エピローグ:奥さん力は宇宙一っす!

あれから、どれくらいの時が経っただろうか。


季節は巡り、俺たちはもう文化祭の準備に追われることもない、平凡な日常を送っている。



「だーーーーりんっ!お疲れ様っす〜!」



校門を出た瞬間、鼓膜を突き破るようなハイテンションな声が俺の名前(?)を呼ぶ。


俺はもう驚かない。

振り返るまでもなく、背中にドンっっ!!という衝撃が走った。


「も〜!ダーリン、遅いっすよ〜!奥さんに心配かけちゃダメっすよ!」


「……お前、俺がHR終わる時間、完璧に把握してるだろ」


「当たり前っす!ダーリンの五感はぜーんぶめいあの物っすから!」



そう言って、俺の右腕に自分の腕をガッチリと絡めてくる、めいあ。


この重みと温かさが俺の日常になって久しい。

周囲の生徒たちが「あ、イチャイチャ夫妻だ」「今日もラブラブ(笑)だな」とヒソヒソ言っているがもう気にするだけ無駄だった。



めいあはあの文化祭の夜以来変わった。

……いや、根本的な部分は何一つ変わっていない。

ただ「拒絶されるかもしれない」という怯えが「絶対に拒絶されない」という、前よりもタチの悪い絶対的な自信を手に入れただけだ。



「ダーリン、聞いてるっすか?今日の夕飯の話っすよ!」


「ああ、聞いてる。今日はハンバーグなんだろ」


「そうっす!でも、ただのハンバーグじゃないっす!ダーリンへの愛を込めて、ハート型を50個作ってきたっす!」


「50個も食えるか!」


「え〜?ダーリン、ひどいっす!……あ、そうだ!ダーリン!」

めいあは何かを思いついたように、目をキラキラさせた。


「私、ダーリンとの将来設計、考え直したっす!」


「……またか。この前は『四月じゃなくて五月に結婚式を挙げるっす~』とか言ってなかったか」


「そんな小さい話じゃないっす!子どもの人数のことっすよ!」

めいあは俺の腕を掴んだまま、俺の前に回り込んで、真顔になった。


「やっぱり、ダーリンとの愛の結晶は最低でも五人は欲しいっす!」


「……ごにん」


「はいっす!男の子が三人、女の子が二人っす!

 長男はダーリンに似てイケメン、長女は私に似て可愛い奥さんになるんすよ!」


こいつ、本気で言っている。俺は頭がクラクラしてきた。


「……そ、そうか。頑張れよ」


「ダーリンが頑張るんすよ!?私、産む方っすから!ダーリンは精──


「わー!!!それ以上言うな!!!!」


その時だった。

前から、クラスの女子数人が歩いてくるのが見えた。

そのうちの一人が俺に気づいて、会釈をした。


「あ、〇〇くん、お疲れー」

「お、おう。お疲れ」


俺がただ挨拶を返した。

それだけ。

それだけなのに、俺の右腕に絡みつく、めいあの握力がギギギ、と音を立てて強くなった。



「……ダーリン?」


「い、痛い。めいあ、腕が……」


「今、あの女狐と、何話してたっすか?」


「(女狐……?)いや、話すって……挨拶だろ、挨拶」


「ダメっす」


「は?」


めいあは完璧な笑顔を俺に向けた。

だがその目は一切笑っていない。


「ダーリンが私以外のメスと目を合わせるのは浮気っす」


「……理不尽にも程があるだろ」


「浮気っすよ?」


「いや」


「浮気っす」


「はい……」


「いい子っす! でも……例えば、私以外の誰かと話すとか、笑いかけるとか、そういう『浮気』をしたら……」


めいあはぐっと俺に顔を近づけて、耳元でささやいた。



「私、ダーリンのご両親のところに、泣きつくっすよ?」



「……は?」


「ダーリンのご両親に、全部言うっす。

『私という妻がいながら、他の女とイチャイチャしてて、私、悲しくて死んじゃいそうっす』って!

 毎日、朝昼晩、電話して、泣きつくっすから!」


ぞわっ、と。

あの多目的ホール以来、感じることのなかった悪寒が俺の背筋を駆け上った。

こいつ……やりかねない!というか、絶対にやる!



俺は自分の両親(すでにめいあに『義父さん、お義母さん』と呼ばれて、満更でもない顔をしている)が涙目のめいあに「息子がなんてことを!」と説教してくる未来を、鮮明に想像してしまった。



「……分かった」

俺は観念してため息をついた。


「分かったから、腕、離せ……いや、離さなくていいけど、力、緩めてくれ」


「んふふ〜!やっぱりダーリンは物分かりがいい旦那さんっすね!」



ああ、そうだ。

こいつは変わらない。

俺が受け入れたのはとんでもなく重くて、面倒くさくて、俺に執着する、この「絶対」だったんだ。



「さ、ダーリン!早く帰って、50個のハート型ハンバーグ食べるっすよ!

 そして、五人の子どもの名前、考えるっす!」


「……もう、勝手に考えててくれ」


「はいっす! えーと、一太郎二太郎三子ちゃん……」


「……やっぱ名前は一緒に考えようか」



夕焼けがやけに眩しい。


……まあいいか。こいつの「絶対」がもう二度と壊れないのなら。


この重さを二人で背負っていくのも、悪くないのかもしれない。



「もう“絶対”離れちゃだめっすよ! 私だけのダーリンっ!♡」







-完-

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拝啓。私だけのダーリンへ。 狂う! @cru_cru

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