035 「だからこそきっと、ふたりとも」


「ふーん……アクセサリー、ね」


 モールから移動して、近くの屋内アミューズメントパーク。

 そこでボウリングをしたあと、侑弦は休憩スペースのテーブルで、昨日望実と玲逢と話した内容を、美湖に伝えた。


 結局、自分ではあまり、しっくりくる解釈を与えられなかった。

 けれど美湖に話せば、なにか彼女の推測の役に立つかもしれない。

 それにそもそも、基本的にこの一件は美湖に任されている。

 情報やヒントは、すべて彼女にも共有しておくべきだろう。


「どう思う? やっぱり、玲逢の邪推かな」


「さぁねー。もうちょっと考えてみないと、わかんない。……あ、私アベレージ勝ってる。わーい、結弦、弱い」


 と、美湖はスマホに表示されたボウリングのスコアを見て言った。

 どうやら、今この話題をあまり深掘りする気はなさそうだ。

 まあ今日はデートなので、気分じゃないのかもしれない。


「お前が強いんだよ……俺も悪くないスコアなのに」


「まぁねー。ボウリングって、久しぶりにやると楽しいね」


 べつに、スコアを競っていたわけではない。

 けれど美湖がやたらと上手いせいで、侑弦は少し、不甲斐ない気持ちにさせられた。

 美湖は急速が遅いためストライクは少なかったが、一方でスペアの確率が異常だった。


 さすがはハイスペック少女、大抵のことは充分以上にできてしまうらしい。


「最高は侑弦が164、私は177かー。もうちょっとやったら、200いけそう」


「感じてるな、手応えを……」


「対人競技じゃないからねー。毎回やることも変わらないし、ボウリングって練習が結果に出やすいと思う」


「まあ、言ってることはわかるけども……」


 これ以上上達されると、さすがに立つ瀬がない。

 むしろ次に一緒に行くまでに、少し修行しておかなければ。


「ところで、話は戻るけど」


「ん……おう」


「望実さん、って子と仲いいんですねー、結弦くん」


「えっ……そっちかよ」


 てっきり、紗雪の話題かと思ったのに。

 どうやら今の美湖の関心は、望実の方に向いているらしかった。


「そんな子がいるなんて、私聞いてないんですけどー」


「いや……バイト仲間だよ、ただの」


「どうかなー、ふたりでアイスなんか食べちゃって。しかも奢りで。怪しい」


「怪しくないって……。玲逢みたいなこと言うな」


「ふーん。いいもんね、私もあとで買ってもらうから」


「……オッケー。いいよ、それくらい」


 侑弦が言うと、美湖はふん、とわざとらしくそっぽを向いた。

 冗談だとはわかっているが、それでもわずかに罪悪感は湧いてくる。


「ま、私の方が、男の子とふたりで話すこと多いしねー。告白もよくされちゃうし。こっちだけ拗ねるのはズルいか」


「……」


「けど、問題は侑弦じゃなくて、向こうなんですよね。……侑弦のこと好きだったりして」


「いや……ないだろ、そういうのは。そもそも、彼氏いるんじゃないか、榛名」


 目立つし、愛想もよくて、頑張り屋。

 望実は間違いなく、学校でも人気があるだろう。

 男子に放っておかれるとは思ない。


「彼氏はわかんないけどさー。なにせ侑弦は、私が選んだ男の子ですから。他の子が好きになってもおかしくない、っていうか、全然あり得るもん。ちょっとは自覚、してよね」


「……まあ、はい」


「こら、テキトーに返事しない」


 と、今度は本当に不服そうに、美湖がジト目でこちらを睨んだ。


 理屈はわかる。

 が、あれからずっと美湖のことしか見ていない侑弦にとっては、あまりピンと来ない指摘なのも事実だった。


「……好きだよ、美湖」


「……なに、いきなり」


「いきなりじゃない。ずっと好きだ。美湖だけが」


「ふ、ふんっ……ご機嫌取りしたってだめだもーん」


 べつに、ご機嫌取りじゃない。

 ただ、今は言うべきだと、侑弦は感じたのだ。

 なんなら、美湖の方でもそれを求めていたのではないかとすら思える。


「……まあ、侑弦は私のものだもんね。でしょ?」


「ああ、そうだよ」


「……うん。で、私は侑弦のもの。これからも、ね」


 そんなことを言って、美湖はまた、テーブルの下で侑弦の手に触れてきた。

 握り返すと、こちらを見つめる彼女の目が、少しだけ潤む。


 責任がある、と思う。

 多くの中から自分を選んでもらったことにも。

 この素敵な女の子の恋を、独占してしまっていることにも。


「うーん……やっぱりカラオケに行くべきでは」


「だめだって。……今は、特に」


「えっ、それはあれですか? 今行くと、暴走しちゃう的なやつですか?」


「う、うるさいな……」


 そこまででなくても、近いことは懸念している。

 けれどみなまでいわれると、さすがに照れるというものだ。


「我慢は身体に毒なのに。好きにしちゃえばいいんだよ、美湖ちゃんを」


「こら。そういうのやめなさい。はしたない」


「ぶーーっ」


 美湖は不満げだった。が、今のは向こうが悪い。

 そもそも、直前になればまた、例のコンプレックスが発動するだろうに。


「……ブラ取らなければ平気だもーん」


「おいっ……一応外なんだぞ、あほ」


 ハメをはずしすぎだ。

 生徒会室でのときはともかく……いや、あっちも充分よくない。


 美湖は根がかなり真面目なのに、この手のやり取りになると、侑弦をからかいたがったり、単純に貞操観念が緩んだりする。

 自分がしっかりしなければ、とは思うものの、侑弦も健全な男子高校生なわけで……。


