南の釣りガール ~みつきの場合

五月女オルソ

第1話 影間島 萩徳(はぎとく)

 白灯台と赤灯台。


 いつもわたしを慰めてくれる萩徳港の海。


 幼い頃何度か訪れた母の生まれ故郷、影間島。今はわたしのふるさとになりつつある。


 港湾整備が進み「Cの字」に白い防潮堤で囲まれた海。幼い頃母と泳いだ海とは少し様相が違ってはいるが、わたしにとっては母を感じられる聖なる海だ。


 三年前、父が健康食品の事業で失敗し我が家はめちゃくちゃになった。

 メインの商品から健康被害のある物質が検出されすべて回収。商品を製造していた会社と共倒れになった。取引先は潮が引くように父から離れて行った。


 家と土地は損害賠償と自社製品を作るための工場建設に着手していた銀行からの借り入れ分に充てられた。


 当然のように両親の離婚があり、わたしはそれまで住んでいた埼玉から、母と母の故郷である影間島に越してきた。それが小学校六年生の春。


 影間島は鹿児島県の南約四百㎞に浮かぶ瓢箪を横にした型の島だ。本島は奄美大島。奄美大島の「陰間から」ちらりと見えているから影間島なのだと島の老婆に聞いた。「実際には良く見えるけどや」と老婆は笑った。


 島の北側は大島海峡。二㎞先に大島本島の古仁屋の街が見える。


 萩徳集落は島の南側。太平洋に面しているたった三十戸ほどの集落だが、限界集落の悲愴さは感じられない。

 良く言えば明るい気質なのだが、いわゆるラテンのノリではなくただ「いい加減」な大人が多いだけの「ゆるい空気感」の集落だ。


 学校は集落の北東、山際に建てられた「萩徳小中学校」。全校生徒は小中併せて常に十人に満たない小規模校だ。

 一つの教室で違う学年の子供が授業を受ける「複式授業」も初めて経験した。


 中学進学の時に掛かってきた埼玉時代の友達の電話に「小中併設校」と説明したのに、いつの間にか「小中一貫校」と変換されて他の友人から電話をもらった時には驚いた。

「レベルは?」

 答えようがない。同級生もいないのに。


 中学二年に上がる時に母が死んだ。

 もともと身体の強い人では無かったが、いろいろな心労がたたったのだろう。朝、布団の中でそれこそ眠るように死んでいた。


 あっけない死。

 あっけないお別れ。

 優しさだけでわたしを育ててくれた母。

 ぽかんと空いた心の穴。

 

 わたしは無口になった。

 誰とも話さない子になった。

 笑わない子になった。


 もちろん必要最低限の話はするけれどそれだけ。くだらないおしゃべりをしている暇があったら白灯台に出て母を感じていたかった。


 白灯台への堤防道からの眺めが一番母を感じられた。わずかばかり残っている、幼い頃に母と水遊びをした砂利浜を白灯台の行き帰りに眺められる。


 誰かとおしゃべりをして笑顔になったら笑顔の分量だけわたしの中の「母分量」が減る気がした。


 ただ育ててくれている母の母、「ばあば」だけは別だった。ばあばからだけは母を感じる事ができたから。


 母の葬儀が終わり四か月程、ほとんど毎日海を眺めて暮らしていた。

 もともと同級生はいないし、先生もわたしを放っておいてくれたから学校でもほとんど口を開かずに過ごせていた。


 本当は分かっちゃいないくせに大人は「美月の気持ちはよくわかる」的な気の使い方で子供のご機嫌を伺おうとする。

 ありがたいと思わなければいけないのだろうが、ありがたいと思わなければいけないと思うことがありがたくない。ウザイ。

 もうすぐ夏休みだ。ウザイ思いをせず、思いっ切り無口になれる。思いっ切り母の面影と向き合える。

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