや、いない。
「……わ、分かりました……。ほ、本当に見てるだけですからね……?」
俺が蚊の鳴くような声で了承すると、リリアは「やったー!」と満面の笑みを浮かべ、セナさんとクロエさんも嬉しそうに微笑んだ。
こうして、俺のダンジョンデビューは、半ば強制的に決定してしまったのだった。
◇
翌朝、俺たちは冒険者ギルドを訪れていた。
Aランクへの復帰試験を受けるためだ。
昨日とは打って変わって、俺たちに向けられる視線は、好奇と、畏怖と、そして若干の困惑が入り混じった複雑なものになっていた。
「おい、あれが昨日の……」
「固有神聖スキル持ち、だろ……? 見た目はただの浮浪者だが……」
ひそひそと交わされる会話が耳に入ってくるが、もはや気にする余裕もない。俺の意識は、これから向かうダンジョンへの恐怖で完全に支配されていた。
俺たちが挑むのは、『嘆きの洞窟』。
かつて『クリムゾン・エッジ』が呪いを受け、敗走した因縁のダンジョンだ。
「よし、行こうか!」
リリアの掛け声と共に、俺たちは洞窟の入り口へと足を踏み入れた。
ひんやりとした湿った空気が、肌を撫でる。奥からは、不気味な魔物の咆哮が微かに聞こえてきて、俺は今すぐ家に帰って物置に引きこもりたくなった。
「大丈夫。アラタは、私たちの背中だけ見てて」
リリアが、俺を安心させるように振り返って笑う。その背中は、昨日までの悲壮感など微塵も感じさせない、頼もしいリーダーのそれだった。
洞窟の最深部。そこに、試験の対象であるボスモンスターが待ち構えていた。
以前、彼女たちを絶望の淵に叩き落とした、呪いを振りまく巨大なゴーレム、『カースド・ガーディアン』だ。
「グルオオオオオッ!」
ゴーレムが咆哮と共に、呪詛のオーラをまとった巨大な岩の拳を振り下ろす。
かつて、この一撃がクロエさんの足を砕き、リリアに重傷を負わせたのだろう。
「クロエ!」
「……任せて!」
リリアの指示に、クロエさんが一歩前に出る。
彼女は『神護の大盾』を構え、真正面からその攻撃を受け止めた。
ゴンッ!!!
凄まじい衝撃音が洞窟内に響き渡る。
だが、クロエさんの体は、一歩たりとも揺らがなかった。
それどころか、大盾に描かれた黄金の紋様が、まばゆい光を放ち始める。
「なっ……!?」
俺が驚愕する暇もなく、クロエさんが叫んだ。
「お返し、します! 《フルカウンター》!」
大盾が吸収した衝撃エネルギーが、圧縮された光の奔流となってゴーレムへと逆流する。
ドゴォン! と、ゴーレムの巨体が大きくよろめいた。
(す、すげぇ……! あれが、俺が洗った盾の力……!?)
「今よ、セナ!」
「ええ! 「叡智の風よ、彼の者を縛る鎖となれ」――《エア・バインド》!」
セナさんの詠唱が、淀みなく響き渡る。
サークレットの宝石が輝き、彼女の思考を加速させているのが分かった。以前なら数秒はかかったであろう中級魔法が、まるで初級魔法のように瞬時に発動する。
見えない風の鎖が、よろめいたゴーレムの全身を完全に拘束した。
「仕上げはあたしね!」
リリアが、地面を蹴った。
速い。目で追うのがやっとだ。
左腕に装着された『神速の籠手』が、紅蓮の闘気を迸らせている。
「喰らいなさいッ! 【神速連撃(アクセル・ラッシュ)】!!」
リリアの剣が、閃光と化す。
一撃、二撃、三撃……もはや何回斬りつけたのか分からないほどの、嵐のような連撃がゴーレムの胴体に叩き込まれていく。
そして、最後の一撃が振り抜かれた瞬間。
ゴーレムの巨体は、一瞬の静寂の後、まるで砂の城のようにガラガラと崩れ落ちた。
……瞬殺。
あれほどパーティーを苦しめたボスモンスターが、完璧な連携の前に、わずか数十秒で塵と化したのだ。
俺は、その光景を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
◇
その頃、冒険者ギルドのホールでは、壁に設置された巨大な水晶板に、その一部始終が生中継されていた。
「う、嘘だろ……カースド・ガーディアンを……瞬殺だと!?」
「なんだあの連携は……! 昔の『クリムゾン・エッジ』より、遥かに強いぞ!」
「リリアの剣速、セナの詠唱速度、クロエの防御力……全部、異常だ!」
ホールにいた冒険者たちは、信じられないものを見る目で、水晶板に釘付けになっていた。
昨日まで「落ちこぼれ」と嘲笑していたパーティーが見せた、圧倒的な復活劇。
その原因が、あの薄汚い身なりの男にあるという事実を、誰もが認めざるを得なかった。
「まさか……本当に、あの男が……」
「呪われた装備を浄化するだけで、あそこまで強くなるのか……?」
「浄化師……? いや、そんなレベルじゃねえ……あれは、神の御業だ……!」
噂は、瞬く間にギルド中に、そして街中に広がっていく。
落ちこぼれパーティーを、一夜にして最強の一角へと蘇らせた、謎の『浄化師』がいる、と。
その喧騒の中、ホールの隅で一人、カイン・フォン・アークライトが、屈辱に顔を歪ませながら水晶板を睨みつけていた。
(あの汚物が……! あの汚物さえいなければ……!)
彼のプライドは、完全に打ち砕かれていた。
だが、その瞳の奥では、嫉妬と憎悪の炎が、より一層激しく燃え盛っていた。
一方、そんなこととは露知らず、俺はリリアたちに腕を引かれ、意気揚々とギルドへと帰還していた。
そして、ギルドの扉を開けた瞬間、俺は昨日とは全く違う種類の視線に晒されることになる。
畏怖、尊敬、そして……欲望。
誰もが、奇跡を起こす男を一目見ようと、俺に殺到してきたのだ。
「あ、あの、俺の呪われた剣を!」
「報酬はいくらでも払う! どうか私の鎧を!」
「ひぃぃぃ! ち、近づかないでくださいぃぃ!」
俺がパニックになっていると、ギルドマスターのレオルド氏が人垣をかき分けて現れた。
「見事だった、アラタ殿! 君の力は、本物だ!」
彼は満面の笑みで俺の肩を叩くと、真剣な表情で告げた。
「君の噂を聞きつけ、すでに浄化の依頼がギルドに殺到している。王都の貴族や、他国の大商人からも問い合わせが来ているほどだ。君は、もはやただの冒険者ではない。この世界が、君の力を求めているのだ」
レオルド氏が指差したギルドの依頼掲示板は、その全てが『浄化依頼』の羊皮紙で埋め尽くされていた。
それは、俺という存在が、もはや個人の範疇を超え、世界を揺るがす特異点になったことを示す、始まりの光景だった。
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