2章 束の間のモラトリアム

6話 加護が見える少女

聖ガイア歴300年 地竜の月 15日

中央都市アウロラ 教皇直轄領

マルス大聖堂


 ライオットらが通う士官学校は『マルス正教会』が運営している。


 士官学校の入学式は正教会の権威を示す為、大聖堂で行われる。


 大聖堂には、豪奢ごうしゃなステンドグラスが有り、その中心には偉丈夫が大剣を掲げ、三日月を切り裂いている。

 偉丈夫は『火と戦いの神マルス』だ。


 太古より、三日月は狩りの象徴とされていた。

 ライオットは不意に、神マルスに一滴の不快感を覚えた。




 入学式は厳かな雰囲気ではあるが、マルスは戦神であるためか、軍事色が強い特徴があり、教師陣は皆、覇気がある。


 白髪に豊かな白髭を持つ屈強な老人が壇上だんじょうに立つ。


「諸君ッ! 本日は入学おめでとうッ! 私が校長のアルゼンタムである。これから…………」


 大聖堂内に他の物音は無く、アルゼンタムの声が良く響く。


 ライオットは退屈しのぎに教師陣にバレない様に周りを目の動きのみで、見渡していた。

 


 入学式に参加している者は全員で100人ほど。

 皆、お行儀良く座っていた。ライオットも同様だ。


 ラッツの逆立った赤髪と大きな身体は、簡単に見つけられた。

 頸はカクカクと動いているため、恐らく寝ている。


 反対にスピカは見つけられなかった。

 皆、似た様な髪色をしており、女子は背丈も似たり寄ったりだ。


 ……とライオットが思っていたら、2列前の席にフィッシュボーンのお下げ。

 彼女は真面目に話を聞いている様だ。


 友人を見つけ、なんとなく安堵していると、左隣から紙片が回ってきた。


 思わず隣を見ると、白いウェーブの豊かな髪を持つ女だった。

 女は笑顔を浮かべ、紙片を指差す。


"初めまして。暇だし、話さない? --デネボラ"

 

 面倒。


 話していることが教師陣にバレたら叱られ、今後の生活でも眼を付けられる。


 しかし、無視したらしたで、この女は尾を引くかもしれない。


 話したい意思を示しながらも、この場で話す事は制度上よろしく無い。

 これを簡潔に伝える必要がある。


"後で話そうよ"

 すぐに、隣から返事がきた。

"名前は?"


"俺はライオット。話はこれでおしまい"

"ライオットよろしくね。それより先生話長いね 私も寝そう"


 我が強い。


 彼女が飽きるまで、話に付き合うことにした。


"私も?"

"ほら、あそこの赤髪の男の子。船漕いでる"


"ラッツめ"

"知り合い?"


"ここに来る乗り合い馬車で仲良くなった"

"いいなぁ。どこの地方から来たの?"


"コンコルディア。南西の方から"

"私はマリナポルタの真ん中。領地は大体港町"


 マリナポルタ……南部の海があったところか……とライオットは思い返した。


"デネボラも乗合馬車で来たのか?"

"私はウチの馬車で来たの"


「…………と、歴史は諸君の代まで続くものである。諸君の活躍による、国の発展とマルス様の教えの伝道を願っておる。では、私の話はここまでとする」


 気がつくと、アルゼンタムは祝辞しゅくじを終え、壇上をおりていた。

 入れ替わりに、茶髪の女教師が登壇する。


 明日の集合場所などを淡々と告げている。

 必要な情報が伝えられている為、ライオット達は自然と文通をやめていた。


---


 女教師による説明が終わり、本日は解散となった。


「……終わったわね」

「そうだな。長かったな」


 デネボラとの会話もそこそこ切り上げ、ライオットがラッツ、スピカの元に向かおうとすると、

「貴方たち、ちょっとよろしいでしょうか?」


 先ほど、壇上で話していた女教師が2人に声をかけた。何故か女教師の後ろには、ラッツが控えていた。


「はい、なんでしょうか?」

 デネボラが答える。


「入学早々、文通とは関心しませんね。この後、教職室に来なさい」

「分かりましたわ」

「…………はい」


「ライオット……お前、意外とヤンチャなんだな」

「うるせえ」


---

 

 説教は大聖堂にある懺悔ざんげ室でたっぷりと行われた。


 女教師クプルは修道女も兼ねているらしく、説教は本職のそれだった。

 故事成語、偉人の伝説、建国期まで持ち出し、多角的に3人が始業式を真面目に聞かなかったことをチクチクと攻めた。


 説教が嫌いだった。

 いや、説教する者以外、好きな者はいないだろう。

 

「…………貴方たちは将来、アウロラを支えるリーダーになるためにここにいるのです。今後、あのような事は慎んでください。いいですねッ?!」


「「はい、すみませんでした」」

 不思議と3人が謝るタイミングは揃った。


「……では、行ってよし。明日から教室であいましょう」


「「失礼します」」

 3人は、説教部屋を後にした。


 説教部屋は、大聖堂の奥にあるものだった。

 

