第18話 あ……男の子の力、つよ……

「いらっしゃい。エッちゃん先生」

「お、お邪魔します」


 俺がドアを開けて迎え入れると、おずおずとしたエッちゃん先生が立っていた。

 服装は学校の時のままの、ビシッとした女性物スーツ。


 それでいて、手に持っているのは食材を買い込んだスーパーマーケットの袋で、長ネギがベタに袋の隙間からこんにちわしている。


 仕事終わりに彼氏の家に来る彼女的シチュエーションだな。


「はぁ……これが、古事記にも描かれていた、OL彼女のアフター5か……今は亡きお祖母ちゃん見てますか? 悦子は一つ夢を叶えました」


 何か、エッちゃん先生がブツブツ独り言を言って盛り上がってる。


「それ、夕飯用の食材ですか?」

「ああ、そうだ。一人暮らしなら栄養偏ってるだろ? 私がご飯作ってやる」


 そう言って、エッちゃん先生は、スーツの上着を脱いで持参したエプロンを着けだした。


「……どうした橘? そんな食い入るように見て」

「いや……。仕事帰りの格好にエプロン着けた大人のお姉さんって良いなって思っただけです」


「お前は、また、そんな……。料理作ってるから、その間に宿題でもしてろ」


 俺の感想に、恥ずかしそうにエッちゃん先生がキッチンに向き直って食材を取り出す。

 家でもつい先生ぶっちゃうのって、いい……。


「は~い」


 俺は大人しく宿題を取り出した。


 しばらくは言われた通りに、ノートにシャーペンを走らせていたが、元より寝不足の頭なので集中なんて出来やしない。


 そして、すぐそこにはキッチンに立つエプロン姿の女教師と、夕飯を作っているいい匂いだ。


 こんなん集中しろっていう方が無茶というものだ。


 それに、エッちゃん先生は成人女性。

 俺も中身は成人男性。

 そして、エッちゃん先生はゲームの本筋にはまるで絡まないキャラ。


 ということは……。


 おとこ、橘知己。行きま~~す!


「なに、作ってんの?」

「ひゃ⁉ ち、近いぞ橘。勉強は?」


「先生の後ろ姿がエロくて集中出来ないよ」


 そう言いながら、エッちゃん先生の両肩に手を置きながら何を作っているのか、先生の肩越しに覗き込む。


 お、材料を見るに今日は肉じゃがだな。


「た、橘は本当に変わってるな……。こんな年増の女なんかの何がいいんだ」


「え~、でもエッちゃん先生って、近くにいると何か良い匂いがするんだけど」


 エッちゃん先生の肩からうなじにかけて、わざと鼻をスンスンと音を立てて、匂いを嗅ぐ。


「ひゃっ⁉ か、嗅ぐな!」

「ほらほら、包丁持ってるのに暴れちゃダメだよ」


 身をよじって逃げようとするエッちゃん先生の両肩を抱く手に少し力を込めて、逃げられないようにする。


 本気で逃げようとはしていないからなのか、彼女を押さえるのに大した力はいらなかった。


「あ……男の子の力、つよ……」


 大人しくなったエッちゃん先生は、されるがままにに自身の身体の匂いをかがれる。


「ん~? いい匂いだけど、香水じゃないな。これは石鹸の匂いだ」


 そう言われてビクッと身体を跳ねさせるエッちゃん先生。

 うなじが汗ばむのが触れずとも分かった。


「期待して、シャワー浴びてから俺の家に来たんだ」


「んな!?」


 図星をつかれたのか、狼狽えるエッちゃん先生。

 元の世界で言えば、念のために男が避妊具を持っているのを女の子に見つかっってしまったようなもんか?


