いる、いるよ。
豆ははこ
いる、からね。
「じょうず! でも、『あか』? まわりのおともだちをよくみて。みんな『うすだいだい』でぬっているよ?」
違う。
じょうず。
まわりのおともだち、みんな。
それは、いったい、なんだ?
何かを、誰かを。引き合いに、出すな。
赤ではなく、薄橙で。
教諭、かつ、保育士たるものよ。
其方、過ちを、繰り返すのか。
彼女が、母君と楽しく話をしながら登園してきた朝。
其方は、問うたな。
『なんのお話をしてたの? 先生にも教えて?』
教えてもよいものか、どうか。
彼女の母君の心配は、的中した。
『宇宙の始まり、ビッグバンについてです。ブラックホールについての新しい説が……』
笑顔でそう話す彼女に、其方は。
『そ、そう、よかったね』
苦笑いは、答えとは言えぬ。
分からないならば、彼女にそれを伝えたらよかったのだ。
喜んで、説明をしてくれたであろうに。
こども園の園児は、若輩である。
ゆえに、
そんなもの、早々に捨て去ればよいのに。
保育士にして、教諭であるものたちよ。
其方たちは、なぜ。
我らの声を、聞けぬのか。
天道虫殿から聞いたことであるが。
迎えにみえた母君は、彼女に『朝、よく耐えたね。お疲れ様』と言ってらしたそうな。
これには、彼女も笑顔であったという。
そして、今。
分からない、から。
皆が用いる色を、使わせようとしておるな。
協調性とやらが、それほどに大切なのか?
『赤は、肌の色じゃないのかあ。体内の血流を描いたつもりなんだけどな』
そうだな、そのとおりだ。
健康な顔面の血流は、赤。
体調が悪いときは、それが青白く映る。
この教諭がそれを知るかは、我らも存ぜぬ。
だが、おそらくは。
ああ、若き彼女よ。
どうか、荒まぬように。
その寂寥感。我らには、伝わっておるからの。
だから、どうか。
己を責めることのなきように。
『がんばれ、みているから』
積み木の我も、動物人形たちも、着せ替え人形も、車たちも、ほかの皆も。
我ら皆が、声援を送ろうぞ。
「あたらしいの、かきます。こっちはおうちにもってかえります」
「そう? なら、おかえりのしたくにいれておいてね」
おい、
そして、斯様に笑うな。
大丈夫か、大丈夫ではないな。
指導要領に書かれていることが、すべてではない。
彼女は、其方の指導力で考えを改めたのではない。
けっして、
数年前の、其方が新人のときのことを思い出せ。
手作業で縫った、園児たちの粘土遊び用のエプロン。
まち針が、つけっぱなしであったことを。
あろうことか、それをそのまま、園児に着用させたことを。
忘れたのか?
我らのうち、当時も園におったものは全員が、覚えておるぞ。
着けたのは、彼女のように冷静な園児であったな。
そうでなければ、どうなっていたことか。
たまたまであろうが、その園児は、男児であったな。
もしも、ほかの園児であったなら。
彼女の母君の如き保護者殿ではなかったならば。
どうなっていたことか。
園長の深い謝罪に、保護者殿から。
『起きたことは仕方ないですが、二度とこのようなことのないように』
そう言われた意味を考えろと、園長から強く指導をされたことを。
まさか。
其方、忘れたのか?
『ほかの保護者だったらSNSにのせられてたかも、ラッキー、じゃねえよな。まったく、反省しろってんだよ』
其方のエプロンに描かれた有名キャラクターにも、そう言われていたのだぞ?
彼奴は、『みんなに好かれる子どもたちの人気者』だったからな。
子どもが怪我をする可能性を、許せなかったのだろうよ。
おや。
鉛筆で下絵を描きながら。
彼女が、我らを見ているぞ。
「いつも、いてくれて、ありがとう」
うむうむ。よう言うた。
小声であるが、しっかりと聞こえるぞ。
どういたしまして。こちらこそ、ありがとう。
そうだ、我らは、遊具や玩具や絵本。
こども園の、備品たち。
話せず、動けず。
しかし、我らは。
ちゃんと、いるからな。
玄関に置かれた、園児と同じ小さな椅子に坐する、大きな獅子の縫いぐるみも。
いっしょに。
ちゃんと、いるよ。
どうか、今の状況を憂うことなく、己が才を、伸ばしておくれ。
我らは、いるよ。
同世代というだけで、同じ
実はのう、女児よ。
嘗ての、君のような子には。
親御さんが園に通わせることを止め、義務教育までは塾や家庭での学びに切り換えた子も、おったのだよ。
園長だけは、『こちらの力が足りず申し訳ない』と謝罪していたが。
この教諭のように、気付かず、分からずのものの、多いこと。
そもそも、かれらは。
力不足と役不足の違いさえ、分からぬのだからな。
その子は、親御さんの転勤にあわせて外の国で学ぶことになったそうだ。
園長にだけは、親御さんからの文で伝えられたらしい。
ほかの連中にも、保護者にも。けっして伝えてくれるな、という厳命付きでな。
ちなみに、我らには、郵便配達員の自動二輪車が教えてくれたよ。
早く、君も。
君に相応しい場所で学べるようになると、よいのだがな。
がんばれ、がんばれ。
がんばっている君に、失礼ではあるが。
我らは、しっかり。いるからな。
そして、来たくないのならば。
ここに来なくても、よいのだぞ。
どうか、早く、君にも。
学びたいと思える場所が、見付かりますように。
我らは、そう。
願って、いるよ。
ああ。そうだよ。
われらは。
いつも、いるのだよ。
いる、いるよ。 豆ははこ @mahako
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