四つの種族

「あの……お侍様……」


 屋敷の広間で床几しょうぎに腰掛ける白銀の女武者に、直時はおそるおそる声をかけた。


「お、おお! おかげさまで今日も持ち堪えることができました。ありがたきことにございます」


 そう言って、彼女は直時に向かって手を合わせた。直時はこの世界でも合掌の習慣があることを知ったのだが、いまはそんなことはどうでもよかった。


「お侍様、違います。ぼくは神の使いなどではありません。こんな姿で、しかも、宙に浮いてはいますが、ぼくは人間です。信じてください」


「人間……?」


「そうです、人間です! こ、こんなに小さくて、飛んでいますけど人間です! それより、ここは一体どこなのですか! なぜエルフやドワーフが実在しているのですか! あのゴブリンは何なのですか! ぼくはどうやって帰ればいいのですか!?」


「む、むむ……?」


 半泣きになって取り乱す直時を見て、彼女は何かおかしいと感じたようだ。このような情けない神の使いがいるだろうか。この者は本当に人間ではないのか……。


「落ち着かれませ。とりあえず、顔をお拭きなさるとよい」


「か、顔を……?」


 その時、ようやく彼は自分の顔が涙と鼻水で顔がくしゃくしゃになっているのに気づいた。


「ああ、すみません。みっともないところを見せてしまいました……」


 直時は纏ったハンカチで顔を拭った。


「……ふーむむ……。どうやら、あなた様は少なくとも神の使いなどでは……なさそう……じゃな。それならば、もうかしこまるのはやめじゃ」


「信じてくださってありがとうございます」


「そなたのようにぐずぐずとした神などおらぬであろうからな」


「うっ……」


 直時は少なからぬショックを受けたが、彼女はそれと気づかず言葉を継いだ。


「そなたの報せがなければ、この城は今頃、あの醜悪な化け物どもに蹂躙されていたであろう。そなたには感謝しておる」


「いえ、そのようなことは……」


「訊きたいことがあるようじゃな。そなたには借りができたゆえ、答えられることは答えてやろう」


「ありがとうございます。ああ……その前に、ぼくは赤城直時といいます。どこから来たのかはわかりますが……どのように来たのかはわかりません……」


「どういう意味じゃ?」


 直時はこれまでの経緯をスズメに説明した。


***


「ふーむ、異界より来たと申すか。なんとも不思議な話じゃな。不思議な話じゃが、かように小さく、しかも宙に浮いておる人を見ると信じざるを得ぬ」


「信じてくださって、ありがとうございます」


「うむ。あの化け物どもの仲間には見えぬしな。しかしなるほど、それであれこれ訊きたがっておるのだな」


「はい。ここがどこかもわからないのです」


「わかった。ではそなたの問いに答えよう」


 直時の拳は握りしめられた。彼は緊張するとこうなってしまうのだ。


「おう、そういえば私も名乗りをしておらなんだな。私は藤崎雀ふじさき すずめと申す。スズメと呼ぶがよい」


「スズメ……様」


「うむ。この竜起たつきの地を治めておる者じゃ」


 直時は少々驚いた。


「治めておる、ということは貴女は領主様なのですか!?」


「いかにも」


 彼女は胸を張った。


「さて、まず、ここがどこかということじゃが、ここは竜起たつきというところじゃ。知っておるか?」


「いえ、知りません……」


「そうか、では今の暦じゃな。今は応元おうげん十三年。八月の十四日じゃ」


 応元という元号に聞き覚えはない。今が八月なのは旧暦だからだろう。

 直時は期待薄とは知りつつも質問を変えた。


「スズメ様、西暦……では何年ですか?」


「せいれき? すまぬが、そのような暦を私は知らぬ」


「やはりそうですか……」


「気を落とすでない。では次じゃ。そなた先ほど何と言うたかな。えるふとどわ……なんとかと言うたが」


「エルフとドワーフです。あの耳の尖った金髪の方と筋骨たくましい髭の方のことです」


