並行世界の中世日本に転移したぼくは戦《いくさ》に勝つため城を築く (リライト版)

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転移

 令和六年(西暦二〇二四年)九月十五日。


 トレッキングスタイルの青年がひとりで山の中を歩いていた。

 

 青年の名は赤城直時あかぎ なおときいい、都内の私立大学で日本中世史を専攻している。


 背は高く、体付きもほどよく引き締まっており、頭髪は繊細で柔らかく波打っている。顔の造形もまずまず端正で美男と言ってよかった。


 紅葉にはまだ早いし、めぼしいものは何もない。

 彼はこの山の中で何を見ているのだろう


「着いたぞ。ここが一の曲輪くるわだ」


 曲輪というのは城の構成要素の一つで、これが複数絡み合って城ができあがる。平坦で広く、兵が詰めたり建物が立っていた場所だ。


 直時は城の跡を歩いていたのだ。


 城といっても豪壮な天守や堂々とした石垣は見当たらない。ただ、土がうねり樹木が根を張っているだけだ。


縄張図なわばりずと比較しよう。どこにしまったかな……」 


 直時は一枚の紙片を広げた。そこに描き込まれているのは地図のような図だった。


「これは堀の跡か。こっちは土塁の跡だな。なるほど、こういう縄張か。なるほど」


 ただの土のうねりのように見えたのは、堀の跡であったり、土塁の跡だったのだ。 


 天守や石垣が登場するのは戦国時代の終わりごろで、それまでの城は土でできていた。

 土を掘って堀とし、土を盛って土塁としていた。

 そのような土の城の跡を直時は見つめていたのだ。


 縄張図というのは、そうした城の間取り図のようなもので、堀や土塁の位置や深さ高さまでも、ある程度把握できるように描かれた図だ。


その縄張図を手に直時はあちらへこちらへ、たっぷり二時間歩き回った。




「それほどきつい山道でもなかったし、遺構もよく残ってた。いい城だったな。さて、そろそろ帰るとするか」


 と、直時が一歩を踏み出した時だった。

 細長い、鱗をまとった生き物が彼の足元に滑り寄った。


「んっ?」


 蛇だった。しかも、その大きな丸い目と視線がぶつかってしまった。


「うわっ! しまった!」


 驚いた彼は足を踏み外し、受け身を取ることもできず坂を転がり落ちた。そして、そのまま気を失った。


 ***


 どれぐらいの時が経ったろうか。直時は目を覚ました。


「暗いな。そんなに時間が経ったのか……いや、違うぞ。なにかかぶさってるから暗いだけだ。よいしょ」


 直時が自分を覆っている大きな布をまくると、空が広がった。


「あれ、寒い。ん? うぇ! は、裸!? な、なんで!?」


 ともかくも何かまとわねば。直時はあたりを見渡した。幸い、4畳間のじゅうたんほどの布を見つけたので、直時はそれを身体に巻き付けて、最悪の事態を免れた。


「この布……ぼくのハンカチの柄と同じだけど……」


 直時は改めてあたりを見た。周りは樹木ではなく草だった。やけに背の高い草だ。177センチある自分の身長よりもはるかに高い。


「ぼくにかぶさってた布……これは僕の服じゃないか。どういうことだ!? あの大きな黒い岩だと思ってたのはぼくのリュックじゃないか! 体が小さくなってるのか!? ということは、いまのぼくは15センチほどしかないぞ……」


 直時が動転していると片言の日本語が聞こえてきた。直時は助けを求めようとそちらを見ると、その声の主は人間ではなかった。


「ゴ……ゴブ……ゴブリン!?」


 その生き物は映画やアニメで見るゴブリンそのものだった。身体は小柄で貧相だが、肌は暗い緑色だ。顔つきは醜く凶悪だった


 しかし、なにか違和感がある。その正体はすぐに分かった。ふんどしを締めているし、頭にかぶっている粗末な兜は、日本の兜だ。さらに、腰にはソードではなく太刀たちを佩いている。


「オイ! 見ロ! アソコニ 変ナ 奴ガ イルゾ! 小人ダ!」


「捕マエヨウゼ!」


「捕マエテ 手足 引キチギッテ ヤロウゼ!」


 直時は反転して逃げにかかった。


 草をかき分け石を乗り越え必死に逃走するが、崖に突き当たった。

 実際は崖などではなく大きな段差でしかないのだが、いまの直時が落ちれば間違いなく動けなくなるだろう。


 ゴブリンの手が伸びてくる。

 直時は崖を下りようと試みた。が、やはり失敗した。手足が滑り、直時の体は重力に引かれ始め……ていなかった。


「あれ?」


 直時の体は浮いていた。しかもそのまま移動しているではないか。


「と、とにかく。逃げよう!」


 直時はゴブリンからの逃走に成功した。


***


「これはいったいどういうことなんだ……どうしてこんなことに……」


 直時は樹木の枝に座り込んで悲嘆に暮れていた。


「ゴブリン……みたいな化け物から逃げることはできるようになったとはいえ、ここはどこなんだ……?」


 飛行に関してはすでに試し尽くした。高度は地表からだいたい50メートルほどまで上がることができたし、速度は時速で40キロほども出た。さらに1キログラムていどのを付随させて飛べることも分かった。


