003 「だって、彼氏だもん」


「あ、侑弦ーっ!」


 放課後、昇降口で待っていると、美湖みこがやってきた。

 侑弦ゆづるを見つけると、パァッと笑顔になって、手を振りながら駆けてくる。


 もうすっかり、見慣れた顔だ。

 けれど美湖を見ると未だに、温かい気持ちになる。

 彼女が好きだから、という以外に、単純に美湖には、相手を幸せにさせるちからがあるのだろうと思う。


「お待たせー。行こっ」


 促す美湖の背を追うように、ふたりで昇降口を出る。

 そのあいだにも、周囲の生徒は男女問わず、美湖の姿を目で追っていた。

 おまけに、「天沢あまさわさんだ……!」「今日もかわいいなぁ」「こっち向いてー!」などという声が、侑弦にまで聞こえてくる。


 居心地が悪くないと言えば、嘘になる。

 だが、もうある程度は慣れてしまった。

 そもそも、これくらいで怯んでいては、『天沢美湖の彼氏』は務まらない。


「わっ、降ってきた……」


 さっきまで小降りだった雨が、いつの間にか激しさを増していた。

 幸い折り畳み傘があるが、屋根の下から眺めるだけで、億劫な気分になる。


「雨女か、美湖」


「違うもーん。こんな太陽みたいな私が、雨女なわけないでしょ」


 ふん、と胸を張る美湖。

 妙に説得力があるのが、侑弦にはおかしかった。


「あっ、ちょっと待って」


 と、傘を開こうとしていた美湖が、不意にそう声を上げた。

 どうしたのか、と思っていると、美湖はそのまま、そばにいた女子生徒のところへ歩み寄っていった。

 リボンの色を見るに、一年生だろう。

 手には傘を持っておらず、途方に暮れたように空を見上げている。


 これは……。


「傘、ないの?」


「えっ……? わわっ! あ、天沢先輩!? あの……は、はい! 持ってなくて……え、でも、なんで」


 女子生徒は困惑と驚きで、あたふたと手を動かしていた。

 美湖は笑顔を絶やさず「そっかそっか」と頷く。


 そして。


「はい。貸してあげる。私の水色でいい? 黒もあるよ」


 と、最後は侑弦の方を指差して、美湖は言った。

 当然、黒は侑弦の傘のことだ。勝手に、貸す候補に入れられているらしい。


「え、い、いいんですか……?」


「うん。こっちは二本あるし、私も彼氏と相合傘したいし、ね」


「そ……そうですか! じゃあ、すみません、ありがとうございます……!」


 女子生徒は何度もお辞儀をして、美湖から水色の傘を受け取った。


 どうやら、侑弦は負けたらしい。

 まあ、そりゃ借りるなら美湖のだろうなあ。

 そうは思うものの、微妙に寂しい気持ちになる侑弦だった。


「じゃあねー。今度返してくれたらいいから」


「は、はい! すぐ返します! さようなら、天沢先輩! ……あ、あと彼氏さんも……!」


 大事そうに両手で傘を差して、女子生徒は雨の中を帰っていった。

 が、途中でもう一度こちらを振り返って、またペコリと頭を下げる。

 美湖もまた手を振り、女子生徒は感激したように飛び跳ねていた。


「さて、私たちも帰ろー」


「でもお前、傘は?」


「おバカ。今聞いてたでしょ。相合傘するのっ」


 と、侑弦の冗談にも素早くツッコんで、美湖は侑弦に身を寄せてきた。

 侑弦が傘を開くと、腕を抱えるようにして密着する。


 相変わらず、お人好しだ。

 まあ相合傘がしたい、というのも、嘘ではないのだろうけれど。


「いやあ、やっぱ人助けは気分がいいね」


「俺を巻き込んでるけどな」


「巻き込みます。だって、彼氏だもん」


 当然のように言う美湖。

 異論も、文句もない。

 むしろ、都合よく使ってくれて嬉しい気持ちすら、侑弦にはあった。


 ただ、ひとつ懸念があるとすれば。


「また増えるぞ、ファンが」


「いいことだー」


 むふふ、と満足そうに笑って、美湖が言った。


 たしかに、雨女は似合わない。

 彼女の笑顔を見ると、侑弦はそう思わずにはいられないのだった。



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