第2話 取引その2

 ある日の昼休み。

 俺こと岩崎玲いわさきれいは、偽の恋人である一条渚いちじょうなぎさに呼ばれて屋上で昼ご飯を食べていた。

 普段なら、お互いこうしてともに昼ご飯を食べることはないのだが、今日は一緒に昼ご飯を食べているだけでなく、彼女に昼ご飯を食べさせていた。


「おい、せっかくの俺の昼飯をすべて平らげようとするな。もう十分分けただろ」

「だって、私だってお腹空いてるんだもん」

「知らん。そもそもこれに関しては弁当と財布を忘れたお前が悪い」


 そうなのだ。

 この女は、今日の昼に突然連絡してきたと思えば弁当と財布を忘れたと言って俺に弁当を分けてくれと頼んできたのである。

 そして今、分けてくれとせがんでいるのだ。

 弁当をもっとよこせと隣でいってくるが、俺が弁当を分けてくれることはないとわかると彼女は静かになった。

 ただずっとこちらを見てくるので、俺は絶えきれず彼女に聞いた。


「そんなに食べたいか?」

「こんな美味しい弁当があったら誰でも食べたいでしょ」

「おお。それは作り手冥利に尽きるな」


 そう言うと彼女はとても驚いた顔をしてきておそるおそる俺に聞いてきた。


「ねぇ、もしかしてこのお弁当ってあなたの手作り?」

「そうだけどなにかまずいものでもあったか?」

「いや。そういうわけじゃないんだけど、ただ料理が上手いと思わなかったから驚いただけ」


 なるほど、どうやら料理ができないと思っていたらしい。


「流石に一人暮らしの身で料理ができなかったら危ないだろ」


 俺がそう返すと彼女は再度驚いたような表情をした。


「え?あなたって一人暮らしなの?」

「?—―そうだけど、もしかして知らずに今まで家にいた?」

「⋯うん」


 前にも言ったような気がしたが、気のせいだったのだろうか。

 まあ言っても言わなくても互いに依存しているので結果は変わらなかっただろうけど。

 隣で彼女が『⋯ならいけるはず。いや、でも⋯』などと何かぼやいていたが、あまりに小声だったため、俺は聞き取れなかった。




 その日の放課後、珍しく彼女から一緒に帰ろうと誘いがなかった。

 弁当を殆ど食べられてしまってお腹が空いていた俺は、俺の唯一の親友である丸岡を連れてハンバーガーを食べていた。


「放課後に俺とハンバーガー食べてて良いのか?一条さん怒らない?」

「あいつは放課後に何処かやりたいとこがあるとか何とかで先に帰っだぞ。だから問題ない」

「ちぇっ。俺はてっきり、お前がとうとう一条さんに愛想を尽かされて、俺に泣きついてくるのかと思って部活まで休んだのに。」

「そんな事のために部活休むなよ。まあもしそうなったらお前に奢ってもらう」

「安心しろ。そうなったら俺は全力でお前を煽る」

「慰めてくれよ。そこは」


 彼女とはあくまでも本当の恋人ではないのでフラれても傷つくことはないので慰めてほしいわけではないのだが、ここは厚意に甘えさせてもらおう。

 そんなことを考えながら、俺は今日みたいに友人と軽口を叩きあうような日もたまには悪くないと思った。




 丸岡と別れてからようやく家についた俺は眼の前の光景に唖然とした。


「一条さん?今日は来ないはずじゃなかったのか?」

「一緒に帰らないとは言ったけど来ないとは言ってないもん」


 そう言って頬を膨らましながら彼女は言った。

 今更帰れと言っても聞きそうにないので、俺は仕方なく彼女を家に上げた。

 彼女は家に上がると、すぐさま台所に行き、自身の持っていた手提げ袋から何やら取り出し始め、すべて取り出し終わると彼女は俺に向かってこう言った。


「岩崎くん。今から話があります」

「何だ?」


 そう言って俺は少し身構えた。


「今日から岩崎くんにご飯を作ってもらいます」

「は?」


 突然何を言い出すかと思ってつい本音が出てしまった。


「却下だ」

「一旦待ってください。取引をしましょう」

