外伝 弱き心の聖騎士

聖ガイア歴297年 暗竜の月 7日

マリナポルタ公国 公国直轄領

首都メリディエス


 アウロラ十字軍がマリナポルタ公国の首都メリディエスに侵攻している。

 指揮官はファーゼンが務めている。


 侵攻作戦までの準備として、アウロラとマリナポルタ公国領の宿場町等は抑え、十字軍の補給路としている、

 

 さらに、公国内部に間者を放ち、穏健派を暗殺することで、争いの機運を高めた。


 

 大勢は決し、公国軍のうちの殆どがアウロラの軍門に下った。

 残るは、公国敗残兵が己の信念の元に戦うのみだ。

 


 公爵が住む屋敷前広場にて、ファーゼンと若い騎士が対峙している。

 騎士は若い割には、威風堂々としている。


 騎士のその手には斧槍があり、穂先をファーゼンに油断無く向けている。

 しかし、穂先が若干ではあるが、震えていた。


 一方、ファーゼンは長剣を正眼に構えている。

 その自然な構えから、数え切れない程に、その動作をしてきたことが分かる。


「そなたは、アウロラの聖騎士とお見受けする。我が名はレグルス=ククルカン。そなたらが踏みにじるこの国の騎士である。そなたの頸を持って、彼方の国への手土産とする」


 レグルスは目にあらん限りの力を籠め、威圧する。


「黒曜騎士のファーゼン=クローネだ。若き騎士よ、そなたも投降するつもりは無いか? 若い命を摘みたくは無い」

 対するファーゼンは物憂げな顔。

 


「無いッ! 参るッ!」

 レグルスは、穂先を向けながら猛進してくる。


「仕方ないか……」

 ファーゼンはため息をつき、長剣で迎え打つ。



 二人ともフルプレートメイルで全身を覆っており、レグルスは顔を兜で隠しているが、ファーゼンは顔を開けていた。



「シッ!」

 冷たい鋼が迫るのに遅れて、風切り音が鳴る。


「……ッ!」

 レグルスが放った顔面への突きをファーゼンが左下から力強く打ち払った。

 

 レグルスに僅かな隙が出来た。

 ファーゼンはかすみの構えから、レグルスの頸元に突きを入れようとした。


ーービュオオオオ


 その瞬間、ファーゼンは突風にて後方へと吹き飛ばされた。

 

 見ると、レグルスが力強く斧槍を握りしめ、祈りを込めているようだ。

 剣戟は仕切り直し。


 ファーゼンは素早く体制を立て直し、再び正眼の構え。

 レグルスは上段に斧槍を構える。


 両騎士は、じりじりとにじり寄る。

 レグルスは斧槍を右下段脇に構えている。

 斧槍のリーチが活かせない構え。

 レグルスは何やら企んでいるように見えた。


「ハァッ!!」

 レグルスはそのまま、力強くすくい切りをして来た。

 低空を掬いあげる猛撃が風を切り裂く。

 

 剣をはじく目的ととっさに判断し、ファーゼンは後方へ逃れた。

 瞬間、兜の奥で笑みが見えたような気がした。


「シッ!」

ーー鋭い刺突がファーゼンを襲う


「クッ!」

 レグルスは掬い切りの勢いを己の筋力にて無理やり殺し、素早く突いてくる。

 ファーゼンは咄嗟に剣で受けたが、体制が悪く、穂先が顔面に迫ってくる。

 

 腕力はレグルスに分があるようだ。

 悪いことに後方には軒先があり、後ろには引けない。

 

 レグルスが勝ちを確信したその瞬間、ファーゼンの長剣が赤光を放った。

 ファーゼンの握力と祈りが神マルスの奇蹟きせき


「ぐわっッ!!」

 赤光は斧槍を通じて、レグルスの手を焼く。

 赤光の奇蹟きせき

 

 レグルスの気が逸れ、ファーゼンへの圧力が弱まった。

 ファーゼンは右前蹴りでレグルスを突き飛ばし、剣を振るう距離を稼いだ。


ーービュオオオオ

 突風。


 しかし、ファーゼンは赤光の長剣でこれを切り裂き、

「すまない、若き騎士よ……」


 永遠にも感じられた一瞬が、熱い鋼によって終焉しゅうえんをもたらした。

「が、ふっ……」

 

 レグルスは斧槍を構えたが、ファーゼンはそれを踏み付け、レグルスの頸へ得意の鎧通しを決めた。

 