「とにかく、あんな生き物がいる以上、ぼくがが生まれ育った世界ではないのは確かだ。……異世界……か。映画やアニメでよく見る展開だけど、現実に自分に起こるなんて……」

 

「ぼくはあの時、死んだんだろうか? それで神様仏様のミスかきまぐれかで、こんなところに転生させられたんだろうか?」


「いや、ぼくは坂を転がり落ちただけだ。それほど急でも長くもない坂だった。それにぼくの荷物もあった。転生したならそんなものついてこないだろう。となると……」


「転移か……。だけど、誰がなんのために? 小さくなったことと飛行術には意味があるのか? そして……。どうやって帰ればいいんだ?」


 考えても誰も答えてはくれなかった。


「そういえば、あのゴブリンは日本語を話していた。それなら日本語を話せる人間に近い種族もいるかもしれない。もしかしたら、ぼくと同じような転移者もいるかもしれない。その人に助けを求めてみよう」


 直時は悄然としたまま探索のために飛び立った。


***


 眼下の風景は日本によく似ていた。山がちでそこかしこに渓流が見える。紅葉がそろそろ見ごろを迎えているようだった。


「道だ!」


 その道は舗装もされていない土の道だったが、道があるということは誰かいるのだろう。直時が速度を上げると、小さな山の向こうから大勢の声が聞こえてきた。


 声と言っても、歓声などというものではない。どちらかというと暴力的な怒声だ。


「なんだあれは。何をやってるんだ?」


 直時が見た光景は戦いだった。

 ゴブリンと人間の戦いだ。


「ゴブリンの軍勢が人間の城を攻めてるのか! そ、それにしても、なんだこの違和感は。なにかイメージと違うぞ」


 その違和感の正体は接近するとすぐにわかった。


「さっきのゴブリンもそうだったけど、装備が和風だ。というより、戦ってる人間がそもそも騎士じゃなくて武士じゃないか。城も城壁がないし土塁と堀でできた日本の城だ!」


***


 その城内では武者たちが必死に矢を射かけ、槍でゴブリンを突き落としていた。怒声と悲鳴、弓音が響き渡っている。

 そんななか、一際よく通る声が城内を走った。


「皆の者! いま少しじゃ! いま少しすれば叔父上の軍勢が応援に来てくださる! 奴らの好きにさせてはならぬ!」


「おう!」


 武者たちを激励したのは籠城側の大将なのだろう。武者たちが黄金色の鍬形を立てた兜をかぶり、色鮮やかにおどされた鎧をまとっているのに対し、鍬形は白銀色しろがねいろで、おどしは白という返って異彩のいで立ちだった。


 それよりも目を見張るのは、その白い鎧の主が女であるということだ。血と泥と汗で汚れてはいるが、美しい顔立ちをしていた、鼻筋はすっと通り、唇はほんのりとした桜色だ。なにより目が美しかった。活力に満ちたその目には強い意志が宿っていた。


 白い女武者は的確に指示を飛ばし、時には自ら弓を取り、時には負傷者を後方に引きずっていった。

 その獅子奮迅ぶりは城内の武者たちにも伝播し、武者たちの戦意は旺盛だった。


 しかし、戦いは大方の場合、数をそろえた方が勝つ。いずれ限界が来るだろう。


 と、感じたのは上空に浮かんだまま戦いを傍観していた直時だった。


「人間側は戦意は旺盛だけど不利みたいだ。ゴブリンは一〇〇〇匹ぐらいいるのに、二〇〇人ぐらいしかいないぞ」


 直時は逡巡した。心情的に人間の味方をしたいが、今の自分の姿は人間ではない。むしろゴブリンどもの一味とされるかもしれない。そもそも、この小さな体で何ができるというのか。


 そのとき、一本の流れ矢が直時の左腕をかすめた。


「痛っ! と、とにかくここは危険だ。離れよう」


 直時は山のふもとの林に潜り込んだ。

 樹木の枝に座り込んで止血にかかる。幸い血はすぐに止まった。試しに血をなめてみたが、血の味がした。やはり夢ではなさそうだ。


 途方に暮れていると、彼の眼下を巨大な男が通り過ぎた。身長も肩幅もゴブリンの倍はある。筋骨は固く隆起しており、あごは石をも嚙み砕きそうだ。目は小さく、酷薄そのものだった。


 「オーガ!? こんな怪物までいるのか!」


 オーガのように思えたその男の後ろには、ゴブリンが荷車を引いていた。人の頭ほどもある石を乗せている。


「大変だ! あの石を投げて城を攻撃する気だ。は、早く知らせないと!」


 直時は飛び出した。ただ動転していただけかもしれない。しかし、彼のこの行動は彼自身ばかりか、この世界の動向に少なからぬ影響を与えることになるだろう。

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