「⋯聞こう」


 彼女は、弁当を2人分作るから、代わりに夕食を2人分作ってほしいと頼んできた。

 俺も弁当のために朝早起きするのは嫌だったので結果、食費を折半することを条件にして彼女の条件を飲んだ。

 こうして俺は、またしても彼女の話に乗ってしまったのである。


「一応聞くが料理はできるんだよな?もし味が悪かったらこの提案はなしになるからな?」

「そこは安心してください」

「わかった。今回はそれで手を打とう」





 乗ってしまった話はしょうがないので彼女の分も追加で夕食を作り終え、ともに夕食を食べながら俺は時計に目をやった。

 時間を見ると、ちょうど二十一時を過ぎた頃で、もう結構いい時間だなと思った。

 そういえば彼女は門限とかは大丈夫なのだろうか。


「なぁ。一条さんって門限とかって大丈夫なの?」

「あぁ。そういえばいい忘れてましたね。私の家この家の反対側なので時間とかはあんまり気にしなくて大丈夫ですよ?」

「え?そうなの?」


 それは初耳だ。

 まあ、なにはともあれそういうことなら大丈夫だろう。




 自分たちの食べた食器を片付けたあと、そろそろ定期テストということもあって俺達はソファーに座って勉強をしていた。

 彼女はどうやら成績がいいらしく、俺は彼女に教えられながら勉強をしていた。

 俺達の言ってる学校は、曲がりなりにも進学校を名乗っているので高校でやることを早めに終わらせたいのか、とにかくテストの範囲が広く難しかった。

 勉強してから少し時間も経ち集中力も切れかけていた時、ふと隣にいる彼女と目があった。

 彼女は俺のことを伊藤先輩と言って話しかけてきた。

 彼女が俺のことをそう呼ぶときは恋人を演じてほしいときだ。

 俺は、彼女の頬にかかっている髪を耳にかけて彼女とキスをした。

 彼女が俺のことを伊藤先輩だと思って甘い声を出して求めてくるたびに、俺も彼女を白井先輩だと思って彼女のことを貪るようにキスをする。

 互いに唇を離したと思えば、また唇を重ね合わせる。

 それを何回と繰り返しているうちにそろそろ疲れてきたのか、彼女は寝てしまった。

 時計に目をやると、もう今日も終わろうというような時間だった。

 彼女を家に帰さなければいけないのはわかっていたが、もう俺にはそんな気力もなく、ただ自分の寝たいという衝動に身を任せて眠ってしまった。

 言うまでもなく今日の勉強会は終了だった。




 翌日、ベランダの窓から差し込む陽の光で目を覚ました俺は、キッチンの方からする香ばしい匂いにつられ、部屋を出た。

 下に降りると、そこには朝から忙しなく弁当を作っている彼女の姿があった。

 どうやら昨日の約束を覚えていたらしい。

 健気なことだなと感心しながら見ていると、彼女と目があった。

『おはよう』と簡単な挨拶を済ませると彼女は申し訳なさそうにこう言った。


「あっ、岩﨑くん。その、昨日は勝手に寝てしまいすみませんでした」


 どうやら昨日のことを申し訳なく思っていたらしい。


「別にいいよ。それより、着替えとかは自分の家にあるだろ?弁当はあとは俺がやるから先に家に戻って支度してきな」


 そう言うと彼女はまたもや申し訳なさそうな表情をして、『そうさせてもらうね』といい、家に戻った。




 後日。

 彼女は親に今回のことを伝えたが、特にお咎めはなかったとのことだった。

 他にも、彼女にきちんと弁当を作ってきてもらったが、俺の心配は杞憂だったらしく普通に美味しい弁当を持ってきてくれた。

 親友の丸岡含め、俺への視線が殺意に満ちたものしかなかったが、それはそれ、これはこれだ。

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ロクでもない二人 スイノニ @reiyomu

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