「ん、朝霞?」


 と、そのとき不意に、そばから名前を呼ぶ声がした。

 未だにテーブルの下で繋いでいた手をサッと放して、声の方へ顔を向ける。


 すると、そこにいたのは――。


「……碓氷か」


「やあ。天沢さんも、こんにちは」


 碓氷司はニッコリと、愛想よく笑った。

 作った笑顔であるのがわかるのに、嫌味がなく、自然な感じがする。

 それに、特別親しいわけでもない侑弦たちに声をかけてくるあたり、さすがは人気者だ。


「こんにちはー、碓氷くん。遊びにきてたの?」


「ああ、部活の連中とね。そっちはデートかな?」


「うん」


 美湖があっさり、屈託なく頷く。

 その様子を受けて、司は「へぇ」と感心した声を上げた。


「ホントに、付き合ってるんだね」


「そりゃもちろん。嘘だと思ってたの?」


「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、学校でしか一緒にいるの見たことないから、新鮮だなって」


「ふふん、むしろプライベートの方が真の姿だもん」


 若干恥ずかしいことを言って、美湖が得意げに胸を張った。


 例によって、自分たちの関係を隠すつもりも、ごまかすつもりもない。

 これは、ふたりで一致している見解だ。


 ただ、声をかけられる前の会話だけは、やっぱり聞かれていなければいいなと思う。


「そっか、いいね。なんだかきみたちは、その辺のカップルより、しっかり恋人同士って感じがする」


「長いし、いろいろあったからねー。年季が違います」


「まだ二年半くらいだけどな」


「高校生で二年半は長いだろ。一年続くやつも少ないのに」


「まあ、クラス替えとか進学とか、なにかと環境変わるもんねー」


 たしかに、美湖の言う通りだろう。

 侑弦も、特に受験では苦労した。

 いわゆる『いい学校』に進む美湖についていくために、中三の頃はかなり、勉強した記憶がある。


「ところで、綿矢さんと佐野さんの件、あれからどう?」


 と、司が一転、話題を変えた。

 そのまま、隣のテーブルのイスに腰を下ろす。

 巻き込まれた流れか、どうやらそれなりに気にしてくれているらしい。

 もしかすると声をかけてきたのは、この話をするためだったのかもしれない。


「進展はあった?」


「いや……特には」


「まあ、いろいろ考え中。急ぐことでもないしねー」


 そう答えながら、美湖はググッと身体を伸ばした。


 こうは言っているが、美湖のことだ、おそらくそれなりに急いでいるだろう。

 悪い状態は、長く続かない方がいい。

 そういう当然なことを真剣に気にかけるのが、天沢美湖だ。


「ただ、碓氷くんが言ってた、痴情のもつれだけじゃないかも、てやつが、けっこう本線っぽいんだよね。なにか心当たりないの?」


「ああ、それね。いや、思いつきっていうか、直感だよ、ただの。申し訳ないけど」


 そこで、司はチラリと休憩所の外へ視線を投げた。

 一緒に来たという友人を気にしているのかもしれない。


「直感の根拠はある?」


「ふむ……そうだね。まあ、口を挟んだからには、隠すのも不誠実か」


「……」


「俺と佐野さんは、似てるからね」


 司が言った。

 その声に自虐的な響きが混じっているのを感じたのは、侑弦だけではないだろう。


「表面上はけっこう違うけど、でも、根本的には、よく似てる。周りの目を気にしちゃうところとか、自分に自信がないところとか」


「自信がない……?」


 侑弦は思わず、そう繰り返していた。


 なんでも卒なくこなし、みんなに好かれる人気者。

 その碓氷司が、自分に自信がないと言う。

 本人の言葉である以上、無闇に否定はできない。けれどやはり、信じ難いことではあった。


 侑弦の反応に、司は眉を下げた笑みを作った。

 そして、美湖の方にも一度視線を投げてから、言った。


「だからこそきっと、ふたりとも、綿矢さんに惹かれる」


「……」


「自分の中に揺るがない芯があって、ひとりでも強く立っていられる人。そういう人が、俺たちには眩しく見える。手に入れたいと思ってしまう。それが恋でも友情でも、ね」


「……桜花ちゃんにもその気持ちがあって、それが、今回の喧嘩の原因だってこと?」


「もちろん、違うかもしれない。ただ、俺にはそんな気がする」


 そこまで言って、司は少しだけ目を閉じた。

 それから短い息をはぁっと吐いて、すっくと立ち上がる。


「じゃあ、もう行くよ。邪魔して悪かった。うまくいきますように、幸運を祈ってる」


「……うん、ありがと、碓氷くん」


 美湖が首を傾げて、薄く笑う。

 司もそれに応じて、こちらに背を向けた。


 去っていく司の後ろ姿が、侑弦には初めて、少し頼りなく見えた。




 ショッピングモールに戻ってからは、侑弦と美湖は買い物を楽しんだ。

 美湖の秋用の部屋着や、侑弦の家で使うバスタオルの替え、侑弦の新しいスニーカーなど。目をつけていたものを諸々買い揃えて、夜には美湖の希望でお好み焼きを食べた。


 そして、暗くなった夜道を、手を繋いで帰っていた、そのとき。


「ね、侑弦」


 美湖が言った。

 さっきまでの甘えたような雰囲気が消えて、真剣な表情をしていた。


「明日の放課後、ちょっと付き合って」


「……了解」


 用は、特に聞かなかった。


 美湖の頼みなら、侑弦は全て受け入れる。

 今までも、これからも、そう決めていた。



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