少年は悪女の手の中に

れじい

(短編) 少年の最期

僕は今、世界で一番美しいと思っていた微笑みに命を取られそうになっていた。


もちろん、貴方を守れるなら死んだっていいと思っていた。


でも。


でもこれはあんまりじゃないか。


「ごめんなさいね。貴方はよく働いてくれたと思うわ。」


なんで。


体は、重くのしかかる圧力によって動けたもんじゃない。


いつも優しくて頼もしい騎士隊の隊長は、人形のような表情だった。


同じ人と思えないほど冷たい顔だ。


「これはね、慈悲だと思ってほしいの。知るよりも先に教えたほうがいいと思って。」


お嬢様は、内緒話を打ち明けるかのようだ。

モジモジと、恥ずかしがり屋の少女のように。


「貴方を自由にしてあげることはできないけれど、記憶が完全に戻る前に貴方を材料として使わせてもらうことを許してほしいの。」



お嬢様から語られることはどれも知らないことばかりなのに。


それなのに、どうしてこんなにもお嬢様を したいと思えるんだろう。


「離せよ!離せ!」


隊長に向かってなんて口をきいているのか、いつもの自分だったら絶対にしないことをしている自分もおかしくなってきているのか。



いや、今日はずっと具合が悪かった。

頭がズキズキと痛んで、部屋で寝込んでいた。

何かを思い出そうとしていたんだと思う。頭が。




先日、お嬢様がお出かけの際、襲撃事件が起こった。

僕は初めてお嬢様を“ちゃんと”護衛した日だった。



なにせ実践が初めてだから、戦っていても殺すことに踏ん切りがつかなかった。


敵の少年も意味不明なことを言ってきた。

「裏切ったのか」とか、「どうして」とか。

初対面のくせに。

でも、今ならわかる。

僕は彼を知っていたのに。


「あれで記憶が戻るのか確かめたかったけど、やっぱり、記憶の繋がりが強い人物と出会うと戻るきっかけになるのね。」


今度はお嬢様は研究者のように語り始める。

僕が実験用だったこと。

最初に記憶を無くされたこと。

記憶を作り替えられたこと。

どこまで薬が効いているか知りたかったこと。

だから、襲撃事件が起こったこと。


「貴方は勤勉だった。お世話に関して特に。感謝しているわ。」


僕が隊長を振り解けないことをわかっていてお嬢様は僕の目の前に屈む。


目線を合わせてきて、それが僕の怒りを更に増大させてくる。



「そして貴方はいいつけも守ったわ。」



僕は最低限のマナーと教養しか学ばなかった。

もちろん、いずれはそれ以上のことも学ぼうと思っていた。


でも、お嬢様が「変に知識をつけると狙われるかもしれないから」と学びを制限していた。


貴族の家は秘密が多いから。


「貴方は調べなかったのね。自分のことも。名前のことも。」


甘くて可愛らしい声。


この人に必要とされることが世界で一番満たされることだと思っていた。


でもそれも全て造られたことで。偽物で。


僕は憎しみを叫んでいた。

この人が、僕から全部奪ったのに。

記憶が徐々に戻ってくる。


焼けた家、死んでいる両親、血で汚れたお嬢様の姿。


頭が言っている。

"この人を せ"と。

"お前は都合よく生かされただけに過ぎない"と。


「名前の意味はね 」


今まで美しいと思っていた笑みは、汚らしくて吐き気がした。

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