 勝敗は決し、敗者は彼方の国へ旅立つ。

 レグルスの頸元から僅かに血が垂れて鎧を伝い、焼け焦げた匂いが辺りに漂う。


 ファーゼンは斧槍を蹴り飛ばし、座りこんだレグルスの兜を取り去った。

 兜の下からは、白髪の青年の貌があった。


「誇り高き騎士よ……これが最後だが、投降はしないか?」




「……せぬ……我が、誇りに掛けて…………」

 レグルスはファーゼンの投降への呼びかけに応じるつもりは無い。


 ファーゼンは目を伏せ、剣をレグルスの首元に構える。




「……しかし、聖騎士よ、我が妹……だけはどうか助けてくれ……どうか……我が妹は聖戦を知らぬ……慈悲を……」


「我が神マルスに誓って必ずや……誇り高き騎士よ、さらばだッ!!」


 ファーゼンの一閃がレグルスの命脈を断ち、彼を彼方の国へ送った。



「…………」

 ファーゼンはレグルスの瞼を降ろした。

 彼方の国への旅立ちが良いものになるよう、祈りを捧げた。


「ミセリア……私もそちらへ行きたい……」


---


 ファーゼンは複数名の部下を連れ、公爵の屋敷に押し入った。

 公爵と公爵夫人が屋敷のエントランスに居た。


 公爵らは観念したようで、


「大勢は決した。公爵様、投降して下さい。私共も命を散らしたくは無い」


「仕方がない……投降しよう。その様子だと、我が息子はそなたに敗北したのだな?」

「その通りです。立派な騎士でした」


「そうか……」

「レグルス……レグルス……」

 公爵は目頭を抑え、公爵夫人はその場に崩れ落ちた。


「降伏宣言をさせてくれ。レグルスより、そなたらが我が元に辿り着いた際、降伏する様に進言されておる。そちらも悪戯に兵を損耗したくはあるまい。敗軍の将の最後の責務だ」


「……すまない」

 ファーゼンは唇を噛み締め、公爵の顔を見つめた。

 

「なぜ、其方が謝るのだ。さ、連れて行ってくれ」

「……わかった。貴殿ら……特にデネボラ殿は必ずや私が守ると誓おう」


「それは有難いな……」

 

---


 この日から『マリナポルタ公国』はマリナポルタ地方へと名前を変え、ククルカン公爵はアウロラの一領主となった。

 

 合わせて、公国の主神『南風と航海の神ノトス』をマルスの下位の神と定義した。


 加えて、神ノトスの元で聖別を行った者達へ『浸礼式』を行い、マルスへの信仰心を定義した。


 神々は信徒が増えれば増えるほど、力が増す。


 下位の神と位置付ければ、信仰心は主神へと集まる。


 しかし、当然、危険な行為でもある。


 元々信仰していた神への信仰心が強ければ強い程、大いなる苦痛が身を焼き、これによってククルカン公爵夫人や、司祭以上の信徒の一部は命を落とした。

 

 ククルカン公爵の嫡子ちゃくしは、戦死したレグルスとその妹ーーデネボラのみ。


 デネボラはククルカン公爵が謀反を企てない為の人質としてだが、丁重に扱われ、アウロラの国民として育っていく。


 母、兄の死の哀悼と憤激を心に秘めながら……



 今回の戦いでファーゼンは武功を挙げた。


 その褒美として、領地贈与や聖別武器の贈与の打診があったが、これを断った。

 

「そなたは武功を挙げたにも関わらず、何も必要無いと申すのか?」

 フォボス教皇が、ファーゼンに言う。


「では、亡き我が妻ミセリア……の墓に消えることの無い火を灯したい。そのため、聖下せいかには奇蹟きせきの御技をお願いしたく存じます」


 ファーゼンは、聖下せいかの表情を見ながら口をモゴモゴさせた後、言葉を発した。


「わかった。準備しよう」


 本当は、ミセリアを殺めた下手人を問いただしたかったが、言い出せなかった。


 ライオットとローレル、それに臣下達の為に追及しないと決めていた。


---


 マルス大聖堂を抜け、中央都市内の宿にて宿泊することになった。

 聖下せいかと会ったからか、息子への罪悪感からか、疲労が酷く、泥の様に眠りにつけた。



 夢の中ではミセリアが、ライオットが、ファーゼンを攻め立てる。

 その身体に、あの聖騎士の短剣を突き立てて来る。



 赤い瞳。

 雫を滴らせた幼きライオットが言う。


「父さん……どうして仇を取らないの?」


「許してくれ……ライオット……私はミセリアの名誉よりも、ただ、お前を……」

 



「はッ!?」

 ファーゼンは飛び起きた。

 その身体には汗と手を強く握りしめた痕が残っている。



「ミセリア……ライオット……」



 心は悲嘆に満ちている。

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