第3話 禁断の愛……?

  ✠ ✠ ✠ ✠ ✠



「ほーら、できたぞ。夕食にしよう」


 ニコニコと皿を運ぶリヒトはすっかり調理に慣れている。この半月ほどグリューネの館に押しかけて住み込み、育児と家事にいそしんだ結果だ。


(……無駄に高い適応力っ)


 グリューネは頭を抱えている。王族に作らせたご飯を食べている国民とは、いったい。

 といってもパンは毎日配達される。あとは肉を焼いて茹で野菜を添えるぐらいのはずなのだが、リヒトはフィオの離乳食も手掛けてくれていた。


「あーぶっ、ぶべぇ」

「こらフィオ、好き嫌いは駄目だぞ。ニンジンもあーんしろ」


 つぶしたニンジンを匙で食べさせるまでやってくれるので助かる。ミルクでコトコト煮た麦粥をふうふう冷まして与え、フィオに好評と見るやそこにニンジンを混ぜて食べさせるマメっぷりだ。グリューネはしみじみつぶやいた。


「……すっかりパパよね」

「パ、パパ? いやグリューネこそ、夜中のお世話を一手に引き受けてくれて、頼れるママだぞ」

「やめてよ。私たち夫婦じゃないし」

「そこは全否定なのか?」


 グリューネは無表情にうなずいた。断じて否定する。


(だって画びょう入りの封筒なら届いたもんね!)


 フィオをかかえてブラウナの家に走った、あれのせいだ。

 リヒトに抱かれて馬に同乗するなんて一部のリヒトファンからすると許しがたい振る舞いだろう。だからグリューネは声を大にして主張する。


「リヒトと私は、役割分担してる同居人なだけ」

「――そう、か」


 イケメン王子はフッと寂しげに微笑んだ。

 リヒトは客間を使っている。二人に色っぽいことなんか何もない。担当する仕事は料理、フィオの遊び相手、お昼寝の寝かしつけ。手が空いていればおむつも替える。

 そんな良きパパムーブに徹してきたリヒトは、わざとらしく髪をかき上げのたまった。


「これでも俺は『結婚したい貴族・騎士ランキング』で五本の指に入る男だぞ? せっかく俺を口説ける立ち位置にグリューネはいるのに」

「……それを自分で言っちゃうとことか、面倒くさいわよリヒト」

「つれないな」

「流し目しても駄目だってば」


 渋い顔をしてみせるとリヒトはクスクス笑った。

 戦場にいる頃から二人はこういう軽口を叩き合う関係だった。なんというか気楽に喧嘩できて信頼できる、戦友の距離感。


「ぱぁ、まぁ」

「おお、言葉を覚え始めたか! な? フィオもパパ、ママと言ってるし」

「だーめ。この子は預かってるだけなんだからね。本当のパパとママに失礼でしょ」

「――グリューネは、そういうところがキチンとしていてさ」


 だから信用できる、とやさしい声を出し、リヒトはフィオの食事を続けた。



  ✠ ✠ ✠ ✠ ✠



 フィオはすくすく育っていった。今も庭に広げた敷物の上でうつぶせになり、手足と体をグングン曲げ伸ばしている。これはハイハイの練習だと思う。

 しかし、親が誰なのかは、まったくわからないのだ。


「本当にグリューネは産んでないの? つまんないわね」

「もう! ロティルダまで、そんな」


 今日はグリューネの数少ない友人――というか仲間が館に訪ねてきていた。

 ロティルダ・フランメ。聖女戦隊の〈赤〉だ。

 ちなみにリヒトは王宮へ呼び出されていた。あれでも王子だから忙しいのかもしれない。


「王都にいる聖女のうちで、わざわざグリューネに預けるってどうなの?」


 ロティルダは艶やかな赤い髪を風になぶらせて微笑んだ。さすが人妻、なんとなく色っぽい。


「そうなのよね……」


 魔力を抑えてもらいたいだけなら聖女の誰でもかまわない。子育てに慣れたブラウナが適任だろうし、所帯を持っているロティルダでもよかったはずだ。

 王都のはずれでポツンと休暇中のグリューネに子を託す意味とは。考えていたことをグリューネはおそるおそる口にした。


「ねえ……アウローラが極秘出産したとか、ないかなあ」

「アウローラ!? いえ駄目でしょ、それは!」


 アウローラ・ゴルトクローネ。聖女戦隊の〈金〉。そして、リヒトの姉姫だ。間もなく隣国へ嫁ぐことになっている。


「下手すれば国際問題だわ……」

「だからよ。政略結婚の前に愛する人と通じちゃって身ごもったんじゃない? 婚礼の支度だとか言って、しばらく人前に出なかったし」

「愛する人ぉ……?」

「王族の子として扱うわけにもいかず都の端っこの私のところに隠したの。そうよ、あの時ちょうどリヒトが来たのも考えてみれば怪しくない? リヒトが片棒かついでるのかも!」

「そりゃリヒトは姉思いだけど」

「ハッ! まさか父親はリヒト……? 禁断の姉弟愛……っ!」

「こら」


 ベチン。

 さすがにロティルダはグリューネの頭をはたいた。妄想がすぎる。


「物語の読みすぎ! それじゃ魔族の血、て話がどこかにいっちゃうし」

「でもアウローラ母親説はアリじゃない? リヒトがフィオのお世話を頑張るのは叔父だから、て説得力あるでしょ?」

「ううん、それはリヒトが……っと」


 ロティルダは口をつぐんだ。リヒトはグリューネと夫婦ごっこをしたいだけではと睨んでいるが、憶測で物を言ってはいけない。本人が秘している気持ちだ。


「え、なになに? なんか知ってるの?」

「知、り、ま、せ、ん。リヒトに訊きなさい」

「えええー」


 グリューネは唇をとがらせながらフィオを抱き上げた。ずりずり前進し、敷物からはみ出そうになっていたのだ。

 やっと草をつかめそうだったところを邪魔されたフィオはジタバタしたが、グリューネを振り向いて満面の笑顔になる。むっちり愛らしい腕が空を指し振り回された。


「んもっ。ばぶっ」

「うんうん、おんも気持ちいいねぇフィオ」


 頬をくっつけ合い、グリューネとフィオが笑う。

 だがその瞬間、庭にボンッと大きな音が響いた! そして白煙!


「きゃんっ! 煙玉!?」

「襲撃!? ――戦える、グリューネ?」

「もっちろん!」


 ひょいとフィオをおろすと、グリューネは胸もとに手をやる。ロティルダもだ。

 そこに鎖で下げられているのは、光の花を模した聖会の紋章――。


「――変身も久しぶりね」


 ロティルダの笑みが好戦的に変わった。グリューネと二人、紋章に聖力をこめる。

 ――緑と赤、二色のオーラがあふれ出した。その二つの光は、白煙を退けていった。


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