 うん、そりゃ焦るわ。


「何を期待してたの?」

「そ、そんな事、言えない……生徒のお前に……」


 言えない時点で、エッチな事を期待してたって言ってるようなもんなのに。

 可愛いな。


「正直に言ったら、悦子がしたいこと、させてあげるよ?」

「え? っていうか呼び方、下の名前……」


「どうする?」


 ここで、選択権を女の子に渡すズルい男。

 唐突な下の名前呼びの混乱を添えて。


「たち……ばな……」


 見つめ合う2人。

 トロけた女教師には、既に抗う職業倫理は滑り落ちていた。


 そして。






(ピンポ~ン♪)




 ここで、またしても来客を知らせるインターホンが鳴った。


 とことんタイミングの悪い奴め。


「ちょっと待ってて」

「あ……」


 名残惜しそうな顔のエッちゃん先生。

 まぁ、少し焦らすのも一興か。


「はい、どちら様ですか?」


 一階エントランスのインターホンのカメラ前には、知らない中年女性が立っていた。


「どちら様って……そっちはモニターインターホンだから分かってるでしょ。母さんよ」


「え?」


 母さん……母さん!?

 って、橘知己のか!


 脇キャラの母親キャラなんてゲームでは存在すら語られてなかったから、知るよしもない。


「ああ。よく見たら、合鍵で一階エントランスのドアロックは開けられるのね。いいわ、勝手に入るから」


 そう言って、母親と名乗る女性がインターホンを切り、画面の映像が途切れた。


 ヤバイ……これは非常にマズイ!


「橘……私、もう我慢できな……」

「エッちゃん先生! ヤバイ! 母さんが来る!」


 どうやらエッちゃん先生は、俺がインターホンでやり取りをしている間に、もはや覚悟を決めた様子。

 だが、今はそんな事に構っていられない!


「お母……さん? 橘……の?」

「そう! 今からエレベーターで上がってくる!」


 これから教え子との逢瀬をする気満々で頭の中が桃色一色だったエッちゃん先生は、すぐには俺の言葉を理解できなかったようだが、みるみる顔色が青くなる。


「未成年淫行……教え子に手を出しクビ……教師生命終わり……」


 教え子男子高校生とエッチな事が出来ると期待に胸膨らませていた所からの、急転直下の社会的地位の死亡の大ピンチという感情のジェットコースターに乗せられたエッちゃん先生の脳は、強制シャットダウン寸前状態だった。


「絶望してないで、早く家を出て! 直ぐに部屋を出れば大丈夫だから!」


 この部屋はそこそこ上の階だから、エレベーターも直ぐには上がってこない。


 俺の部屋から出てくる所さえ母さんに目撃されなければ、母さんに出くわしても住民っぽく振る舞ってればやり過ごせるはず。


「あ、ああ!」


「早く!」


 俺に急かされて、エッちゃん先生はカバンとエプロンを抱えて、部屋から慌てて出ていった。


 やっていることがまるで、本命彼女が家に来るから浮気相手を慌てて帰らせようとするサイテー男だなと思いつつ、しばらく待っていると。



(ピンポ~ン♪)



 部屋の玄関ドアの方のインターホンが鳴った。


 インターホン画面には、知らない中年女性が立っているだけなので、どうやらエッちゃん先生は気づかれなかったようだ。


 これで一安心……。


 と言いたい所だが、さて……母さんか。


 初めましてだけど、どうしよう?




-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-+:-+:-+:-+:-+


はい寸止めww

エッちゃん先生は泣いていい。


おかげさまで、ラブコメ日間、週間1位。総合でも日間4位、週間4位をいただきました。ありがとうございます。


引き続きお付き合いいただける方は、フォロー、★評価よろしくお願いします。



そして、書籍第1巻が発売中でコミカライズ企画進行中の

『電車で殴られてるイケメン男子高校生を助けたら女子高の王子様だった件』も

3章の更新中なので、是非こちらもどうぞ。


【書籍情報】

https://kakuyomu.jp/users/maiyo14/news/822139838938771759


【連載ページ】

https://kakuyomu.jp/works/16818093094782556338

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