「ラッツお前、すげえ寝てたな。後ろから丸わかりだったぞ」


「昨日、なんだか寝れなくてな……それより、お前たちはなんで怒られたんだ?」


「ライオット君と文通してたの。先生たちには、しっかり見られていたわね……あ、私はデネボラ=ククルカン。よろしくね」


「アルフェラッツ=ファラスだ。ラッツって呼んでくれ。よろしくな」

 デネボラはラッツの大剣をじっくりと見つめている。


 彼女もこの大剣を羨ましく思っているのだろうか。


 そんなことより、ライオットは彼女を叱責しっせきしないといけないことを思い出した。


「デネボラ、文通は辞めておこうって言ったのに……これで先生に目を着けられたな」


「起きた事を言っても仕方ないでしょ? ……それより、中央都市を散策しましょうよッ! 私来るの始めてだし」


「どの口が……ま、俺も初めてだから、散策はしたいかな。スピカも呼ぶか」

「そうだな」


 大聖堂を出ると、スピカが腕組をして壁にもたれ掛っていた。

 しかめっ面をしており、やや疲れた表情が待ちわびた事を告げていた。


「……あんたら何したの? 赤い髪の毛の人は分かるわ。よく眠れた?」

「うるせえ」


「文通してたら見つかった。それよりもスピカ、待っててくれてありがとう。街を散策しようか」


---


 中央都市アウロラは、当然ながらどの街よりも栄えていた。

 街往く人の身なりは良いが、どこか疲れた表情をしていた。

 

 大聖堂や十字軍兵舎を始めとした主要施設と大きな市場がある。


 4人が市場に入ると、見てみると矢の束がライオットの目に入った。

 矢の束はライオットの知る相場より倍は高かった。

 

「この矢って……相場より高いですよね?」

 ライオットは不躾と思いつつも、値段の訳を店主に素直に聞いてみることにした。


「あぁ、この矢は聖別されているからねぇ。貴重だよ」

「ふむ?」


 デネボラが矢に手をかざし、目をつぶった。何かを図っているようだ。

「……確かにそうね。『氷と銀の神リゲル』の奇蹟を感じるわ」

「デネボラは、神様までわかるの?」


「まあね。教主の娘だし」

「私は分からなかった……」

 スピカは矢を見て口をすぼめた。


「……デネボラ、これ珍しいのか?」

「買えるなら、買っておいた方が良いわ」

「同感。敵対神格の品はなかなか市場に出回らない」


 デネボラとスピカは揃って口にする。

『氷と銀の神リゲル』は、アウロラとは異なる国で信仰されている神である。


「ライオットお前、この間の角狼の宝石をきっちり射抜いていただろ。必要か?」

 ラッツが疑問を口にする。


「いや……買う。この間はたまたま宝石を射抜けただけだよ。二射目は外したし……」

「それもそっか」

「謙虚ね」


「すみません、矢の束ください」

「20,000zだよ……はい毎度」


 矢は5本で20,000z……1本4,000zだ。

 ライオットは「軍資金を素直に受け取っておけば良かった」と後悔していた。


 手持ち資金が減ったことを不安に思い、何かしら働こうと考えた。

 人が大勢集まる所には、必ず何かしらの仕事は発生する。



「金持ちはいいねぇ……」

 ラッツはうらめしそうに矢の束を眺めている。


「あら? ラッツの背中のソレだって結構するわよ? 今の私でも分かるくらいにはね」

 

 スピカはラッツの背負っている『聖剣ノトス』を指さす。

 デネボラは『聖剣ノトス』を訝しげに見つめた。

 ライオットは飄々とした彼女の、その虚ろな表情に違和感を覚えた。


「これは武功を建てた親父が教皇様から貰ったモンだ。で、親父は既に聖剣をもってっから俺にくれた。俺ぁこれ以外、何もイイもん持ってねえぞ。金くれ金髪金持ち。おらぁ」


「いやよ」

 ラッツの横暴にスピカは呆れた顔をして答えた。


「……それより、ご飯いきましょ。ご飯。貧乏騎士様には奢ろっか?」

「オウッ!! 行くぞッ!!」


「ちょっと! 強く引っ張らないでッ! 馬鹿力!」

 ラッツは金髪金持ちから奢ってもらう約束を取り付けた。

 ラッツとはまだ10日間程度の付き合いだが、見た中で1番屈託の無い笑顔だ。


「行っちゃった……私達も行こ」

「わかった」


 ふと、「デネボラも金持ちだったよな」とライオットは思った。

 なぜなら、入学式の時に自前の馬車を持っているからだ。


 そのため、財布が軽くなったライオットが「何か良いこと起きないかな」と、デネボラを見つめていると「そんなに見つめても、私は奢らないわよ」と釘を刺された。


「だよな」


---


 4人は市場を回った後、学生寮に戻って行き、それぞれ割り当てられた自室に向かった。ライオットは、自室で聖別された矢を見ていた。


「お金……稼がないとな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る