「あのふたりのことか。耳の尖った人というのは秀隆ひでたかのことじゃな。あの者は藤崎家累代の家臣で、頭の切れる頼もしい魅人みじんじゃ」


「みじん……?」


「ヒゲの者は勝重かつしげじゃな。あの者も藤崎の家臣でな。兵としても将としても強い。戦の折にはこの上なく頼りになる硬人こうじんじゃ」


「こうじん……?」


 直時が知りたいのは彼ら個人のことではなかったが、彼らが何と呼ばれる人なのかはわかった。


「どうやらこちらの世ではエルフは魅人。ドワーフは硬人と呼ばれているらしい」


「スズメ様、その秀隆様と勝重様のような……そう、スズメ様とは姿かたちが少し異なる人はほかにもいるのですか?」


「姿かたちが異なる? ん? 種族のことを言うておるのか?」


「そ、そうです! 種族です。なにせ、ぼくの世ではあのように姿かたちが異なる人はいないのです。空想上の人間としては存在しますが、実在はしないのです」


「なんと! 種族の別がないのか。では、そなたの世では平人へいじんしかおらぬのか?」


「へいじん……?」


「おう、平人というのは私のようにとくに特徴もない人間のことじゃ。人間の種族の中でも最も数が多い」


「はい。その平人しかおりません」


「なんとのう、信じられぬ。われらの世には四つの種族が暮らしておる。魅人と硬人と平人。それから巨人がおる。これはその名の通り、大柄で力も強い。何より鮮やかな緑色の肌をしておる」


 直時は頭の中で反芻した。


「つまり、魅人みじんはエルフ、硬人こうじんはドワーフ、巨人きょじんはおそらくオーク、平人へいじんはヒューマンといったところか。まるでオンラインゲームだ。ということは……」


「スズメ様。こちらの世に魔法とか魔術、呪術、妖術の類はありますか? 火の玉を飛ばしたり、ケガを医療したりする不思議な能力です」


「まほう? 我らは火の玉を飛ばしたりできぬし、ケガの治療は医者の役目じゃろう。誰かを呪詛するということはまれにあるが、そのようなものは迷信の類じゃ」


 直時は悄然とした。

 魔法や魔術が存在するなら彼が小さくなってしまったことや、飛行術の説明がつくと思ったのだが、外れのようだ。


「スズメ様。四つの種族についてもう少し詳しく教えていただけますか」


 直時は当初のいくつかの疑問を忘れ、種族について知りたがった。


「かまわぬぞ。魅人みじんはすらりとした長身で金髪とか銀髪の者がほとんどじゃ。耳が尖っておるのもそなたが見た通りじゃ。手先が抜群に起用で小物作りに精を出すものが多いな。あとは目がよく見えるようで、弓の名手でもある」


「なるほど。僕の知るエルフとほとんど変わりないようだ」


硬人こうじんは背は低いがとにかく力が強い。男はみな髭をたくわえていて、荒々しい風貌じゃが、女は何歳になっても幼子おさなごのようじゃ。山で鉱石を掘り出したり、そのまま鍛冶を営む者が多いな」


「力が強く鉱石を掘り出す……なるほど、ドワーフだな……。女性が幼子のようだというのはすこし印象と違うけど」


巨人きょじんは背が高く力も強い。肌は水草のように鮮やかな緑色をしておる。髪はくるくるとした巻き毛で、引き締まった体をしておる。山で木を切ったり、堤を盛ったりしておるな。鋭い顔立ちをしておって、美男美女揃いじゃぞ」


「美男美女……。オークのイメージではないけど。緑色の巨人というとオークしかいないしな。やはりオークなんだろう」


平人へいじんはこれまで述べた三種族のようにこれといった特徴はない。だからたいらな人なのであろうな。ただ、数は圧倒的に多い。だいたい人間が一〇人いれば七人は平人じゃな。後の三人がそれぞれあとの三種族というところじゃろう」


「特徴がないのが特徴ということか。うん、オンラインゲームでいうところのヒューマンだ」


 直時は顔を上げてスズメに礼を述べた


「スズメ様、ありがとうございます。よくわかりました」

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