所長だけの裁判所にて

倉部改作

送信日時 20XX-11-17

 これは、役割の地割れの中に落ちた、私の末路だ。


 長い戦いを経て、この国はようやく統一された。

 この国にも、民主主義とかいう春が訪れるべきだ、と私たちのリーダーは言った。

 そうはいっても、この国には軍事国家としての体裁しかなく、私も書類よりも銃のほうがよほど手慣れた軍人でしかなかった。

 それでも、国家の仲間入りをする以上は、急ぐ必要がある、とリーダーに言われ、いつのまにか私は裁判所の所長になっていた。


 裁判所の所長としての仕事は、ひたすら裁判の結果を追認するだけだった。どうも、先進国のコンピュータが部下となり、民主的な国家の裁判所のように答えを出してくれるらしい。被告、検察、弁護士 ……正直彼らも私も何をしているのかはさっぱりわからなかったが、単にこのオフィスで追認するだけでよい、と先進国の連中が言うので、その通りにした。

 戦場で敵を殺してきたときと違い、ここでは命のやりとりは驚くほど長い時間で進められる。

 誰が銃を撃って、誰が誰の恋人で、誰の動機が矛盾に満ちていて……

 聖典に書かれたことの焼き直しが繰り返され、ひたすら追認し、地割れの中へと落ちてもらう。

 先進国の連中のいうところの、警察も検察も私たち軍出身者で固めるしかなかったわけだから、これまでと対して違いはない。証拠になるものを見に行くのがこれまでで、いまは民主的な国になったから、警察役の私の仲間たちが確認すればよいらしかった。携帯で写真を撮らせて確認してきたこれまでと、あまり違いはない。

 仕事としては楽だし、先進国がお情けでくれた予算で巨大な裁判所を作ってくれたので、私物の銃も置き放題だった。


 あるとき、私のオフィスに被告の家族が雪崩れ込んできた。

 あんな証拠は間違いだ、警察も検察も嘘をついている、というのが彼らの言い分だった。

 そんなことは戦場では毎日言われていたし、そうして嘘を本気にし、ひとつの拠点が反体制派に寝返ってしまったことがあったから、私はいつも通り銃を向けて言った。

 暴力こそ権力だ。

 被告の家族は叫び、帰って行った。


 そういう出来事を何回か繰り返していた頃、朝起きた時、自宅で銃を突きつけられ、私は拘束されていた。

 私の裁判所に辿り着くと、私の仲間、検察と呼ばれた連中が、いつぞやか銃を突きつけた家族を殺したことになっていた。

 あのとき私は撃っていない、と言ったし、血がついたオフィスで仕事ができるわけがない、と言ったが、私の仲間は、事件のあとからオフィスには私が立ち入っていないし、裁判の内容を追認するだけの仕事はどこでもでき、血痕も残っている、と言って、私の部屋が血で塗れている画像を出した。

 いますぐ私のオフィスに連れて行け、そんなものはないと教えてやる。

 そう言っても、裁判の結果は変わらず、私は複数人を殺したとして、私の部下だったはずのコンピュータから、死刑を言い渡された。

 裁判所から出ていく時、私のリーダーだった男は、こう言った。

 暴力こそ権力だ。


 戦場で敵を殺してきたときと違い、ここでは命のやりとりは驚くほど長い時間で進められる。

 誰が銃を撃って、誰が誰の恋人で、誰の動機が矛盾に満ちていて……

 聖典に書かれたことの焼き直しが繰り返され、ひたすら追認し、地割れの中へと落ちてもらう。

 そこに、私たち自身が投げ入れられることを、理解しないまま。


 私は役割の地割れの中に落ちてしまった。

 私のこの記録も、さまざまな方法でなんとか他の国も送ったが、私の仲間たちはその証拠を先進国のコンピュータで捏造して、この国は引き続き、軍事国家であり続けるだろう。


 ただ、被告の家族には伝えておきたい。

 あんな証拠は間違いだ、警察も検察も……そしてこの国も、嘘をついている。

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所長だけの裁判所にて 倉部改作 @kurabe1224

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