第6話

一瞬か永遠か、死に迫った時間はどちらにも感じられた。

ナイフが降って来る時間は瞬きの間しかないのに恐怖を感じる時間はこれまでの人生を思わせるほど長く感じる。

生きてきた分の恐怖、それから解放されるのは死してからだと思っていた。

だけど振り下ろされた少女のナイフはアリアの胸に突き刺さる直前で止まった。


「同じだ」


少女はアリアの上から離れてナイフをしまった。

死を覚悟して固く目を閉じていたアリアは恐る恐る目を開き自身がまだ生きているという事実に安堵した。

その後に湧き上がってくるのは疑問だ、なんで殺されなかったのか?


「なん・・で?」


涙でグチャグチャになった顔を拭うことなく嗚咽まじりの弱々しい声を発する。


「初めから殺すつもりは無い。お前が心の底から死を望むかどうか真意が知りたかった。死に瀕して出たあの言葉こそお前の本音だろう、私がこれまで見てきた死ぬつもりのなかった人間と同じ顔をしている」


こういう方法でしかお前の真意を探れなかった済まない、と少女は口だけの謝罪を告げる、

かと思えば次の瞬間には冷たい目でアリアを見下し言い放つ。


「そこがお前の限界だ、死を追い続けるだけで決して触れることはできない、向こうが近寄ってくれば今度は自分が逃げる、そんな子供染みた遊びしかお前には出来ない。家の中で無駄な事をしてる暇があるなら外へ出ろ、普通の人間らしく外を歩いてる方がよっぽど死ぬ可能性がある」


少女はそれだけ言って立ち去ってしまった。

一人残されたアリアは泣いた。

この涙は死にかけた恐怖からでも生きていたことに対する安堵からでもない、悔しさゆえに流れる涙。

少女の言葉はアリアにとってあまりにも辛辣だった。

アリアが散々苦しんだ挙句出した死ぬという答え、そのために何度も何度も痛い思いをして繰り返してきた行為を無駄だとあっさり切り捨てた。


「あんたに・・・何がわかるのよ」


憎々しげに宙空に怒りを吐く。

分かるはずない、あんな理不尽に飲み込まれた人の気持ちなんて誰にも分かるはずない。

そうやって人の言葉も親切も憐れみも全て拒絶してきた。

「可哀想に」、「大変だったね」、「生きてればきっといいことがある」、「天国のお父さんとお母さんが見守っている」・・・・。

両親を失って家に戻ってきたアリアを待っていたのはそんなくだらない言葉の羅列。

そっとしておいて欲しいのに度々やって来てはいらない親切の押し売り。

どいつもこいつも可哀想な人が見たいだけだ。

鬱陶しかった、どんな言葉もアリアを苛立たせるだけ。

だから、かけられる言葉全てを“あんたに何が分かる”と塗り潰してきたのに少女の言葉は消えてくれない。


消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ・・・・・。


呪詛のように何度も何度も心の中で呟いた。

でも消えてくれなかった。

少女がアリアに言った言葉は最も聞きたくなかった言葉だったからだ。

心のどこかでアリア本人も気付いていたこと、でも必死で違うと目を逸らして直視しないでいた。

しかし思い知らされた。

自分は‥‥死にたくないんだ、どれだけ辛くても死ぬのが怖い。

それに今完全に気付いてしまった。

自分の中にたった一つだけあった強い想いを失った喪失感か、ひとしきり泣き終わった後もアリアはその場を動かず床に寝そべり何も無い天井だけを見続けた。

どれくらいそうしていただろう? とにかく長い時間だ。

はっきり見えていた天井が暗く不鮮明になるくらい。

日が落ち始めたんだろう。

まあどうでもいい。

泣き疲れたのかアリアは静かに目を閉じるとそのまま眠りに落ちた。

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元殺し屋の助手 @katarea

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